肆 SEVEN WONDERS OF 神奈備高校(八)
「――え~…今日は皆、ご苦労だった。本日行った実際に現地へ赴いての調査ではかなりの成果を上げることができた。それについては明日、別行動を取っている飯綱、相浄、梅香の三人を加えて、改めてまとめの会を行いたいと思う。ということで、今日はこれにて解散!」
神奈備高校七不思議巡りツアーを終えた三人は、梨莉花部長のありがたい閉めの言葉を頂いて、無事、お開きとなった。
「おつかれさまでしたあ! それじゃ、あたしはちょっと用があるんでこれで……」
……さっ、部活も終って、あたしの待ちに待った時間がついにやってきたあっ!
真奈は部室の前で二人に別れを告げると、一転、テンションMAXでその顔をニヤニヤとニヤけさせ、昨日と同じあの場所へと急いで向う……。
そう、美術室である。
少々スキップの入った早足で中央校舎一階の廊下まで来ると、昨日同様、美術室の窓からは蛍光灯の明かりが漏れている。
「よかった~。狩野先輩、今日もいるみたいだ……」
そこで、真奈は美術室の前まで進み、やはり昨日みたいにドアの覗き窓から中の様子を覗ってみた。
案の定、期待していた人物のキャンバスに向う後姿がそこには見える。
「お疲れさまでーす!」
真奈はドアを開けると同時に、明るく元気な声で挨拶をした。
ビクっ…!
狩野はその声に少々びっくりしたように筆を止め、両手を筆とパレットに塞がれたままの状態で後を振り返る。
「ああ、なんだあ。えーと……宮本さんだったね。描くことに集中してたんで、ちょっとびっくりしちゃったよ」
「あっ、す、すみません! お邪魔しちゃいました!」
真奈はバツの悪そうな顔で慌てて狩野に頭を下げる。
あ~あ……待ちに待った、せっかくの〝狩野先輩と夜の学校でムフフな二人っきりタイム〟だってのに、初っ端から思いっきり失敗しちゃったよぉ……先輩、気分悪くしたかなあ……あ、でも、狩野先輩、あたしの名前ちゃんと憶えててくれたんだあ。なんか、すっごくうれしいなあ……。
「いや、そんな頭を下げなくたって、ぜんぜん邪魔になんてなってないから大丈夫だよ。むしろ今日も遊びに来てくれてうれしいよ」
だが、ひどく落ち込み、なのに直後、突然ニヤけたりと忙しなく表情を変える見ていて飽きない真奈の姿に、狩野は昨日と変わりなく、そんな優しげな言葉をかけてくれる。
よかったあ~先輩怒ってなくて。やっぱりとってもイイ人だ。
それに、また遊びに来てくれてうれしいだなんて……あたしの方こそますますうれしいなあ~……え? あたしが来てうれしいってことは、もしかして、ひょっとすると……先輩もあたしのこと、ちょっぴり気になってたり……とか?
狩野の何気ないその言葉に、真奈はまたまた顔を蕩けさせ、加えて自意識過剰にも薄気味悪い笑みまでをもその蕩けきった顔に浮べた。
「あとちょっとでこの絵も完成なんだ。今日明日描けば終りってところかな」
妄想から現実世界に戻って真奈がキャンバスを覗うと、昨日見た時よりもさらに綺麗に色が塗り重ねられ、もうすでに完成しているようにも見える。
それでもまだ今日、明日描かなければならないといっているのは、本人しかわからない、どこか納得のいかないところがあるからなのだろう。
そんな絵に対する情熱がまたステキだ……狩野先輩、絵の完成の暁にはそのお祝いとして、あたしをあなたの好きにしちゃってくださぁぁ~い!
「わあ、昨日よりもますますよくなりましたねえ! 完成、楽しみにしてます! そして、その後に待ち受けているであろう展開についても!」
真奈は内なる淫らな感情をなんとか覆い隠し(…切れていないが)、冷静さを装いながら賛辞を贈る。
「ハハ、ありがとう。そんなこと言ってくれるのは宮本さんだけだよ」
対する狩野は真奈と話しつつも、顔は絵の方に向けたままずっと筆を動かし続けている。
狩野先輩、一生懸命描いてるな……もっとお話ししてたいけど……そして、あわよくば、流れと勢いで過ちを犯しちゃったりなんかするパターンを望むとこだけど、もう、これ以上邪魔しちゃいけないな。
ここはぐっと淋しさを堪えて、今日はあんまし長居せずに帰るとしよう……そう。あたしは惚れた男の幸せのために、そっと身を引く健気な女なの……。
「先輩、それじゃ、お邪魔しちゃ悪いんで今日はこれで失礼します」
真奈は名残惜しくも悲恋のヒロインを演じる自分自身に陶酔しつつ、狩野に別れの挨拶を告げて帰ることにした。
「え? もう帰っちゃうの? ……あっ、ごめんね。せっかく来てくれたのにあんまりお相手できなくって……」
狩野はそう言うと、ようやくキャンバスから顔を上げて真奈の方を振り返る。
「い、いえ、あたしの方こそ、お邪魔しちゃってすいませんでした。じゃ、絵の方、がんばってください」
「ありがとう。たぶん明日には完成できると思うよ」
「……あ、あの…明日も、絵を見せていただきに来ていい……ですか?」
真奈はきょろきょろと落ち着きのない視線を床に落し、頬を赤らめながらおそるおそる狩野に尋ねてみる。
「もちろんだよ。じゃあ、宮本さんのためにも、がんばって早く完成させなくっちゃね」
その言葉を聞いた瞬間、不安そうだった真奈の顔がパアっと明るくなる。
「は、はい! 楽しみにしてます! もう待ち遠しくって、きっと今夜は眠れません!」
「ハハ、そこは眠ってもらわないとプレッシャー感じるな……それじゃあ、帰り道気お付きけてね」
狩野は真奈の本気の言葉を冗談ととると、とても優しげな微笑を彼女に投げかけた。
「はい! 先輩もあまりご無理なさらないでくださいね」
微笑の貴公子――狩野の爽やかスマイルに目をトロトロにとろんとさせながら、真奈はもう一度会釈をしてその場を立ち去ろうとする……と、その時。
「ハッ…?」
昨日と同じく、真奈はまたしても背中に誰かの視線を感じたのである。
突き刺さるような鋭い視線……真奈は慌てて背後を振り返ると周囲を見回す。
「………………」
しかし、やはり美術室の中には狩野と真奈の二人以外、他に誰の姿も見付けることはできない。
誰? 誰かいるの?
真奈は狩野の方も見てみる……。
が、狩野はすでにキャンバスへ向き直っており、今の視線にはまるで気付いていない様子だ。
おっかしいなぁ……やっぱり、ただの気のせいなのかなぁ……。
「じゃ、お先に失礼します……」
「あ、お疲れさま」
真奈はどうにも腑に落ちない様子ながらも、小首を傾げつつ美術室を後にした。
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