第30話.水と油

「セルファ、一緒に暮らそうか!」

「えっ?」


 あっけにとられている。

 隙ありだ――すかさず額に口付け。


「あ、はぇ」

「人様に迷惑をかけなければ次は頬! 最後は、ねっ?」

「はわっ、え、勇者様ぁ……」


 みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。

 こういうところは可愛らしくていいんだよなあ。


「ギルガ、戻して」

「はぃい……」


 意外とすぐ素直になってくれたな。

 これは押し切れそうだ。彼女はやや惚けながらも魔法陣を出現させてギルガを戻した。


「よし、この惨状、少しでも直していくか! 土属性魔法を使えるよね?」

「はぃい……勇者様のお望みどおりに……」


 やはり口づけの効果は抜群だ。

 ただ、今後とも彼女が暴走するたびに口づけをしなくちゃならないかもしれない。

 ともあれだ。騒動は収束へと、確実に向かっている。


「あっちも片付いたか……」


 石島さんからの連絡があった。

 出現した魔物は全て処理したようだ、どれも小型ばかりなのが助かったね。

 大型が出ていたら大混乱は免れなかったな。


「けどエヴァルフトはどこにいるんだ? つーかあいつ何者?」

「すみません、私もあの方が何者かは存じ上げません。素顔すら見たこともなく……」


 謎が残るのはもやもやするな。

 ……てかセルファが俺の左腕に絡まって少々歩きづらい。

 もうがっちりと、そりゃもうプロレスでもさせたらいいとこいけるんじゃないかってくらいがっちり掴まれてる。

 腕に頬ずりまでしてくる、さっきまでのセルファはなんだったのだろう。


「勇者様」

「ん?」

「その、ですね」

「どうした?」

「大地も、直しました」

「ありがとう。助かったよ」


 頭を撫でてやった。

 それでもチラチラと差し向ける視線――不満かね。


「で、でしたら……頬、への接吻は、いつ頃なのかな~と」

「君は迷惑をかけすぎた、ちゃんとその償いをするまで駄目!」

「は、はい……」


 思ってみれば。

 彼女の扱い方は実に簡単なのだ。

 ちゃんと彼女を受け入れてやって、そんでもってご褒美を用意すればこうも従順になってしまう。

 俺とて、別にセルファのことは嫌いじゃない。

 ただ、思い返してみればまあ色々とやばい子だなって思っただけで。


「セルファ、苑崎さんとは本当になんにもないから彼女を見ても冷静でいろよ?」

「…………かしこまりました」


 何その妙な間。

 まあいい、苑崎さんを迎えに行くとしよう。


「苑崎さん、大丈夫か!」

「うん」


 管理棟に行くと苑崎さんは物陰でこちらの様子を伺っていた。

 天敵を見た猫のように警戒心がむき出した。


「もう大丈夫だよ、彼女も落ち着いたから」

「……」

「先ほどは失礼いたしました、苑崎様」


 セルファから歩み寄り、言葉をかけるが、


「……」


 苑崎さんの反応はいまいち。

 そりゃそうだ、さっきまで殺しにかかってきた相手なのだから。


「あの……仲直りの握手をしましょう?」


 苑崎さんに手を差し伸べるセルファ。

 いいぞ、その調子だ。


「……」


 苑崎さんは無言の握手。

 互いにぎゅっと握り合い、握り合い、握り合い……長いなおい。


「おやぁ? どうしてそんなに力強く握るのです?」

「……貴方は彼を、不幸にする」

「だ、誰が不幸にするですってぇ?」

「貴方、馬鹿阿呆ヤンデレぼけなす女」

「い、言ってくれるじゃないですかこの根暗女!」


 いかん、このままでは再び戦闘が始まってしまう。


「はいはい離れて離れて」

「ふぐっ!」


 苑崎さんは離れた途端に隙をついてセルファに肩パンを放った。

 や、やるね君……。


「ふふっ」

「ふふっ、じゃないですよ何しやがるんですかこんちくしょう!」


 すかさずセルファは苑崎さんに水平チョップ。

 喉へと綺麗に決まってしまった。


「ぇふっ」

「ざまぁみろです!」

「ざまぁ、じゃない」


 反撃の追撃肩パン。


「ぬぁは! や、やりましたね!」

「こいよセルファ、武器なんか捨ててかかってこい」

「野郎ぶっ殺してやるぁ!」

「やめなさいよ!」


 両者に頭へチョップ。

 水と油か君達は。


「セルファ、人様に迷惑はかけないの!」

「はっ、私としたことが……もうしわけございませんっ」


 深々と頭を下げる。

 そうそう、素直になってくれよな。


「……かわりすぎて、きもい」

「どりゃあ!」

「んごっ」


 だが、苑崎さんが何か棘のある言葉を呟くたびに彼女は手が出てしまう。


「てや」

「あひゅっ」


 喉に親指をめり込ませる反撃、地味に痛そう。

 苑崎さんも苑崎さんで、やられたらやりかえしてしまうもんだから困ったものだ。

 そんなにムキになってどうしたんだい?


「勇者様! この方は見かけによらず乱暴で失礼です!」

「浩介、こいつ、危険」

「二人ともとりあえず冷静になろうよ」


 彼女達は離れ離れにしとかなきゃ駄目だな。

 間に俺が入って一先ず移動をする。

 その際も殺気が俺の左右を行き来しているものだから居心地が悪かった。

 

「石島さんっ」

「そっちは大丈夫だったか?」


 何人か怪我はしていたものの軽傷で済んでいるようだ。


「はい。彼女も落ち着いてくれたので、もう大丈夫です」

「あの、えっと……取り乱してしまい、申し訳ございませんでした」

「随分と雰囲気が変わったな」

「本来の彼女に戻ったというのが正しいと思います」


 本来なのかはさておき。

 彼女が冷静になった状態であれば人畜無害。

 今も俺の腕に絡みついた大蛇のように引っ付いている。


「後で話を聞かせてもらうよ」

「処罰は如何様にも……」


 今日もこの公園での騒動は被害を及ぼしている。

 とはいえ魔物の召喚は彼女が行っているのではない、エヴァルフトが行っている。

 その点を考慮しても、彼女のした事は許される事ではないが。

 セルファと仲直りした今、彼女が魔物を出す理由もなくなった。

 しかしどういった理由でこのような行為に及んだのだろうか。

 それを聞くにはやはりセルファから、だな。


「私は周辺の安全確認をしに行く、近くにパトカーを用意しておいたから浩介君達はそこに行ってくれ」

「はい、わかりました。あの、他に敵は現れました?」

「いいや、今のところは。では、また後でな」


 石島さんは言下に駆け出して行った、忙しそうだ。

 これも俺達のせいなんだがね。

 近くのパトカーは公園の出口付近で待機しており、松谷さんと管理人さんがいた。


「なあセルファ、どうしてエヴァルフトは君に協力を?」

「さあ……私はただ勇者様の世界に行きたいと願っておりまして、そこから……気がついたら、あの方と出会っていて、どうしてか異世界に行けていて、あ、あとフェイとはぐれて……」

「私ならここに」

「うおっ!?」


 いつの間にか、すぐ後ろにいた。

 君さあ、もう少し心臓に悪影響を及ぼさない登場のしかたなかった?


「私は時間のズレがあったために早めにこの世界に来ておりました、大変でしたよこの世界で一人で過ごすのは」

「まあそうだろうね」

「しかしマッチョに悪い人はいないですね」

「マッ……え、マッチョ?」

「いえ、お気になさらず」


 気になるなあ。


「フェイ……」

「セルファ様、今は病んでいない状態でしょうか」

「ええ、落ち着きましたわ」


 病んでる状態と病んでない状態で彼女の現状を判断しているのかね。

 まあそれはわかりやすいけど。


「常に病んでる上にやばい、隔離必要」

「貴様、何を言いやがりますか!」


 苑崎さんの言葉には瞬時に反応するセルファ。

 火と油が毎回踊り狂ってる状態はどうやって解決すればいいのだろう。

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