伍 部室 DE MEETING(二)

 七不思議対策会議は早々行き詰まりを見せ、皆、謎だらけのこの状況に、ただただうーんと唸って考え込んでいる。


「ま、わからんことは置いとくとして次に移ろう……じゃ次、梅香。頼む」


 このまま考えていても一向に埒があかないので、梨莉花はとりあえず議事を進める。


「ハイ。今度はワタシの報告ネ」


「梅香には風水的見地から七不思議の場所の位置関係を考察してもらった」


 梨莉花に促され、梅香はホワトボードの前に出ると、先程、何か書き込んでいた大紙をその上に貼る。


 その紙には細い線でとある建物の配置とその間取りが描かれ、紙の上方には方角を示す矢印が入っている……どうやら、神奈備高校の校舎の見取り図であるらしい。


「えっと……皆サン! この神奈備高校の見取り図をご覧下サイ。赤いマジックで印してあるのガ、七不思議の起きるとされている場所ネ」


 見ると、赤い●印が所々に付けられ、その下に各七不思議の題名が記されている。


「ちなみに二階にアル理科準備室の歩く人体模型に関してハ、他のとの位置関係わかりやすいよう一階へ移して書いてあるヨ」


 そういえば、七不思議の起こるとされている場所のほとんどは一階にあるのに、歩く人体模型だけが二階にある。


 にもかかわらず、この見取り図を見る限り人体模型の位置も他のものと同じ間取りの中に印されているのは、梅香が言う通り、あえて階層を無視して描いているのだろう。


「ワタシ、この羅経らけい使って七不思議の場所とソノ方位ニ何カ関係アルか調べてみたヨ」


 そう言うと、梅香は手に持った正方形の板のようなものを皆に見せた。


 それは金色をした丸い円盤状の金属板を赤色の四角いケースで覆ったもので、その円盤の真ん中には方位磁石がはめ込まれており、その周りを同心円状に幾つもの細かい線や漢字が取り囲んでいる。


 よくテレビやなんかで見る風水師が持っているアレだ。それで方角を見て、その場所と周囲の地形の位置関係から吉凶を占うのである。


「サテ! こうして校舎の見取り図ニ、七不思議の起こるとされる場所の位置ヲ入れてみたところっ! ナント、そこからハっ!」


「そこからは?」


「ナントっ、そこからハぁっ!」


「…………ゴクン」


 部員達は皆、梅香の指し示す校舎の見取り図を見据えたまま、彼女の次の言葉を待って息を呑んむ……。


「なんにもワカリマセンでした~!」


 ガダン! ×5


 部員全員がコケた。大阪のコテコテなお笑い的見事なコケ方である。


「な、何もわからないってなあ……」


 よろよろと立ち上がりながら、梨莉花は眉間に皺を寄せて文句を言う。


「だって、ホントにわかんないんだモン。七不思議ノ起こる場所はテンデバラバラで、何カ方位的な法則アルように見えないし……さっき五大明王の話出たからもしかしてと思ったケド、やぱり違うみたいだし……ブツブツ…」


 梅香はカワイらしい頬をフグのように膨らませると、尖った口でブツブツと言い訳をしている。


「……ん? というと?」


 だが、梨莉花はその言葉の中に何か引っかかるものがあったらしく、不意に真面目な表情に戻って訊き返した。


ロ阿?」


「いや、今の五大明王だともしかして云々という話だ」


「あ、それネ。えっと、それはですネェ…」


 梨莉花に問われ、梅香は再び…というか、今度こそ説明らしい説明を始めた。


「飯綱さんや相浄ならヨク知ってる思うケド、五大明王ハそれぞれ護ってる方位ガ決まってて、降三世明王ハ東、軍荼利明王ハ南、大威徳明王ハ西、金剛夜叉明王ハ北、そして、不動明王ハ中央ヲ護ってるんだヨ」


 その説明には飯綱と相浄もコクンと大きく頷いている。


「でネ、ソノ五大明王の種字ガ七不思議の場所ニ書いてあったいうから、もしかして、その護ってる方角ニ従って配置されてるのかな? テ思たの。それで見てみたけど、降三世から金剛夜叉まではイイんだヨ。ちょとズレてるけどだいたい東西南北の位置にきてるネ」


 皆は再び、ホワイトボード上の見取り図の方に注目した。


 校門の北側・二宮金次郎像に金剛夜叉、南校舎東・第一音楽室のベートーベンに降三世、南校舎西隅の大鏡に軍荼利、北校舎西隅の階段に大威徳……確かに、この四つの明王の梵字があった七不思議の場所は、ほぼ東西南北の位置関係にある。


「デモ、問題ハ校舎の西側・不開の体育倉庫の不動明王だヨ。護ってる方位でいけば、この四つの中央ニ来なきゃいけないのニ、軍荼利と大威徳の間――方位デいうと南西あたりニ来ちゃってるんだヨ。これじゃ、ゼンゼン方位とあってないヨ」


「なるほどな……」


 顎に手を当て見取り図を凝視していた梨莉花も、梅香の解釈に納得したようである。


「それにホントなら六つ目ノ梵字もアルはずだけど、その梵字アルはずの人体模型ハこんなとこ来てるし、これじゃ、さっぱりチンプンカンプンだヨ」


 歩く人体模型があるのは南校舎二階の理科準備室だから、一階の見取り図に点を落してみると、軍荼利明王の梵字があった鬼の映る鏡のすぐ近くという、とても変な位置に来てしまっている。


「確かに、これではなんの法則性も見出せんな。少なくとも六つ目の文字がなんなのかわからんことには……」


「そゆことデス」


 梅香は説明し終わると、お手上げというように肩を竦めた。


「仕方がない。これも追々考えていくとして次に移ろう。最後は飯綱君と相浄達だ」


 再び話が行き詰まりを見せたため、梨莉花はまたしても議題を変える。


「それじゃ、俺と相浄君の方から、例の三人が入院している病院を訪れた時に得られた情報の報告をさせていただこう」


 今度は梅香に替わり、飯綱と相浄がホワイトボードの前に立った。


 まるで捜査会議で報告をする刑事か何かのように、二人ともその手には先刻見ていたあの手帳が握られている。


「えー…昨日、俺達は病院に行って直接三人に話を聞いて来たわけなんだが、まずその前に、この三人がどんな人物であるのかということから聞いてもらいたい」


 二人の内、まずは飯綱がその朴訥なしゃべり方で報告を始める。その口調とごっつい体格も、やっぱり捜査会議中の刑事のようだ。


「この三人は上柴うえしば中司なかつかさ下矢しもやといって、普段からよく悪さをしては職員室に呼び出されているような、三年の間ではそれなりに知られているヤンチャな生徒だった。それで七不思議の七つ目を解き明かそうなんていうことも思いついたようだな」


「フッ…甘いな。私なら教師などにはバレないように上手くやる」


 注目するとこ違うぅっ!


 真奈は心の中で、梨莉花にそんなツッコミを入れる。


「んでもって、七つ目を知ろうとして入院する羽目になったその三人だが、俺達が行った時にはだいぶよくなってきているらしく、まだ熱は下がらないものの意識は戻っていた」


 そんな梨々花と真奈の心の内の漫才を知る術もなく、飯綱の説明を受けて今度は相浄が口を開く。


「で、人と話すにゃ問題なさそうだったんで聞き取りを始めたわけなんだが……大変だったのはそっからだ。やつら、七不思議って言葉を出した途端、いきなり布団を頭からかぶってガタガタと震え出しちまったんだ。後はもう、まともに話ができるような状態じゃねえ。ただ鎧武者がどうのこうのと、うわ言のように繰り返すだけでよう」


「鎧武者? なんだそれは?」


 相浄の口を吐いて出た単語を耳聡く拾い、訝しげに梨莉花が尋ねる。


「俺だって知らねーよ。やつらにそれ以上聞こうにも、もうそれどころの状態じゃねえ。おまけにその騒ぎで看護婦達が駆けつけてくるわで、慌てて退散して来たって寸法さ」


 匙を投げたように肩を竦める相浄の話を継いで、飯綱もその補足を行う。


「相浄君の言う通り三人はひどく怯えていて、とても話ができるなんてもんじゃあなかった……おそらく、彼らは七不思議の七つ目を知ろうとして何かを見たんだ」


「それが、鎧武者……」


 清彦がその続きを口にし、さらにそこへ梨莉花が言葉を繋げる。


「そして、たぶんそれが……七つ目か」


「………………」


 しばしの沈黙が部員達の間に流れた。


「……鎧武者って何でしょうね?」


 沈黙を破り、清彦が誰に言うとでもなく尋ねる。


「鎧武者か……鎧武者……七つ目……神奈備高校七不思議……神奈備高校……ん? 待てよ。そういえば確か……」


 その問いかけにわずかな逡巡の後、梨莉花がふと、何かに思い至ったかのような表情を見せる。


「もしかして、何かわかったんですか?」


「いや、まだ何ともいえんが……ちょっと気になることがある。このことについては私に任せてくれ。後で調べてみようと思う」


 自分の中での思案を続けながらそう答える部長の梨莉花に、清彦をはじめとする部員達は皆、黙ったままそれぞれに頷いた。


「ああ、それからもう一つ。三人のことについてわかったことがあるんだよ」


 梨莉花に代り、再び飯綱が思い出したかのように口を開く。


「今日、学校で耳にしたことなんだが……3年C組の大東須保だいとうすほって知ってるか?」


「ああ、あの通称〝歩くスポーツ新聞〟と呼ばれているゴシップ好きの娘か」


 どうやらその大東なる女生徒は有名人らしく、その名を聞いて、梨莉花もすぐにわかったらしい。


「そう、その歩くスポーツ新聞なんだが、当然、七不思議にも興味を持っていたみたいで、かなり詳しく知っていたようだ。そんでもって例の三人組だが、彼らが七つ目の謎を解くなんて言い出したのも、どうやらその大東に七つ目を知る方法を聞いたかららしいんだな」


「なにっ? それは本当の話か?」


 飯綱のその話を聞いて、俄かに梨莉花の目が輝きを帯びる。


「まあ、人がそう話しているのを小耳にかじっただけなんだがな。あの大東だし、信頼のおける情報かどうか……」


「ということは、大東が七つ目を知る方法を知っているかもしれんということか……よし、そっちも私が当たってみよう。フフ…これはよい情報を得た」


 自分で言っておきながら、あまりその話を信じていなさそうな飯縄であったが、梨莉花は興味深げにそう答えると、その口元に不敵な笑みを浮かべた。


「……さてと、そろそろ話は出尽くしたかな?」


 熱く議論の交わされた七不思議対策会議もよい頃合いとなり、梨莉花がまとめに入る。


「そうですね。そろそろ時間ですし、今日のところはこれでお開きとしますかね?」


 清彦もふと、窓の外に目を向けて言う。外の景色はいつの間にやら綺麗なオレンジ色に

染まっている。


「んにしても、わからねーことだらけでぜんぜん解決しなかったな」


 相浄が頭の後ろで手を組み、気だるそうに天井を見上げながら呟いた。


「いや、そうでもないさ。これで不明な点とそれを解決するための対策の整理はできた」


 それでも、梨莉花はこの会議で何かを?んだようである。


「で、明日からの調査だが、私はさっき言った通りとして、各人にはこれから言うことを行って欲しい……まず、飯綱君と相浄!」


 名前を呼ばれ、二人は梨莉花の方へと顔を向ける。


「二人には現場にあった梵字のことについてもう少し調べてもらいたい。特に六つ目の梵字がなんなのかってことをな」


 それを聞き、飯綱と相浄は黙って頷く。


「次に梅香。おまえにはもう一つ用意してもらいたいものがある。古い地図なんだがな」


好了ハオラ! 了解デス!」


 梅香は手を額にやって敬礼すると、元気によい返事をする。


「あと、今言った三人はまだ七不思議の現場を直に見ていないと思うから、暇な時にでも一応見といてくれ」


「すいません。僕はちょっと調べたいことがあるんですが……」


そうして梨莉花が次々と指示を出す中、今度は清彦が割って入る。


「僕も少し気になることがあるんです」


どうやら清彦も、この会議で何かを?んだらしい。


「ああ。おまえのことだから、きっとそう言うと思っていたよ。結構。おまえは独自に動いてくれ」


 そんな清彦のことを梨莉花もよく理解しているらしく、彼女は彼の自由行動を許す。


「それから、まーな」


「えっ! あ、はい!」


 一方、油断してぼおっと呆けきっていた真奈は、突然、自分の名前を呼ばれて大いに慌てふためいた。


「おまえにはおまえのクラスの担任の渋沢に七不思議の話を訊いてみてほしい」


「え? 渋沢先生に……ですか?」


「うむ。渋沢はここの卒業生なんだ。やつがここの生徒だったのは……歳からすると、10年ほど前になるか。やつに聞けば、その当時の七不思議の話が聞けるだろう。もしかすると、まだ我々の知らない情報を持ってるかも知れんからな」


 なるほど。そういうことか……でも、なんか訊きづらいな。いきなり七不思議のこと教えてくださいっていうのもおかしくないか? そんなこと訊いたら、まだ入学したばかりだってのに、あたし、痛い子だと思われちゃいそう……。


「あの、あたしが……ですか?」


「おまえしかいないだろう。担任なんだし」


 やっぱり……。


 真奈は一応、不満であることを意思表示してみたが、有無を言わさず却下される。


「それじゃ、そういうことで、みんなよろしく頼む。では、今日の会議はこれにて解散!」


 こうして、第一回神奈備高校七不思議対策会議は今後の方針を明確に定め、無事、その幕を閉じたのだった――。





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