伍 部室 DE MEETING(一)
今朝も、いつものように生徒達が坂道を登って行く……。
さすがに五日目ともなると、新入生もこの登校風景の中に違和感なく溶け込んでいる。
それは真奈と朋絵にとっても同様であり、二人は他愛のないおしゃべりをしながら歩くこの登校の時間に、もうすっかり慣れ親しんでいた。
「えっ? じゃあ、まーな達…えっと、呪クラ…だっけ? の人達って、あの噂の七不思議について調べてるの?」
「うん。そだよ」
「昨日、わたしも先輩達からその話聞いたよ。なんでも三年生の男子三人が、知ってはならないっていう七不思議七つ目の謎を解くって言って、その後、原因不明の高熱で入院し
ちゃったみたいじゃない。そんな危ないのに関わって大丈夫なの?」
「うーん……実際に七不思議の場所ぐるっと回ってみたけど、別になんってことなかったよ? それより、あたしは人体模型の内臓をもぎ取る梨莉花さんの方が恐かったかな。スプラッター系B級ホラー映画みたいで。いうなれば〝
なんだ? その恐ろしい描写は……神崎先輩って七不思議より恐いのか? それにまーな、なんでそんな話をフツーにしてるの?
平然とした顔で淡々と話す親友の恐怖譚に、朋絵はいろいろな疑問と妄想に頭を混乱させつつ、心の中で人知れず怯えた。
「あ、でも、なんか変な字が七不思議の場所にあったよ」
「変な字?」
「うん。梵字とかいう古いインドの文字なんだって。どうしてあるのかは謎だけど」
「ふ~ん……よくわからないけど、呪術部っていろんなことやってるんだね」
「うん。おかげであたしも、普通の生活じゃ味わえないような体験をいろいろとさせていただいてるよ……ハァ…」
真奈はそう言って、迷惑そうに溜息を吐く。
「でも、まーな、だいぶ呪術部にも慣れてきたみたいじゃない」
慣れてきたというより、毒されてきたというべきか……。
「え~そうかなぁ? 今でもチャンスがあれば、速攻、辞めてやろうと狙ってるんだけどねぇ――」
「――お疲れさまでーす」
真奈がいつものように挨拶して部室へ入ると、中は昨日と違い慌しかった。
昨日は梨莉花と清彦の二人しかいなかった部室に、今日は飯綱、相浄、梅香を加えたフルメンバーが揃っている。
それに、みんな忙しそうだ。
梅香は机の上に大きな紙を広げて何かを書き込んでいるし、清彦はエメラルド色のタブレットを持ってプリンターの前に立ち、資料を印刷している真っ最中である。飯綱と相浄もお互い手帳を手にしながら熱心に話し合いをしているし、それから梨莉花はというと、どこから持ってきたのかホワイトボードを部室の奥に置き、そこにマジックで何やら色々と手を休める間もなく書き込んでいた。
「これでよしと……ん、まーなも来たか。それじゃ、みんな席に着いてくれ。全員集まったところで本日のミーティングを始めたいと思う」
梨莉花の号令で部員達は周りの物を片付け、それぞれの席へと着く。真奈はまだ自分の机が用意されていないので、円卓に付属する椅子を一つ取り出してそこに座る。
「それでは、これより第一回神奈備高校七不思議対策会議を始めたいと思う」
全員席に着いたのを確認すると、梨莉花はホワイトボードの前で開会の言葉を述べた。
「えー…まずは私の方から、今回の事件のあらましと現地に赴いて行った調査の結果を報告したいと思う。皆知っての通り、このナビ高には昔から七不思議の話が伝えられている。即ち、踊る二宮金次郎像、目が光るベートーベン、鬼の映る鏡、一段増える階段、不開の体育倉庫、歩く人体模型……そして、誰もそれを知る者がいないという七つ目の不思議だ」
梨莉花は説明しながら手に持った指示棒でホワイトボードの上を指し示していった。そこには、今挙げられた七不思議のお題が順番に列挙して横書きされている。
「七つ目を誰も知らないという理由については、一説にそれを知った者は死ぬからだとも云われているが……一週間程前、その七つ目の謎を解くと言って、原因不明の高熱を出して入院した者達がいる。それが例の3年男子三人だ。彼らの
「はい」
梨莉花の指示に従って、清彦がホワイトボードに先程プリントアウトしていた紙を貼ってゆく。それは昨日、スマホで撮った七不思議の現場に残されていた梵字の写真である。
それぞれ、それを撮影した七不思議の場所の名が記された横へとマグネットで貼られ、ただ一つ、不開の体育倉庫のものだけは、印刷した写真ではなくあの「カーン」という文字の書かれた実物の紙である。
「七不思議の起こるとされている各々の場所には、何がしかのこのような梵字を記した物が置かれていた。二宮金次郎の場合は手に持っている本自体に梵字を鋳出し、その他の場所では何かの裏に梵字を書いた紙を貼るという形式がとられていたようだな。〝いたようだ〟と言うのは、見てもらえばわかる通り、我々が昨日訪れた時にはもうすでに何者かの手によって剥ぎ取られていたからだ。しかもごく最近にな……」
梨莉花の話に耳を傾ける部員達は皆、黙ってその写真に見入っている。
「だが、幸いにも犯人は大雑把な性格だったらしく、大部分が剥ぎ取り切れずに残っていたり、付近にその物が落ちていたりした。この〝不開の体育倉庫〟の所に貼ってあるものはすぐ近くで拾った実物だ。金次郎の本も銅像の近くから発見できたし、他の物もかろうじて書かれていた文字が梵字であるとわかる程度には残っている」
梨莉花はホワイトボードに貼られた物を順に棒で指し示しながら、淡々とした口調で話を進めてゆく。
「で、その書かれていた梵字なのだが、梵字に詳しくない我々でも体育倉庫にあったものが不動明王を表すカーンであることはわかった。しかし、他の文字についてはやはりどうにもわからん。相浄、おまえならわかるか?」
そう言うと、梨莉花はホワイトボードから相浄の方へと視線を移す。
「特に目が光るベートーベン、鬼の映る鏡、一段増える階段のものはかなり破損してしまっているが……金次郎のは確かウンと読んだんだと思うんだが、違ったか?」
本物が残っていた金次郎像のところはともかくとして、なんの字かわからない四つの内の三つが破けて完全な形を残してはいない。
いくら相浄が密教に通じているからといって、それを読むことはかなり困難であろう。
「ああ、そいつは〝ウン〟でいい。で、五つの内、もう一つ残ってるのが不動明王の種字〝カーン〟だろ? だったら後は簡単なことさ」
しかし、予想に反して相浄は、余裕綽々な面持ちでさらりとそう言ってのけた。
「ちょっと書くぞ」
相浄は席を立つとホワイトボードの前へ進み、付属の黒のマジックを手にする。
「まず、この不開の体育倉庫にあったのが、不動明王を表すカーンだろ?」
そして、「カーン」の紙を貼ってある横にキュッ、キュッと甲高い音を立てながら、その読み方のカーン、それから、その文字が表す不動明王の名を書いた。
「んで、金次郎の本に書かれている文字が……」
今度は二宮金次郎像の本を撮った写真のとなりに、本に鋳出されていた「ウン」という文字の読み方を書く。
「部長が言った通り〝ウン〟という文字だ。で、この字が表す仏尊がなんなのかってことなんだが、この文字を種字とするのは……」
相浄は続けてその文字の下に、それが表す仏尊の名前を書き記す。
「
「金剛夜叉っ?」
「ああ、そうか。金剛夜叉のウンだったか……」
その名を聞いて、何かに気付いたのか部員達は皆それぞれに声を上げる。
「こんごうやしゃみょーおー?」
ただ独り真奈だけはいつもの如く、それがなんのことだかさっぱりわからないといった様子である……ま、それが普通の女子高生の反応だ。
「金剛夜叉明王というのは、不動明王も含めた五大明王という密教ではよくセットで祀られる五人の明王の内の一尊だ。他の残り三尊もそうだが、この金剛夜叉明王も人間の悪心を滅ぼすために、不動明王以上に恐ろしい姿をしてるんだぜ? なんせ目が五つだかんな」
そんな、その道には疎い真奈のため、見かけによらず親切な相浄は、その聞き慣れぬ名前の仏尊について説明してくれる。
「で、ということはだ。気付いたやつもいると思うが五つのうちの二つが不動、金剛夜叉とくりゃあ、後はだいたい見当が付く。残りの破けてるやつは残っているところからして、目の光るベートーベンのが読み方は同じだけど別字の〝ウン〟で
相浄は語りながら、七不思議の順番に従ってそれぞれの写真の横に、記されていたと思われる梵字とその読み方、それが表す仏尊の名前を次々に書いていった。
「鬼の映る鏡のとこのが、これまた読み方が同じだが、また別の字の〝ウン〟で
ホワイトボードを見ると、目の光るベートーベン、鬼の映る鏡、一段増える階段それぞれのとなりに、各々異なる梵字が一文字づつ記されている。
「つまり、この五つの梵字は五大明王を表してるんだ」
最後に、相浄はマジックの先でトンとホワイトボードを叩いて示すと、そう自分の推論を結んでみせた。
「……なるほどな」
「そうだったのか……」
彼の説明を聞いて、部員達は皆、いたく納得したというようにうんうん頷いている。
へぇ~……ごだいみょーおーかあ……にしても、あれだけでそこまでわかるなんて、相浄さん、ああ見えて、けっこうヤるな。
こうした方面にはど素人な一般人・真奈も、今の簡潔明朗な解説にとりあえずは話についていけている様子だ。
「フン……」
そんな仲間達の反応を見て、相浄は満足げなドヤ顔でマジックのキャップを閉めると、意気揚々、自分の席へと戻って行く。
「アレ? でも七不思議の内、知られてない七つ目ハ置いとくとして、残りは六つだよネ? なんで梵字、五つしかナイ?」
だが、彼が椅子に腰かけるのと同時に、ふと気付いたそのそこはかとない疑問を梅香がなにげに口にする。
「あ…!」
相浄は自慢げなドヤ顔から一転、ポカンと間抜けに口を開けた状態で固まってしまう。
「そういえば、歩く人体模型のとこにも写真が貼られてないんだが?」
飯綱も梅香と同じく、そのことに疑問を持ったようである。
「ああ、それを言うのをすっかり忘れていた」
訝しげな顔をする梅香達に、梨莉花が思い出したかのように再び説明を始めた。
「実は昨日、人体模型のある理科準備室にも行って、模型はもちろん、部屋の中を隅々まで調べてみたんだが、どこにもそれらしきものは見当たらなかったんだ」
「見つけられなかった?」
飯綱が短く聞き返す。
「ああ。しっかり調べたつもりなんだがな。化学部の連中にも聞いてみたが、そういった物はこれまでに一度も見たことはないらしい」
「そうか……跡が残らんくらい、きれいに剥がされてしまったのか、それとも梵字の紙が貼られていたもの自体が持ち出されたか……」
飯綱はマッチョな腕を組むと眼を瞑り、苦行僧にも似た険しい表情で考え込む。
「……で、でも、残ってた五つの文字が五大明王の種字だってことは確かだぜ?」
うっかり忘れていた六つ目の文字のことが話題に上り、相浄は慌てて自分の解読が間違っていないことを主張する。
「ああ。それは俺もそう思う。五大明王の種字は修験でもよく札とかに使われてて、俺もそれなりに馴染みがあるからな」
すると、相浄のその主張に対し、くわっ! と目を見開いた飯綱も賛成の立場をとる。
「……そうか。飯綱君がそう言うなら確かだな」
それを聞くと梨莉花も、信頼厚い副部長である飯縄の言葉には大きく頷く。
「おい、ちょっと待て! んじゃ、俺の話じゃ信用できねえっていうのか?」
「……気にするな。では、五つの梵字が五大明王の種字であることは確かだとして、問題は六つ目の人体模型の梵字は何かってことだな」
「気にするなって…それじゃ、ぜんぜん否定してねえじゃねえか! それに今の間はなんだ? 今の間は?」
声を荒げる相浄だが、梨莉花はそれを軽く受け流す……いつもの遣り取りである。
「これまでは全部明王できたから、六つ目もやはり明王系とみるべきかな? ……
「まったく別のものという可能性もないわけじゃない……」
いつもの掛け合いを交えつつ、そして、不平を洩らす相浄はめんどくさいので無視しつつ、議題は六つ目の梵字がなんなのかということに移る。
「うーむ……」
しかし、いくら考えてみても、物自体がないのだからどうしようもない。
「……まあ、現時点ではこれ以上考えても仕方ありませんね。それより六つ目の梵字が何かもそうですが、そもそも、どうして七不思議の場所に梵字があるのかってことからして謎です」
そんな膠着状態を打開すべく、清彦が話題を変えた。
「七不思議の場所で怪異を起こしているモノを封印するためではないのか?」
清彦の言葉を受け、梨莉花がさも当然というように答える。
「いや、素直に考えればそうなんですけどね。でも、現在、七不思議の場所に書かれている梵字はすべて取り除かれています。ということは、怪異をなしているモノの封印が解けたってことですよね? なのに僕達が昨日廻った感じでは七不思議の場所になんらおかしなところはありませんでした。というより、あの場所が七不思議に選ばれていることの方がむしろ不思議に感じるくらいですよ」
「確かに……」
清彦の意見に、ともに七不思議の場所を廻った梨莉花と真奈も頷く。
「確かに昨日の感じでは、到底、あの場所で怪異が起こるとは思えない印象だったな。となると、あそこが七不思議の場所とされたのはなぜか? という疑問も生じてくる……」
「ネエネエ、ソノ梵字を取ったのって、やっぱり例の三人なのかナ?」
と、そこへ、今度は思っていたことを唐突に口にして、どうやらけっこう天然らしい梅香が割って入った。
「だろうな。取られた跡を見るにまだ新しかったし、金次郎の本がなくなっても騒ぎにならなかったことからしても、取られたのはごく最近だ。近頃、そんな真似をするようなやつらといえば、その病院送りになった三人以外他には考えられんからな」
「そうすると、なぜ三人がそんなことをしたのかっていうのも問題ですね」
梨莉花の回答に、清彦がまたも新たな問題を提起する。
「うーん……わからんことだらけだな」
第一回神奈備高校七不思議対策会議は、開始早々、解決されない問題で山積みである……。
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