肆 SEVEN WONDERS OF 神奈備高校(三)

「――七不思議の二つ目、第一音楽室の〝目が光るベートーベン〟だ」


 次に真奈達三人がやって来たのは、南校舎一階の東側にある第一音楽室だった。


 三人は音楽室へ入ると早々、壁に掛けられた歴史的天才音楽家達の肖像画の内、真ん中に掲げられたベートーベンの肖像画の前へと進み出る。


 それはどこの学校にでもあるような肖像画の安価なレプリカで、大きさはA3くらい。ただ紙に印刷されただけの偽物ではあるが、金縁の額に収められると一応は立派に見えるらしく、人の頭より少し高い位置に威厳を持って掲げられている。


「聞くところによると、夜な夜なこのベートーベンの目が光るのだそうだ」


 悠然と三人のセンターに立ち、先程同様、腰に手を当てて偉大な作曲家と睨みあう梨莉花がそう簡単に説明をした。


「……で、二人とも何か変わったところはあると思うか?」


「いえ、ぜんぜん……どうみてもフツーのベートーベンの肖像画です」


 しばしの間、三人はベートーベンと睨めっこをしていたが、特にこれといって変わったところを見つけることはできなかった。


「まあ、音楽室の肖像画が云々という話も、誰もいないのに勝手に鳴るピアノと人気を二分するくらい七不思議の定番といえば定番だからな。単なる噂だけなのかもしれん。ただ、目が動くのではなく光るというところが少し気になる……豆電球でも入ってたりして」


 梨莉花がベートーベンと睨めっこしたまま、そんな冗談とも本気ともとれるようなことを口にした。


 まさかそんなことはないと思うが、もし本当に豆電球が仕込まれでもしていたとすれば、それはそれでずいぶんと楽しいイタズラである。


「そうだ、清彦。ちょっと絵の裏を見てみてくれ」


 いい加減、睨めっこにも飽きた梨莉花は、清彦に絵の裏側も調べてみるようにと指示を出す。


「はい。ちょっと待っててください……」


 真面目な優等生タイプの外見通り、清彦はすぐさまよい返事をすると、背伸びをしてベートーベンの肖像画を壁から外し、くるりとその絵を裏返してみた。


「どうだ? 豆電球は付いていたか?」


 絵の裏側を調べる清彦の肩越しに、ちょっと期待しながら梨莉花が尋ねる。


「いえ、残念ながら……でも、その代わりおもしろいものを見つけましたよ」


 そう言って手にした絵の裏を見つめる清彦に近寄ると、梨莉花と真奈も覗き込んでみる。


 するとそこには、かつて貼ってあった〝何か四角い紙のようなもの〟を乱暴に剥がした跡が残っていた。


 ずいぶんしっかりと貼られていたものらしく、まだかなりの部分が破れて剥げ残っている。その残った部分には所々に黒い墨の跡が見受けられ、貼ってあったその紙にはなんらかの文字が書かれていたことを窺わせる。


「……御札?」


 真奈は、そこに貼ってあった何かがそうしたものであるように思えた。


「残っている部分から察するに、これもどうやら梵字みたいですね」


 その剥がされた跡を見つめたまま清彦が呟く。


 梵字といえば、二宮金次郎像の本に書かれていた文字と同じである。同じ七不思議の場所二ヶ所でその文字が見付かったとなると、それが偶然とは考えにくい。


「ほう。七不思議の場所に梵字ありか……これはおもしろくなってきたな」


「でも、これじゃ、梵字読めるか読めないか以前に、なんの字かもわかりませんね……まあ、一応、これも後で相浄君に見てはもらおうと思いますけど」


「そうだな。よし、ではこれも写真を撮っておこう」


 梨莉花はその肖像画を壁に立てかけさせると、絵の裏側を大写しに撮影した。


「これを破ったのも例の三人組ですかね?」


 呪術部特注モデルスマホの画面を覗く梨莉花に、清彦が背後から問いかける。


「状況からしてそう考えるのが適当だろうな。だが、なんのために? ……やはり、これと七つ目の不思議の謎を解くこととは何か関係あるのか?」


 三人はしばらくの間、絵の裏側に残る破れた紙片の痕跡を黙って見つめた。


「さっ、誰か来ない内に戻しておかないと。今日は吹奏楽部が新入部員の体力作りで外へ走りに行っていて好都合でした。おとなりの第二音楽室も合唱部の練習休みだったみたいですし」


 だが、気付いたように清彦は止まったままの二人を急かすと、急ぎつつも証拠が残らないよう、丁寧にベートーベンをもとあった場所へと戻す。


 そう言われてみれば、通常、放課後の音楽室はその手の部が使っているはずである。


 それがなんとも都合のよいことに、今日は偶然にもその両部活がお留守だったのだ。特に、もし通常通り吹奏楽部がここにいたら、この発見も難しかったかもしれない。


 とはいえ誰か他の人間が来ないとも限らない……。


 ただでさえ、いろいろと噂のある呪術部。


 もしこの場を誰かに見られでもしたら、絶対、何かよからぬことをしているのではないかと勘ぐられること明白であろう……。


 こんなところに長居は無用。早々立ち去るに限る。


 各々にそんなことを思いつつ、三人は廊下に誰もいないのを確認すると、コソコソと第一音楽室を後にした――。

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