弐 ドジっ娘 MEETS 奇人変人達(ニ)

 そして、神奈備山を下り、市街地にある呪術部行きつけのカラオケボックス……。


「――んじゃ、金剛寺相浄、『般若心経Rap』行くぜっ!」


「イエーイ!」×4呪術部員


 パチパチパチパチ…!


「OH~YEAH……摩可…摩可…摩可、摩可、摩可、摩可っ! 般若波羅蜜多心経、観自在BOWサっ…」


「ワーッ!」×4


 皆が大いに盛り上がる中、ただ独り真奈だけは、冷静な眼差しで他の部員達のことを観察していた。


 ……カラオケでの盛り上がり方はどこにでもいる普通の高校生って感じだな。


 呪術なんて怪しげなもの研究してるし、いろいろ変な噂とかもあったりなんかするけど、こうして間近で接してみると特に危ない人達にも見えないな。


 ……ハァ…よかったぁ……これで少しは安心したよぉ……。


「行深般若波羅 MEET YOU TIME YEAHっ!」


 ……と、思いきや、さっきから歌っているその曲はなんなんだっ!?


 みんな聞いたことのないような怪しげなものばかりだぞ? 特にその『般若心経―Rap』っていうのはなんだいったい?


 お寺さんの息子がお経をラップで歌っちゃってるよぉ……いや、それよりも、なんでそんなのがこの店のカラオケには入ってんの? さっきも今の季節に合った春の曲と見せかけて、『桜――その下に眠る白骨』だとか『卒業心霊写真』だとか……。


「まーな、さっきからぜんぜん歌ってないじゃないか? さあ、おまえも何か入れろ」

 独り、醒めた表情で輪の外にいた真奈に梨莉花が声をかける。


「い、いえ、あたしはもう…」


「あ~またそうやって独りだけ盛り下がったこと言ってるし。カラオケに来て盛り上がらないなんて、おまえ、ちょっと変ってるな」


 いっ? ……そ、それはこっちの台詞だったのに、逆にあたしの方が言われてしまった……(涙目)。


「あ、次、僕の『ひょっこり獄門島』だ」


「イェーィ!」×4


 パチパチパチパチ…。


 その、清彦が口にしたまたしても聞き憶えのない不吉な響きを持った曲名に、部員達の中からは割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こる。


 だから、なんなんだ? その怪しげなレパートリーは……。


「こら! まーな、盛り上がりが足りないぞ!」


「は、はいぃっ! ……い、イェ~ィ……」


 梨莉花に叱られ、独り密かに心の中でツッコミを入れていた真奈も、已む無く、そして力なく拳を天に向かって突き上げた――。




 それから3時間ほど後、そうした主役だけ楽しむことのできない真奈の歓迎会も無事、お開きとなった……一応は。


「――いやあ、楽しかったなあ~っ」


「やっぱいいねえ、カラオケは!」


「特にこの店は曲の品揃えがいいからな」


真的ジェンダ!」


「また近いうちに来ましょう」


「ハァ……とりあえず早く帰りたい……」


 満足げに歩く飯縄、相浄、梨莉花、梅香、清彦の後を追って、焦燥しきった顔の真奈も部屋から出て来る。


「じゃ、後でワリカンにするとして、まずは私がまとめて会計を済ませてこよう。ああ、まーなは出さなくてもいいぞ。今日はおまえの入部歓迎会なんだからな」


「え? ……い、いやあ、あの……はあ、ありがとう……ございます……ハァ…」


 だが、この人達とはやっぱり良好なお付きき合いをしてはいけそうにないと再認識する真奈の心情を他所に、梨莉花はもう手遅れだと言わんばかりの台詞を言い残すと、すっかり部活の先輩的な顔をしてカウンターの方へと歩いて行く。


「――では、わたくしに似合う一番エレガントなお部屋をお願いしますわ」


 と、梨々花の動きにつられて受付カウンター方へ目をやれば、そこではこちらと同じような高校生の一団が受付を済ませていた。


 制服は神奈備高校のものと違う、どこか別の学校のものだ。


 あの黒と白のセーラー服を少しアレンジしたデザインには見憶えあるけど……どこのだったっけ?


「ゲッ…!」


 何気なく、肉体・精神ともに疲れ切った真奈がその一団を眺めていると、店員と話す女生徒を目にした梨莉花が不意に、いつものクールビューティーな彼女からは想像できない、いかにも嫌そうな声を上げる。


「ん? ……うぇっ!」


 その声にこちらを振り向いた女生徒の方も、梨莉花を目にするや同じく嫌悪の呻きを即座に発する。


「……あ、あ~ら、これはこれは呪術部の神崎さんじゃありませんこと」


「お~や、誰かと思えば、そちらにおられるのは魔術部の天野さんじゃないですか」


 やけに丁寧な言葉遣いとは裏腹に、二人の体からは尋常ならざる敵愾心が滲み出ている。


「こんなところで〝遭う〟なんて奇遇ですわね。今日は、おたくの世にも珍しい奇人変人の皆さんをお連れしてカラオケですの?」


「(カチン!)……え、ええ。そちらも、まるで判で押したように個性が埋没化した凡庸なお仲間達とカラオケですか?」


「(ピキ!)……そ、そうですの。ほーんと、奇遇ですわね。オホホホホホ」


 引きつった笑顔を浮かべる梨莉花とネチネチとした言い争いを演じているその女生徒は、セミロングの黒髪を七三に分け、左右に開けた前髪の間からは知的で麗しいおでこを惜しげもなく覗かせている。切れ長の目に筋の通った鼻、体型もバランスの取れたスタイルをしており、その話し方や素振にも上品さが感じられる……つまりは、梨莉花に負けず劣らずの超絶美人である。


 ただ、同じ美人ではあるのだが、梨莉花と違ってなーんか鼻につくようなイヤミな印象をこの女生徒からはどうにも受ける。


 あの梨莉花さんと見た目も態度も互角に張り合ってる……なに? このいろんな意味でスゴイ人?


「あのお、すいません……あの人、誰ですか?」


 真奈はものスゴくその女生徒の正体に興味を覚え、後方で見守る呪術部のメンバーに彼女のことを訊いてみた。


御国みくに学園高等部、魔術部の天野瑠璃果あまのるりか。梨莉花さんのライバルです」


睨みあう二人の方を眺めたまま、清彦が小声でそう答える。


「ライバル?」


「あるいは犬猿の仲とでもいいましょうか……御国学園の高等部には、うちの部とほぼ同じようなことをやっている魔術部というのがありまして、僕ら呪術部とその魔術部とは遥か昔からお互いに敵対視して競い合ってきた、けして相容れない関係にあるんですよ」


 御国学園というと、小・中・高・大とあるミッション系のお坊ちゃま・お嬢様学校である。そんな名門校にも、他ではまず見られないだろうと思っていたこの怪しげな呪術部と同じようなものが存在するとは……世の中、まだまだ知らないことばかりである。


 新たに知った驚くべきこの世界の真実に、真奈はまた一つ勉強になったと感心する。


「それに加えて、梨莉花さんとあの天野瑠璃果が各々の部長になってからというもの、お互い似たようなタイプなものですから、さらに争いがエスカレートしちゃいまして。今では何にでもすぐちょっかいを出してくるし、運悪く出会えば、ほら、あの通りです」


「ああ、わかりましたわ! この時期ということからすると、今年は新入部員が一人もいなくて、みんなで残念会ですのね?」


「くっ…失敬な。今年もちゃんと新しく1年生が入ったぞ……1人だけど」


 瑠璃果の悪意ある推測を力強く否定した梨々花だが、最後の方はトーンを落として聞こえるか聞こえないくらいの小声で告げられる。


「あら? 1人だけですの? うちなんか3人も入部しましてよ。オーホホホホホ」


「フン。どうせ呪詛じゅそするぞとかなんとか脅して無理やり入れたんだろ?」


「ムカっ…そ、そんなことありませんわ。ただ、少し魔術の効き目についてお話をさせていただいただけですわ」


 ……ハハ、やっぱり脅したんだ。


 二人の会話に、戦闘圏外で耳を傾けていた真奈は人知れず苦笑する。


「うちは脅迫はおろか勧誘も一切してないのに、自主的に入部してくれたからな」


 確かに勧誘はされてないし、入ったのも自主的ではあるんだけど……あれはあたしの勘違いのせいだし、それに部を辞めようとすると……って、やっぱりあんたも脅してるじゃないか!


「ちなみにうちは少数精鋭なんだ。本当は数百人の入部希望者があったんだが、厳しい入部試験に合格できたのはわずかに1人きりだった。ああ、これからはもっとレベルを下げないといけないなあ。ハハハハ…」


 あ~あ、さらに見栄張ってあんな大嘘吐いてるし……。


 相手に負けず劣らず事実を曲解する梨莉花に真奈は心の中で憤り、そして、そのくだらない見栄の張り合いからの下手な嘘に呆れのコメントを入れる。


「えっ? そちらの呪術部で? オーホホホ…あまりにも現実離れしすぎていて、到底信じることのできないお話ですけれど、本当にそんな優秀な方がいらっしゃるのなら是非、お目にかかりたいですわね」


「フッ…いいだろう。まーなっ!」


 えっ? ……あ、あたし!?


「まーな。こちらに来て魔術部の部長さんにご挨拶をしてあげなさい」


 あ、あの、あたしを巻き込まないでほしいんですが……。


 と思ったが後が恐いので、救いを求める眼差しを他の呪術部達に送りながらも、不意に振られて困惑顔の真奈は仕方なく、険悪な空気渦巻く二人のもとへと渋々向った。


「これが倍率数百倍の超難関を見事突破し、我が部への入部を果した宮本まーな君だ」


 真奈が傍らまで来ると、梨莉花は真奈の肩に手を回し、誇らしげに彼女を紹介する。


「ど、どうも……」


 嘘八百ではあるが、真奈もとりあえず頭を下げる。


「へぇーこの子がねえ……あなた、何が専門ですの?」


 瑠璃果は明らかに胡散臭そうな目で真奈を見つめ、そんな質問を投げかけてくる。


「え、えっと、専門…というか、絵を描くことが好きですけど……」


「絵?」


 その予想していた答えの中にはなかった単語に、瑠璃果はなんのことだかわかぬ様子でキョトンとしている。


「そ、そうなんだ! この子は仏画や曼荼羅などの宗教画を描くエキスパートなんだ。これからの時代、様々な才能を持った人材を登用していかなくてはいけないからな!」


 すると、そこへすかさず梨莉花がフォローを入れる……すべて嘘だけど。


「い、いえ、あたし、宗教画は…うぐっ!」


 真奈が本当のことを言いかけた瞬間、梨莉花は肩に廻した腕に力を込めて、その細身の体格からは想像もできない力で彼女の首を締めつける。


「ふ~ん。それはまあ、特異な才能ですわねえ……」


 瑠璃果はまだ疑わしいという目をして、沈黙した真奈を見つめている。


「でも、やはり魔術は実践ですわ。実践で役に立つ術を使える者でなくては。まあ、術ではわたくし達に勝てないと思って、別の方向に手を伸ばそうというあなた達のお気持ちもわからないではないですけどね」


「ほお~大した自信だな。なんなら、今ここで試してやってもいいんだぞ?どちらの術が優れているかをな」


「あら、わたくしと術競べをなさるとおっしゃるの?」


「恐いのなら別にやめてやってもかまわんが?」


「キッ! ……望むところですわ」


 お互い今までにもまして強く睨み合い、視線の交わる地点には肉眼で視認できるほどの激しい火花が散る。


 その上、二人の周りにはピリピリと張り詰めた空気が立ち込め、まさに一触即発の事態である。


「あ、あのう……お部屋の用意ができましたけれど……」


 その緊迫した空気を破ったのは、自分の仕事に忠実なカラオケ店員の声だった。


「キッ!」×2


 その場違いな声に、二人は同時に振り返ると店員の方を睨みつける。


「ひ、ひぃ…!」


 4っつの邪眼イーヴルアイに睨まれた店員は、そのあまりの眼力に身を仰け反らせて震えあがる。


「ふん。命拾いをしたな。運のいいやつだ」


「それはこちらの台詞ですわ。さ、皆さん、行きますわよ。こんな下等な人達に付き合うなんて、とんだ時間の無駄使いでしたわ」


 そう捨て台詞を残し、天野瑠璃果とその背後に控える影の薄い魔術部員達は、恐れ慄く店員に連れられてその場を去って行った。


「我らも帰るぞ。フッ…私としたことが、あんなザコについ熱くなってしまった」


「ケホ、ケホ……うう、息が…」


 その傍らで、ようやく梨莉花のヘッドロックから解放された真奈が苦しそうに咳をしている。緊迫した状況下ですっかり忘れ去られていたが、真奈はずっと首を絞められたままだったのだ。


 ……な、なんか、一瞬、一面のお花畑と綺麗な小川が見えた……うう…なんであたしがこんな目に……。


「店員さん、お会計を頼みます……チッ! 帰ったらあの女の藁人形に刺してある釘、もう50本ほど追加しておかねばならんな」


 カウンターで別の店員に精算を頼みながら、梨莉花はまた恐いことを口走っている。

「は、はい……お、お会計ですね。しょ、しょ、しょ、少々お待ちください~!」


 今の剣幕に怯えているこちらの店員も、梨莉花の機嫌を損ねぬよう、大慌てでレジを打ち始めた――。




「――こ、こちらの13番のお部屋になります……」


「そう、ありがとう……く~胸糞悪い。羽見はみ保務ほむ、帰ったらあのイケ好かない女の人形を締めつけてる万力まんりき、もっともーっとキツく締め上げておやりなさい!」


 一方、部屋に案内された瑠璃果の方も、澄ました顔で店員に礼を述べてから、物騒なことをお付ききの部員達に言い付けている。


「ど、どうぞ、ごゆるりとお使いください……ど、ドリンクはサービスさせていただきたいと思いますので…は、ハハ…ハハハ…」


 そんな瑠璃果の言葉に営業スマイルを浮かべながら、案内した店員は冷や汗をその顔に浮かべていた。

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