第31話.終結

 なんとも、濃厚な一日だった。

 フェイは石島さん達と共に魔物が他に出現していないかの確認をしにいき、俺達は一旦アパートへ戻ることになった。

 苑崎さんはセルファがいるからかご機嫌斜めで自分の部屋に戻ってしまった。

 飯時になったらまた来てくれるかな?


「ここが勇者様の……す~……はぁ~……」

「なんでいきなり深呼吸し始めたの?」


 彼女を俺の部屋に入れてやったのはいいのだが妙な行動が多すぎる。


「ここが勇者様のお眠りになっているところ……」

「なんで枕に顔をうずめてるの?」


 くんかくんかと匂いを嗅いで動かないもんだから引っ張り出すとした。

 満足そうな表情だ、とりあえずじっとしようよ。


「しかしエヴァルフトは結局見つからず、か……」

「ふぅ」

「ふぅ、じゃなくてね?」


 ちゃんと話聞こうね?

 幸せなのはいい事だけどさ。


「あ、そうですねっ! 彼女には勇者様全盛期復活大作戦の終了をお伝えせねば」

「そんな作戦名がついてたんだ……」


 しかも最後は作戦無視して俺を殺しにかかったよね君。


「……思えば、いつも彼女から連絡してきていたのでこちらからの連絡手段がございませんでした。どうやって連絡しましょう……」

「いや、いいさ。そのうちひょっこり現れるかも」


 よくよく考えてみれば、ノリアルとこの世界を行き来できてセルファとも接触できるような人物となれば……奴の正体は、もしかすればもしかするかも。


「こうしてゆっくり二人でいられるのも久しぶりだな」

「ええ、あの頃を思い出します」


 ノリアルではセルファとはこうして過ごしてたっけ。

 娯楽がない分、自然の中でゆったりとした時間を感じられた。

 あの頃はあの頃で、幸せだった。


「世界は違いますが、この世界もいいものですね。科学というものでしょうか。その技術の発展は素晴らしいですね。水も出るし立体的に住居を作れる、移動手段はどれも速いものばかりで便利です」

「まあね、でも魔法はないし魔物がいない、この差がかなり大きいかな。だから今回君達が出現させた魔物には苦戦したし、被害も結構出たんだよね」

「ご迷惑をおかけしました……」

「死人が出なくてよかったよ、本当に。こんな騒動は二度と起こさないでね」

「はい、それはもう……」


 すぐさま腕に絡み付いてくる。


「貴方様が、私のそばにいるかぎり、今後一切」

「頼むぜセルファ」


 これで丸く収まる――というわけにもいかないだろうなあ。

 そのうちセルファは警察に呼ばれて、今回の騒動や異世界について事情聴取される事だろう。

 俺も彼女についていこう、彼女の罪は俺の罪でもある。


「動き回ったらお腹がすいたな、軽く何か作るか」

「勇者様、私がお作りいたします!」

「ふふん、実は君から色々と教えてもらったおかげで料理や家事が得意になったんだぜ。作らせてくれよ」

「なんと! 光栄でございます、勇者様!」


 あと君が作ると料理に何か混入される可能性があるからな。

 てなわけで台所へ。


「あの」

「はい?」

「動きづらいよ」


 腕に絡みつく人形、そんなのがあった気がする。

 それを思い出すなあ。


「これは失礼しました!」


 オムライスといこう。

 料理を作っている間彼女がずっと隣で俺の顔を眺めていたから集中できなかったが、なんとか作れた。


「よーし出来上がり!」

「赤と黄色の料理とはこれまた斬新な!」

「オムライスっていうんだよ」

「おむらいす!」


 懐かしいなあ、こうしてずっと見られたりするのは。

 君と一緒にいると異世界での思い出がいくつも蘇ってくるね。

 二人で食卓を囲むのもいつ以来だろうか。

 彼女にいただきますの作法を教えてから、一緒にオムライスをぱくり。


「――美味しゅうございます! こちらの世界の料理はどれも素晴らしいものばかりですね!」

「君がこの世界にいる間はどんなのを食べてたんだ?」

「えっとですね、ぎゅーどんとからーめんとか、かつどんなどなど!」

「どれも代表的なものだ、美味しいよねこの世界の料理は。あれ? でもお金はどうしたんだい?」

「エヴァルフトが持っておりました、いちまんえんなるものを束で」

「束で!?」


 何者なんだあいつぁ。ちょっと俺に分けてくれないかな。

 おっと……そうだ、忘れてはならない。

 そろそろかな? と思った時――扉をノックする音が聞こえた。苑崎さんだろう。


「やあ、君の分は作って――」

「もう一人分頼めるかな?」


 扉を開けると、そこにいたのは予想外の人物だった。


「エ、エヴァルフト!」


 すかさずイグリスフを出して構えた。

 だが相手は戦う気ではないのか、動きはない。


「物騒だな君は。もう戦いは終わったんだ、平和的にいこうじゃないか」

「平和的にいくかはお前次第だ……」

「私としてはもう十分に楽しませてもらった、満足している」

「楽しませてもらっただって? お前……」


 言下にエヴァルフトの頭へ拳をめり込ませた。

 一つ、確信した。


「ぁ痛っ!」

「とりあえず、入れ!」

「なんと乱暴な勇者だこと」

「今はニートだ」


 エヴァルフトを中に入れて、座らせるとした。

 敵意も見られない、こちらに従うがまま、なんかオムライスを食べようとしている。

 食べるにはその布を取らなきゃならんだろう、早く素顔を見せろ。


「エヴァルフト、どうしてここに?」

「だって私だけ逃げてても意味ないしねー」

「最初の頃と雰囲気が随分と変わりましたね」

「んーまあ、ちょっとした演技。疲れる疲れる、素の状態のほうが気楽でいいわ。そんじゃ、いただこうっ」


 布を取った。

 こいつの素顔がようやくあらわになるわけだ――


「……お前」


 金髪に青い瞳、幼さの残る体躯……。

 どこかで、見たことのある顔、忘れるわけのない顔だ。

 こいつの名前はエヴァルフトなんかじゃない。


「これがオムライスか……すーんごく美味いぞ浩介!」

「――トゥルエ、お前だったのかよ」

「暇を持て余した、神々の、あそ」

「やめろ」


 神様の頭にチョップをかます。


「こ、この方が神様ですか!?」


 セルファは様――トゥルエとは面識が無かったな。

 実のところ、薄々ながら思い当たってはいた。


「神でぇす」


 軽いなおい。そのテンション、マジでムカつくよ。

 あと食べながら喋るな。


「……なんでこんなことをしたんだよお前」

「だってこの子がお前に会いたがってたし、ちょっと面白いかなって思って」

「そんな軽いノリの結果がこの騒動だぞ、わかってんのか?」

「正直すまんかった、反省はしていない」


 反省をしろ反省を。

 神様ってやつは今一常識というものを理解していない奴が多い。

 トゥルエは特にそうだ。


「お前飯食い終わったらビンタだからな」

「ちっ、反省してまーす」

「往復ビンタだ」


 さてはお前、結構前からこの世界何度か来てるな?

 こっちの世界のネタを知っている時点で、おそらくそうなのだろう。


「まあ正直私の暇つぶしが招いた結果だったのだが、お前達は今に満足はしていないのか?」

「私は大満足です」

「俺はちょいちょい不満があるし早くお前をビンタしたい」

「こいつこわいわぁ、幼女虐待とかこの世界だと逮捕ものなのだろう?」


 年齢は万を超えてる上に中身はおっさんくさいくせに何を言ってるんだこいつ。


「まあしかしだ、これまでの被害も私の力できちんと修復しておいたから安心しろよな」

「それは助かるが、こんなむちゃくちゃな絵図を描いてたのはお前だろおい。人を振り回すなよ!」

「君だって責任があるんだぞ~? 忘れてもらっては困るな~」


 あームカつく。

 このまま羽交い絞めでもしてやろうかこいつ。


「おや、お客さんがまた来るぞ。オムライスの用意だ!」

「お客?」


 ああ、苑崎さんか。

 どういう感覚なのか、トゥルエには誰が来るかなど先のことがすぐにわかってしまう。

 予定通りというべきか、苑崎さんがノックをしてくる。


「……増えてる」

「こんにちわ~」


 トゥルエは陽気に手を振っていた。

 ったく、こいつだけ気分はうち上げ感覚だ。


「あれは異世界の神様だよ」

「……なるほど」


 えっ、納得してくれたの?

 というより非現実な事が重なりすぎてもはや受け入れるしかないのかな。


「ちっ、来ましたね」

「何か?」

「おいおい飯を食う時くらいお互い落ち着こうよ」


 しかしなんだこの光景。

 決して大きくないちゃぶ台をセルファと苑崎さん、そして神が座っている。


「十分後に二人ほどやってくるがオムライスはいいのか?」

「二人?」


 飛鳥と姉ちゃんかな?

 全員入ってきたらこの六畳間も狭いぜ流石に。トゥルエはとりあえず外に追い出そう。


「じゃあ作っておくか」


 飛鳥は食べないかもしれんが姉ちゃんは絶対夕飯目的でやってくる。


「みんなは大人しく食べててね、特にセルファ」

「は、はいっ」


 飛鳥が来たらまた面倒なことになりかねないなあ……。

 追加のオムライスを作っている途中、時計を見ながらそろそろだな――と思いつつ後ろを見る。

 セルファ達は料理を食べ終えるや片付けをしてテレビに夢中になっている。

 苑崎さんとの喧嘩が心配されたけど、杞憂に終わって一安心だ。


「よし、と」


 オムライスを作り終えると同時に、


「浩介、いるんでしょ? 入るわよー!」


 トゥルエの言うとおり、十分後には飛鳥がやってきた。

 この室内を見てどう思うだろうか彼女は。


「おじゃまし……」

「これはこれは」

「す」

「お嬢ちゃん可愛いね、何歳? 何処住み? 異世界行ったことは?」


 いかん、飛鳥が固まってる。

 そもそもこいつには全然俺の事情を話していない。

 今ここでイグリスフを出して見せてとりあえず強引に説明しちゃうか?


「うわーお女の子いっぱい連れ込んでハーレムね!」


 姉ちゃん、余計な事を言うんじゃない。

 状況を悪い方向に持っていかないでおくれ。


「うむ、確かにハーレムだな! 浩介ったら、よくばりさんで困るねえ」

「私は勇者様の愛があれば、それで」

「……部屋が狭くなる」


 君達言いたい放題だな。

 少しだけでいいから時間をくれないかな、飛鳥に説明しないといけないんだ。


「……浩介」

「は、はい……」


 ぎぎぎっと首が動き。

 彼女の手のひらは、俺の頬に。


「んぐはぁ!」


 強烈な一撃だった。

 異世界でも中々食らわなかったぜこの威力。


「いっぺん死ね!」

「あ、飛鳥、どうしてぇ!?」


 踵を返して彼女はそのまま部屋から出て行ってしまった。


「あーあ、飛鳥ちゃん怒っちゃった」

「浩介よ、もう少し女性について学んだほうがいいぞ?」

「勇者様、大丈夫ですか!? あの女、実に凶暴ですね! 今後近寄らせないほうがいいです!」

「……どの口が、言う?」

「なんですってぇ!?」


 苑崎さん、あんまりセルファを刺激しないで。


「浩介、それよりお腹すいたわ!」


 こいつら……。


「お前ら、静かにしてぇえ――!」






 それから暫しの時が過ぎた。

 今になってトゥルエが現れたのは、どうやらセルファに帰るかどうか、それか俺が異世界に行くかどうかを聞きに来たらしい。

 俺としてはこの世界よりノリアルのほうが過ごしやすい、あっちだと勇者としての扱いも受けるし、ちゃんと就活でもすれば働き口はありそうだしな。

 でもこの世界はこの世界で……捨てがたい。

 勇者という肩書きはあんまり役には立たないけれど、勇者であった時のように頼ってくれる人はいる。

 自分の居場所は、少しずつできている。

 ああ、そうそう。

 セルファもこの世界に残る事になった。

 また一緒に暮らそうと――俺が言い出したのもあるから責任を持って彼女と一緒になろうと思う。

 ちなみにトゥルエはフェイにも帰るかどうか聞いたらしく、フェイの決断は――意外にもこの世界に残るとの事。

 生活も十分できているらしい、俺と違ってどこでも適応するなあいつは。


「勇者様、今日はどこに行きますか?」

「今日は石島さんに呼ばれててね、なんでも魔物が出てきたとか。やっぱり異世界とこの世界を繋ぐ穴でもあるっぽいんだ」

「なるほど、では私もご同行しましょう!」


 あれから。

 セルファは暫しの謹慎と保護観察処分となったが今は無事に解消されている。

 彼女とは楽しくやっている。夕食となると苑崎さんが来て二人とも毎回口喧嘩を始めるんだけどね。

 そんでもってたまに来る飛鳥、そうなると三つ巴で口喧嘩だ。

 これからまた色々と面倒なことに巻き込まれるかもしれないが、今はこの生活を満喫するとしよう。

 ちょいちょい石島さんから呼ばれるしアルバイト探しはまたいつか。

 今度はこの世界に現れた魔物を退治しないといけないんでね。

 お金も出るから、まあこれがアルバイトみたいなものかな?


「一仕事終えたら新作ゲームを買いに行こうぜ」

「はい! この世界の娯楽は素晴らしいですわね!」

「新作はモンスターを狩るゲームだ、これでもゲーマーとしてネットでちょいと名を馳せてるんだぜ」

「そのねっととやらの業界でも勇者様は勇者たる存在なのですね!」

「まあねっ」


 ……ああ、自分はなんて駄目な勇者なんだろう。


 まあいっか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界帰りのダメ勇者 智恵 理侘 @warata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ