肆 SEVEN WONDERS OF 神奈備高校(一)


 神奈備高校へと続く傾斜のキツい坂道を、今日も生徒達が登ってゆく……いつもと変わらぬ朝の風景である。


 ……だが一つだけ、その日はいつもと違うところがあった。


 それは、これまで暗く沈んだ表情をしていた一人の女生徒が、なぜだか今日は打って変わって異様なほどに明るいことである。


「ランラランララ~ン♪」


 真奈は楽しそうに鼻歌を唄い、足は軽くスキップまで踏んでいる。


「……ど、どうしたのまーな? 今日は恐いくらいに楽しそうだよ?」


「え、そう? そんなことないよ~。いつもとぜんぜん、変わらないよ~♪」


 と、言いつつ、その顔には満面の笑みを浮かべている。


「いや、ぜんぜん変わってるって……だって、いつもは放課後の部活のこと考えて朝から落ち込んでるじゃないの?」


「え? 放課後の部活? ……ああ、あれ。しゅクラのこと? そんなの別に大したことじゃないよ」


「しゅくら? ……何それ? ガトーシュクラ?」


「それはショコラ! アハハ…もう、朋絵ったら、何、朝からオヤジギャグかましてんの。呪クラってのは呪術部の愛称に決まってんじゃな~い!」


 バシンっ!


「痛っ…!」


 笑いながら答えた真奈は、楽しそうに朋絵へツッコミを入れる。


「フンフフンフフ~ン♪」


 対して朋絵は叩かれた上腕をさすりながら、カワイらしい眉間に深い皺を寄せる。


 ……おかしい。今まであんなに嫌がっていた呪術部のことを愛称で呼んでいる……しかも毎朝、国連で話し合われるべき世界的大問題のように語っていた部活のことを大したことないだなんて……おかしい。これは絶対におかしい。いったい何があったんだ?


「あ~この朝の登校風景もなんだか今までとは違ったものに見える~♪ 学校行くのって、こんなに楽しいものだったんだ~♪」


 真奈は両手をいっぱいに伸ばし、気持ちよさそうに大きく毛伸びをした。


 そんな妙にアッパー気味の親友を、朋絵は超自然現象でも見るかのように引きつった顔で見つめる。


 ……恐い。友人として元気になったことを喜んであげるべきところなんだろうけど……ここまで変貌すると喜びを通り越して恐怖すら感じる……。



「あ、じゅんちゃんとあずさちゃんだ! おぉーい、おっはよ~っ! 高校って、た~のし~い♪」


 真奈は親しくなったクラスメイトを発見すると、歓喜の声を発しながら彼女達の方へと走って行く。


「真奈……わたしは時々、あなたがわからない……」

 その超ハイテンションに着いて行けず、朋絵は呆然と彼女の後姿を見送った――。




 ――キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン…。


「ねえ、いったい何があったわけ?」


 四時間目の終りを告げるチャイムが鳴ると、生徒達は昼食を楽しむべく一斉に動き出す。


 外で食べようとお弁当を持って教室を出て行く者、売店目がけてダッシュで飛び出して行く者、一所に固まってみんなで一緒に食べようとする者など、執る行動は様々である。


 ご他聞にもれず、真奈と朋絵の二人にしても早々に机を二つくっ付け、お互いに向かい合ってお弁当の包みを開いていた。


「え~、何って別になんにもないよ~」


 真奈は黄色くふわふわの玉子焼きを箸で突付きながら、朋絵の質問をはぐらかす。


「嘘! ぜぇったい! 何かあった!」


 朋絵は赤いタコさんウインナーを口に入れたまま、その口もタコのように突き出して膨れっ面をしている。


「そ、そんなことないって……ねえ、それより美術部の部長さんって、とってもステキな人だねえ」


「えっ? 狩野先輩のこと? ん~…確かにちょっとカッコイイかな。優しそうだし」


「そうだよね~。カッコイイし、優しい人だよね~」


 真奈はそう言って相槌を打つと玉子焼きを?む箸を空中で止めたまま、キラキラとした少女漫画のような瞳でどこか遠くを見つめる。


「……ん? あれ? なんで、まーなが狩野先輩のこと知ってるの? 会ったことあったっけ?」


「え? ……い、いや、昨日ちょっとね、部活の帰りに美術室でね……」


 朋絵がその疑問に捉われると真奈は慌てて取り繕い、きょろきょろと泳ぐ視線を弁当の上に落す。


「美術室?」


 だが、朋絵はいかにも怪しいという目をして真奈のことを見つめている。


「う、うん……昨日、部活の帰りにね、まだ美術部やってるのかな~って、ちょっと美術室を覗きに行ったんだ。そしたら、まだ狩野先輩が残ってて……それで、ちょっとしたアクシデントから狩野先輩とお話することになったんだけどね、なんか話が盛り上がって、いろいろ先輩の夢とか聞いちゃって……ハァ~カッコよかったなぁ……絵に対する熱い思いを語る狩野先輩……外見だけじゃなくて、内面はもっとステキなんだよねぇ……」


 真奈はまたも箸を持つ手を宙に止め、うっとりと遠い空を見つめている。


「はは~ん……そういうことか」


 朋絵もエビフライを刺したフォークを手にしたまま、イヤらしい目付きでそんな真奈の顔を眺めた。


「え? ……な、なんなの、そういうことって?」


 朋絵の言葉に、現実世界へと帰還した真奈は冷静を装って訊き返す。


「さてはお主、狩野先輩に惚れたな?」


「えっ? そ、そんなことないよ! あ、あたしはただ…」


 そうは言っているが、いつ何時、誰がどっからどう見ても明らかに彼女は動揺している。


「バレバレだってば。今の反応見れば、どんな鈍感なやつにだってわかるよ。なるほど、それで今日は朝からえらくご機嫌だったわけね」

「だから、そんなんじゃないって! ……ま、まぁ、それは昨日、また遊びに来なよって言われた時にはちょっとうれしかったりなんかしたけど……」


「おやおや、そいつはおやすくないねえ~。で、今日も行くの?」


「……う、うん」


 懸命に否定しつつも頬を赤らめ、真奈はちょっと気恥ずかしそうに、だが、それでいてなんだかとてもうれしそうに頷く。


 そんな彼女のことが、朋絵はとてもカワイらしいと思った。


「カ~っ! いいねえ~恋する乙女はっ!」


「だから、違うってばーっ! ――」




「――おっ疲れさまで~す♪」


 古びた部室のドアを勢いよく開け、元気溌剌に真奈が入ってくる。


今朝の登校風景同様、これまでにない放課後の光景である。


「ん? ……どうした? 今日はいつもと感じが違うな」


 奥の部長席に座り、手帳を眺めていた梨莉花が訝しげに尋ねる。


「え? そうですかあ? 別にいつもと同じですよお~」


 だが、やはりいつもと違い、恐いくらいに満面の笑みである。


「………………」


 梨莉花は黙したまま、いかにも怪しいという眼差しで真奈の笑顔を凝視した。


「いや、明らかにいつものまーなさんと違いますよ。何かありましたね?」


 先程からエメラルド色をした電子タブレットを弄っていた清彦も、液晶画面を見つめたまま、真奈の異常な態度に疑問を呈する。


 現在、部室内には、真奈の他に梨莉花と彼の二人しかいない。


「やだなあ。ほんとに何もないですって。それより何やってるんですか? 他の皆さんは?」


 それにしてはいつになく楽しそうな笑顔で真奈は返すと、清彦の脇からタブレットの画面を覗き込む。


「……神奈備高校七不思議?」


 するとそこには、そんなタイトルを冠した表が画面いっぱいに映し出されていた。

「聞き取り調査をして集めた、うちの学校の七不思議を表にまとめてるんですよ」


 相変わらず画面から目線を上げることなく、タッチパネル上に出たキーボードをタップしながら清彦が答える。


「七不思議ですか? へぇー、うちの学校にもそんなのがあったんですねえ」


「ん? おまえ知らないのか?」


 真奈の何気ないその一言に、手帳へ視線を落していた梨莉花が不意に顔を上げると、なぜだか驚いたように尋ねてくる。


「えっ? はい、知りませんけど……あたし、入学してまだ日が浅いですし……」


「そうか。どうやら、まだ下級生達の間にまでは広まっていないようだな」


 無論、新入生がそんなローカル・オカルトネタを知るはずもなく、正直にそう答える真奈だったか、それに対する梨々花の反応はなんだか妙だ。


「ええ。僕もさっき知ったばかりですからね。今のところ、ナビ裏――神奈備高校裏掲示板とかにも上がってないですし、〝LIGNE《リーニュ》〟なんかのSNSでわざわざ後輩に知らせるような話でもない……となると、学年間での情報交換の機会なんて部活の時ぐらいしかないでしょうから、広まるのはまだまだこれからでしょう。まあ、一両日中にはかなりの範囲にまで知れ渡ると思いますけどね」


 梨莉花の目配せに清彦もようやく顔を上げ、自分なりに分析した見解を理路整然とすらすら答えた。


 えっ? なんのこと? 今の質問は七不思議について知らないのかという意味じゃないの?


「あのう、何かあったんですか?」


 だが、やはり何を言ってるのかさっぱりわからず、意味深な二人のやりとりに今度は真奈の方が梨莉花に訊き返す。


「うむ……順を追って説明するとだな、一週間ほど前…まだ春休み中のことだな。その頃に三年の男子生徒が3人、原因不明の高熱を出して入院したことに始まる……」


 梨莉花は机に肘を突いた手を顔の前で組むと、おもむろにその事件のことについて話し始めた。


「いまだにその3人は入院したままなのだが、聞くところによると、全員が高熱にうなされながら、まるで何かにとり憑かれでもしているかのようにうわ言を繰り返しているのだそうだ。それに、噂では入院することになるその前の日、彼らはこの学校に伝わる七不思議の最後の一つ、七つ目の不思議を突き止めると言っていたらしい」


「七つ目を突きとめる? ……どういうことですか?」


「ああ……この学校に七不思議があるというのはさっきから話している通りだが、その内、知られているのは六つ目までだ。七つ目を知っている者は一人もいない」


「七つ目はない?」


「いや、そうではない。七不思議だから七つ目までちゃんとあると云われている。ただ、七つ目を知っている者がいない。というより知ることができないんだ……なぜなら、その七つ目を知った者は死ぬと云われているのだからな」


「……ゴクン。じゃ、じゃあ、その3人は七つ目を知って、呪われたと……」


「この場合、呪いというより祟りと言った方がよいのかな? まだはっきりとしたことは言えないが、その可能性は充分にありうる。そこで、我ら呪クラもその調査に乗り出したという訳だ。まーな、もちろんおまえにも働いてもらうぞ」


「えっ? 七不思議を調べるんですか? しかも〝(カッコ)あたしも頭数に含む(カッコ閉じる)〟で?……や、やめときましょうよぉ……だって、七つ目を知ったら死んじゃうって…」


「何を言っている。これまで誰も知らなかった七つ目の不思議を知ることができる、またとないチャンスではないか! こんなおもしろいことを放っておく手はない。それに安心しろ。その七つ目の不思議に迫った3人は高熱を出して寝込んではいるが、別に死んだわけではない。おそらく七つ目を知ると死ぬというのはそれに近付かぬようにとの忠告だ」


 それまでの浮かれ気分もどこへやら、その恐ろしげな話を聞いた真奈は青ざめた顔で反対するも、梨莉花はいつにもましてモチベーション全開である。


「で、でも、死ななくても高熱出して寝込むのも嫌ですよぉ……」


「大丈夫ですよ。僕らは仮にも呪術部員です。その3人の生徒と違って、それなりに霊的防衛手段を持っていますからね」


 それでも真奈がグズグズ言っていると、タブレットを弄る手を休めて清彦も話に参加してくる。


「それに、もし本当に七不思議の祟りで三人が寝込んでいるのだとしたら、僕らが七つ目の謎を解けば、その3人を救うことにもなる。これは人助けでもあるんです」


「は、はあ……」


 理詰めで語る清彦の正論に、真奈はただただ、そんな生返事を返す。


 そんなこと言われたら面と向かって反対もできないが、そんなこと言われても怖いことに変わりはない。


「と、いうことで、この神奈備高校七不思議の謎は我ら呪クラが総力をあげて解決することになった。今、飯綱君と相浄にはその三人の入院している病院へ様子を見に行ってもらっている。直接、彼らに会えば何か分かるやもしれん」


 何も言い返せない真奈の隙を突き、梨々花は早々に当計画の段取りを説明し始める。


「それから梅香にはこの学校の見取り図を取りに行かせているところだ。風水的見地から七不思議が起きるという場所を見てもらおうと思ってな。さて、残るは私達だが……清彦、七不思議の表はできたか?」


「はい。今、終ったところです。人数分出しますか?」


「ああ、頼む。よし、ではこれからこの3人でその表を持って、七不思議の起きるという場所の検証に行きたいと思う」


「3人って……えっ? あたしも行くんですか? その…七不思議の場所に?」


「ああ。百聞は一見に如かずだ。現場を見てみぬことには始まらんだろう。それとも、部の活動に何か文句でも?」


 さっそく、頭数に入れられた真奈は同伴をしぶるが、梨莉花がその美しくも冷たく鋭い眼差しで静かな圧力をかけてくる。


「い、いえ……文句ないです……」


 ハァ…また、厄介なことになっちゃったな……。


 有無を言わさぬ梨々花のプレッシャーに、真奈は仕方なく、一緒について行くことをなかば強制的に了承した。


「よし、では行くぞ。神奈備高校七不思議巡りに! ――」

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