参 LET'S 降霊会《パーリー》!(一)

 今日も学校へと続く坂道を大勢の学生達が登って行く……。


 三度目の登校となる新入生達も、だいぶこの急な坂道に慣れてきている様子だ。


「で、昨日の歓迎会はどうだったの?」


 これまた毎朝の習慣になりつつあるのだが、一緒に坂道を登る朋絵が呪術部活動状況の定例報告を真奈に求めた。


「入学二日目にして、また奇人変人の知り合いが増えた……」


 本日も、真奈は沈んだ表情で俯きながら歩いている。


「そ、それはまあ、考えようによってはおもしろい人達に出会えたということも……」


「ほんとにそう思ってる?」


 真奈は並行して歩きながら、疑りの眼差しで親友の方を睨む。


「……お、思ってるよ。もちろん。あ、ああ、うらやましいなあ…」


「んん? なんか、台詞が棒読みだぞ?」


「ハ、ハハハ…」


 朋絵は目を合わせることなく、苦笑いをして誤魔化す。


「だって、現時点で普通の友達よりもおかしな人達の知り合いの方が多いんだよ! それに御国学園の魔術部なんていう変なのまで出てくるし……」


「ま、まあ……まーなが思ってるほど、おかしな人達じゃないよ、きっと……あ、そうそう! 呪術部の部長さん! 神崎梨莉花さんだっけ? あの人、なんかすっごい美人じゃない。おまけに先輩達の話では勉強や運動も学年トップクラスの実力らしいし、眉目秀麗、スポーツ万能、まさに非の打ちどころがない人みたいだよ?」


「非の打ちどころがないねえ……まあ、確かに恐ろしいほどの美人であることだけは認めるけど」


「でも、あんなに美人なのにカレシいないみたいなんだよね~。それがどうしても不思議だって先輩達が言ってたよ」


「ああ、それね。いや、あの容姿だからね、言い寄る男は山の数ほどいるようだよ」


「やっぱり」


「でね。まあ、毎回、告白されたら意外と簡単にOKするらしいんだけどね、そこからが問題なんだよ」


「問題? ……え、どういうこと? もしかして、なん股もかけてて両の手では数えられないくらいの男がいるとか? それとも、ぢつは女の子にしか興味のない百合属性なお姉さまで、カレシはそれを隠すためのダミーだとか? なんか、すっごく興味あるう!」


 意味深な真奈の言葉に、何を期待してるのか、朋絵は興味津々な眼差しを向けてくる。


「うーん…あたしが呪術部の人達から聞いた話では……例えばね。とりあえず付き合うことになって、梨莉花さんの家に遊びに行くとするでしょ? そしたら家の人は留守で、家には梨莉花さんとそのカレシさんの二人っきりなわけよ」


「うんうん! いいシチュエーションじゃない!」


「そんでもって、梨莉花さんが唐突に〝わたしはもうすませたから、早くシャワー浴びてきて〟ってカレシさんに言うのね」


「キャ~っ! もうそんな展開? いくら今時の女子高生といえども進展早すぎ!」


「まあ、普通この場合、百人中百人がそういう展開だと考えるよね。あたしも最初それ聞いた時、思わずえっちい妄想して鼻血出そうになったから」


 真奈の語る内容に、さらに年頃の女の子的な興奮を覚える朋絵だったが、普段ならすでに妄想モードに突入していて然りのはずの真奈が、今回に限ってはなぜだか朋絵よりも冷静な態度を見せている……以前に一回、やっぱり妄想はしていたようだが。


「鼻血は女子としてどうかと思うけどね……」


「でもね、あたしと同じように、そんなえっちいこと期待してカレシさんがお風呂から出て来ると、そこで彼を待っていたのはとんでもないものだったの!」


 控えめにツッコむ朋絵もスルーして、真奈は怪談話の語り手のように話を続ける。


「彼が通された部屋は厚いカーテンで閉め切られていたんだけど、その真っ暗な部屋の中を人の手の形をした燭台の明かりだけが照らしていて、床には魔法陣の描かれた大きな布が敷かれ、壁には五芒星を逆さにしたタペストリーと祭壇には山羊の頭と黒い翼を持った悪魔の像、そして、その前に立つ黒いローブ姿の梨莉花さんが手に十字型の剣を持ってカレシさんに魔法陣の上に横たわるように言うの!」


「な、なに? その超非現実的な、どっからどう見ても黒魔術な部屋の内装は……話に脈絡なさすぎてぜんぜんついてけないんですけど……」


「ようするにね、梨莉花さんは彼を犠牲いけにえにして、悪魔を喚び出す儀式だかをしようとしていたらしいの。で、神聖な儀式をするにあたって、犠牲も穢れがあっちゃいけないからカレシさんにもシャワーを浴るようにと、まあ、そういうオチだったわけよ」


「わ、笑えないオチだね……」


「なんか、他にもそんな風に〝カレシなんだからなんでもしてOK〟っていう梨莉花さんの独断と偏見的ローカル・ルールで、何も知らずに告白してしまった哀れな子羊達をいろんな呪術の実験台に使うらしいんだ。おかげで一日としてカレシでいられた男子はいないんだって話だよ」


「……な、なるほど。眉目秀麗・才色兼備の超絶美人だけど、性格の方に非の打ちどころがあったってわけね」


「それについてはここ二、三日で身に染みてわかったよ……」


 なんだか重みのある言葉でそう呟き、真奈は人生をすっかり諦めた人間のようにどこか遠い目をする。


「ハ、ハハ……で、でも、まーなが呪術部に入ってくれたおかげで、この世ならざる話をいろいろと聞けて、わたし的にはおもしろかったりなんかするかな」


「人の不幸を楽しみにすなーっ!」


 その常軌を逸した話にひきまくりつつも、対岸の火事を決め込んでいる完全に他人事な朋絵に、真奈は両手を振り上げて漫画のようにプンスカと怒った。


「ゴメン、ゴメン……で、今日もあるの? 呪術部の部活」


 そんな真奈を掌で制しながら、朋絵は笑顔で謝ると不意に話題を変える。


「うん。残念ながら。梨莉花さんが〝明日はとっても楽しいことをやるぞお!〟って、ものすごく張りきってたから……なんか、余計に恐いよぉ~っ!」


 真奈は今回も微妙にうまい梨莉花のものまねを取り入れながら、現在、自分の置かれている危機的状況を朋絵に説明してみせる。


「そんなに嫌なら今日は行くのやめたら? 何か適当に理由でも作って」


「いや、昨日帰り際に〝来なかったら呪う〟って据わった目をして言ってたから、そんなこと死んでもできないよぉ……」


「ハハ…そりゃ、できんわな」


 己が身のありえない不幸を嘆く親友に、朋絵はやはり他人事な様子で、その姿をどこか愉しむかのように苦笑いを浮かべた――。




 その日の放課後……。


 非常に不本意なことながら、今日も真奈は呪術部の部室にいた。他の部員達も全員、一人も欠けることなく部室に集まっている。


 だが、昨日と違い、窓のカーテンは閉め切られ、円卓の上には蝋燭に火の灯された燭台が置かれている。真奈が初めてここを訪れた時と同じ状況である。


「あのう……どうして今日はカーテン閉めてるんですか? そういえば、一昨日も閉めてましたけど?」


 真奈はおそるおそる、そのことを部長の梨莉花に質問してみる。


「それはこの方が瞑想するのに適しているからだ。一昨日、おまえが来た時も、ちょっと瞑想でもしようかとカーテンを閉めていたのだ」


 なるほど。確かにこの方が気持ちも落ち着いて瞑想するにはいいような気もする……けど、その「ちょっとコンビニ行こうかな」的な軽いノリで瞑想ってするもんなんだろうか?


 そんなそこはかとない疑問を真奈が抱いていると、梨莉花がさっそく、本日の部活動について説明し始める。


「さて、諸君。今日のメニューだが、久々に幽霊部員の細野先輩とお話がしたいと思う」


 細野先輩? ……って誰だろう? まだ他にも部員がいたんだろうか?


「あの、まだ部員の方がいらしたんですか?」


「ああ、そうか。まーなは知らなかったな。細野先輩は幽霊部員だから、なかなかここへは顔を出さないんだ」


「あ、なるほど……あれ? でも3年の先輩が先輩と呼んでるってことは、先輩よりも年上ですよね?」


「ああ。三つほど年上になるかな」


「ってことはOBさんかOGさんですか? あ、でも、それだと部員じゃなくなるか……じゃあ、失礼ですけど留年されている方?」


「いや、細野先輩はすでに神奈備高校の生徒ではない」


「え? じゃあ、部員でもないんじゃあ…」


「正確に言うと、細野先輩はすでにこの世の者でもない」


「ああ、この世の者でもな……ええっ?」


 なんだ? どういうことだ? その嫌な予感のする言い回しは?


「ちょ、ちょっと、どういうことですか? この世の者じゃないって?」


「どういうことも何も読んで字の如くだ。細野先輩は呪クラの部員であったが、不幸にして今から4年前に病で亡くなられている。だが、この部が好きだった細野先輩は我々の求めに応じて、たまに向こうの世界からこちらへ戻って来てくださるのだ。だから、最初から言っているだろう? 〝幽霊〟部員だと」


 なんじゃ、その古典的ギャグはっ? それは洒落や冗談での話でしょ? んなもん、現実に存在さすなーっ!


 真奈はその洒落にもならない話への驚きと呆れのため、心の中でツッコんだ後に強い脱力感に見舞われた。


「と、いうことで、本日は降霊会を開き、細野先輩の霊を呼んでみたいと思う」


 ……え? ちょ、ちょっと待って! 降霊会っていうのはつまり、霊を呼んで誰かに取り憑かせたり、何か物を使って会話をしたりするっていうアレでしょう? ……マズイ。それは絶対にマズイ……。


 ところが、続いて梨莉花の発したその言葉に、真奈の脱力感は瞬時に恐れを伴った緊張感へと変わる。


「さ、みんな、円卓を囲むように席に着いてくれ」


「あ、あのお……あたし、こういうの苦手なんで、辞退させていただいてもよろしいですか?」


 部長に促され、さっそく、席に着こうとする部員達に、真奈はいつになく真剣な表情でそう願い出た。


「何を今さら言っている。駄目に決まっていよう」


 しかし、当然のことながら梨莉花はそれを許してはくれない。


「どうしても駄目ですか?」


「駄目だ。呪術部の部員として、この程度の儀式を苦手とすることは許さん」


 これまでは簡単に抵抗を諦めていた真奈であるが、なぜだか今回は梨々花の言葉にも臆することなく、なかなかその指示に従おうとしない。


「どうしても参加せぬというのなら、それは部への反逆行為とみなし、罰として私の呪詛を受けるものと思え」


 梨莉花は情け容赦のない口調でそう脅しをかけるが、それでも真奈はまだ席に着こうとしなかった。


「………………」


 無論、それしきで梨莉花の方が折れるなどということもなく、真奈はその場に立ったまま、お互い険しい表情でしばしの間睨み合う。


「まあまあ、二人ともそんな険悪にならずに。宮本君。これからやる降霊会はぜんぜん、恐いことなんかないから大丈夫だぞ?」


 その剣呑な様子を見かねて、飯綱が野太く穏やかな声で二人の間に割って入る。


「そだヨ。細野先輩はとてもイイ人だヨ。何も悪いことしないヨ」


 他のみんなも優しい言葉で、真奈を諭そうと声をかける。


「おう、そうだぜ。逆に向こうの世界のおもしろい話をしてくれて楽しいぜ?」


「それに降霊会をやっても、細野先輩なら何か悪い変調を身体からだにきたすということもまずありませんので安心してください」


「は、はあ……」


 ……まあ、みんながそう言うんなら大丈夫か……これ以上拒んでも余計マズイことになりそうだし……もし何かヤバイことになりそうになったら、その時点でやめればいいんだし……ここはしょうがない。やるしかないか……。


「……わかりました」


 やはり乗り気はしないものの、仕方なく真奈は皆の説得に応じ、おずおずと自分の椅子に腰を下ろした。


「フン。では、始めるぞ」


 ようやく真奈が席に着くと、梨莉花は少々不機嫌そうにそう言って降霊会を開始する。


「左右の者と互いに手を握れ」


 円卓を囲む部員達は両どなりの人間と手を結び、大きな人の輪を作る。


「皆、細野先輩の霊が来てくださるように心をいつにして念じよ」


 そして、目を瞑って細野先輩の霊が来ることを心の中に念じ、その願いを各々口に出して唱え始める。


「細野先輩、我らのもとへお越しください。細野先輩、我らのもとへお越しください」


「細野先輩、我らのもとへお越しください。細野先輩、我らのもとへお越しください」


 初めは各人バラバラに唱えられていたその言葉が、やがては調子を合せた一つの声となり、いつの間にやら大合唱へと変わってゆく……。


「…のもとへお越しください。細野先輩、我らのもとへお越しください…」


 皆の唱える声が重なり合って、薄暗い部室の中に木霊している。


 何度も何度も繰り返されるその言葉を聞いていると、なんだか頭がぼおっとしてきて、自分は今、眠っているのか起きているのか、それすらもよくわからない、ふわふわとした非常に心地よい心持ちになってくる……いわゆるトランス状態というやつだ。


「……細野先輩、我らのもとへお越しください……細野先輩、我らのもとへお越しください……」


そのまましばらくすると、風もないのに蝋燭の炎がゆらゆらと揺らぎ始める。


 ……ガタ……ゴト……パキ…パキ…。


 さらに部室内の物がガタガタと動きだし、霊がいる時に起こるというラップ音まで聞こえてくる……つまりは、ポルターガイスト(騒霊)現象である。


 ……ガタ…ガタガタガタガタ…。


 そして、ついには両どなりと手を結び、人の輪を作っていた部員達自身の身体までもが、その輪が囲む円卓とともにガタガタと振るえ始めたのである!


「……っ?」


 その時、真奈は突然、背中にゾクっとするものを感じた。


 その感覚は一瞬では消えず、ずっと嫌な冷たさがその背中に残っている。


「……イ……ヲ……ハ……」


 すると、今度は彼女の耳元で、誰かが話す声が聞こえてくる……か細い男性の声である。


「……イ……ヲ……ハ………ダイ……ヲ……ノハ……」


 初め、その声はただボソボソと言うだけで、何を言っているのかまでは聞き取ることができなかった。


「……レダイ……クヲ…ブノハ………レダイ……クヲ…ブノハ……」


 しかし、否が応にも耳を傾けている内に、だんだんとそれは鮮明なものになってくる……終いには、その意味をはっきりと聞き取れてしまうまでに。


「ダレダイ、ボクヲヨブノハ?」


 ひぃっ! ……や、やっぱダメだっ!!


 ガダンっ!


 霊の言葉を認識した瞬間、真奈は椅子から跳び上がると乱暴にドアを押し開け、大慌てで廊下へと飛び出して行く。


「まーなっ!」


 それを見た部員達も、あまりの剣幕に驚いて椅子から腰を浮かす。


「まーな………」


 梨莉花は真奈が出て行ったドアの方を心配そうに見つめる。それは、他の部員達も同じである。


「……コクン」


 そして、お互いに顔を見合すと頷き、皆一斉に部室の外へと走り出した。


 ちなみにこの時、部屋の中にいた者の数が〝5人ではなく6人〟であったことを、一応ここに記しておこう……。


「――グスン……グスン……」


 呪術部の部室を飛び出した真奈は、一階廊下、傾いた陽の光に染まる学生棟の正面入口近くにいた。


 橙色の夕陽と夕闇のコントラストに彩られる中、頭を抱えてしゃがみ込む彼女は丸めたその小さな身体をガタガタと小刻みに震わせ、固く瞑ったその目には大粒の泪をいっぱいに溜めている。


「…グスン……やっぱダメだったんだよ。こんな呪いだの、幽霊だのっていう部なんかに入っちゃ……グスン…ダメなんだよ。あたしはこういうのに近付いちゃいけないんだよ……だって……だって、あたしは…」


「こんなところにいたのか……ハァ、ハァ…」


 そこへ、真奈を探して梨莉花達呪術部のメンバー達が、息急き皆で駆けつけて来る。


「…?」


 真奈は梨莉花の声に、今にも泣き出しそうな顔でそちらを振り返った。


「まーな……」


 傍らに立ち、真奈の方を見つめる梨莉花は、いつもの冷たい感じのする表情とは違い、どこか優しげな微笑をその顔に浮かべている。


「フゥ……まーな、すまなかったな」


 梨莉花は大きく溜め息を吐くと、自分もしゃがんで真奈の頭にそっと手を載せた。


「…?」


 その思いも寄らぬ行動に、真奈は潤んだ両の目を大きく見開く。


「おまえがこんなに恐がるとは思わなかった」


「……恐い?」


「ん? 恐かったから逃げ出したんじゃないのか?」


 真奈は一瞬、なんのことを言われているのか、わからないといったような顔をする。


「恐い……あっ! そ、そうです! あたし、すっごい恐がりで、そういうお化けとか幽霊とかってものがとっても苦手なんです。それで、さっきは…」


 それから思い出したかのように、慌てて梨莉花の言葉に頷いた。


「もういい。すまなかった。どうやら私は間違っていたようだ。私はこれまで、おまえのことも我々と同じように考えていたが、おまえは我々とは違う種類の人間だったのだな」


 ……えっ?


「そのために、おまえにとってはだいぶ無理なことをさせてしまっていたらしい……だが、安心しろ。もうこれからはそんな無理はしなくていい」


 えっ? ……ってことは、もしかして、ひょっとすると、呪術部を辞めさせてくれる……ってこと?


 図らずも、その降って沸いたような希望の光に先程まで懸命に泪が零れるのを堪えていた真奈の顔が一転、パアっと明るくなる。


 そっかぁ~……なんだか知らないけど、梨莉花さんもやっとわかってくれたんだあ……。


 そうだ。あたし、呪術部を辞めれるんだ。やった…やったぞ! これで……これでやっと、あたしの失われたバラ色の学園生活が戻ってくる!


「それじゃ、あたし、呪術部を…」


「これからは、もっと軽いおマジナイから少しずつ慣れていってもらうとしよう」


「……え?」


 それは、彼女が予想していたものとはまるで違う言葉だった。その期待を裏切る梨莉花のお節介に、意表を突かれた真奈は思わずポカン顔になる。


「そだヨ。霊が苦手なら毎日少しずつ慣れていけばイイんだヨ」


「そうだ。どんなに高い山でもいつかは登り切れる。千里の道も一歩から。最初は苦手なものでも、日々努力していけば必ず克服できるというものだ」


「ああ。俺も小さい頃ピーマン食えなんだが、がんばって今は食えるようになったぞ?」


 他の部員達も各々に、優しい眼差しで何か違う方向へと励ましてくれている。


「え……い、いや、その、そうじゃなくて…」


「我々はおまえが少しでも霊や呪術を好きになれるよう、協力していくつもりだ」


「あなたがどんなに呪術に不向きな人であっても、決して見捨てたりはしません」


 ただ独り、予想とは違うその展開にあたふたとする真奈を他所に、彼女を取り囲む呪術部員達の目は、学園青春ドラマの主人公よろしくキラキラと眩しく輝いていた。


 ええ~っ? そんな展開ぃぃ~っ?


「さ、帰るぞ。まーな……おまえの部室に」


 しゃがみ込んだままの真奈に手を差し伸べると、梨莉花は爽やかな笑顔で最後の決め台詞を口にする。


「うん。行こう俺達の部室に!」


「行こう! 行こう!」


 飯綱と梅香も真奈を引っ張り起こし、彼女を抱えるようにしてオレンジ色に染まる廊下を歩き出す。


「んじゃ、今日はこれから何やる?」


「そうですねえ……軽くタロットとかからいきますか?」


 相浄と清彦も二人に負けじと、真奈を支えるかのようにその脇を固める。


太好了タイハオル! いいネ、占い。やろ! やろ!」


「アハハハハハハ」


「ハハハハハハ」


「フッ…」


 梨莉花は楽しそうに笑い合う部員達の姿を暖かな眼差しで見守りながら、自身もその顔に微笑みを湛えて同胞達の後について行く。


 新たに加わった仲間を囲み、自分達の部室へと向う呪術部員一同は、いつか大人になったら忘れてしまう、眩いばかりの青春の輝きに包まれていた……ただ独り、主役の真奈を除いて。


「うぅ~……あたしはそんな展開、望んでな~いっ!」


 だが、そんな真奈の悲痛な叫びは、青春グラフィティーを演じる彼らの耳にけして届くことはなかった――。

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