第26話.脳内ではパーフェクト達成。
「勇者になるまで、大変、だった?」
「まあね。修行が特に。あっちの世界の名立たる剣士や神様にビシバシ鍛えられたりしてそりゃもう穴という穴から血が吹き出るレベルだったね」
「すごそう」
今でも思い出す度に苦い顔をしてしまう。
戦士のほうはいい、なんだかんだいって勇者という立場に対しての遠慮がみられたから辛い修行ではあったけど励ましの言葉などをかけてくれたりしてメンタル面でのケアもしてくれていた。
けれど神様のほうは……酷かったなあ。
俺が強くなるまではもうスパルタもいいとこだ、何度枕を涙でぬらした事か。強くなってからはこっちも強気で対抗して、口喧嘩が絶えなかったな。
いくら神様でも、クソ野郎だクソ野郎。
「そうそう、神様といえば――魔王に困ってるなら神様が自分でやれっていったらすんげえブチ切れされてさあ。あっちの世界の神様は……神様っていうか悪魔だったね。クソメスガキ悪魔」
「クソメスガキ悪魔」
異世界の話は流れるように出てくる。
最初の魔物はどんなのだったとか、一番危険な旅はどういう場所だったとか、魔王はどんな奴だったか、剣はどうやって手に入れたとか、勇者になって何か変わったことはだとか。
彼女も興味深々で聞いてくれて止まらない止まらない。
でもこれ普通のデートで出てくる会話の内容じゃないよね。
「長居しちゃったね。そろそろ出ようか」
次はどうしよう。
行きたいところ、行きたいところ……。
石島さんから周辺のチェックした店を教えてもらったのでとりあえずスマホでそれぞれの場所を確認しておくとした。
「ボウリング」
苑崎さんが指差す先には、目印であるボウリングピンの目立つ看板が建物と建物の間から見えていた。
「ボウリングか……意外と近いところにあったな」
ちなみに俺は人生で数回しかやった事がない。
おそらくボウリングに一番行くであろう時期は異世界で過ごしていたからね。この世界で同年代達がボウリングのピンを倒していた頃、俺は魔物を倒していた。
その数の差なら負けないぜ、スコア300なんて目じゃない。数え切れないほど倒したが……別にこの世界では誇れる話でもないのが悲しいね。
「よし、ボウリングにしようか」
どこか彼女の頷きは今までよりも大きかった気がする。
「ちなみにボウリングの経験は?」
「脳内で数十回」
つまりそれは未経験なのでは?
ボウリング場に入ると人は少なくすんなりと席を取れた、平日はやはり人は少ないよな。これはこれで伸び伸びとやれていいね。
苑崎さんは実際に店でボウリングをするのも初めてなのか、シューズや玉の選択に戸惑いつつもなんとか準備は済んだ模様。
俺も記憶を呼び起こしつつ、いやしかし二年前と違ってタッチパネルやらの導入が少し戸惑わせるね。
この世界の技術の進歩は本当に早い。油断するとすぐに置いていかれてしまう。
少しはノリアルのようにゆっくりと進歩していってもいいだろうに。
いやしかし、ノリアルもこれから急速に進歩していくかもな。
戦争は技術や知識を大幅に育てる、戦争が終結すればそれらは周囲へと広がっていく。
ま、今はそんな事は考えなくていい。ボウリングを楽しもう。
「さあ……レッツボウリング!」
「やれる自信しかない」
その自信はどこから来るんだろう。
それに一番軽い玉か子供用かで悩んでたよね?
いざ始まるや、予想通りといえば予想通りで。
苑崎さんは玉を片手で投げようとするも、右手は重さに振り回されて手を離したところ、レーンの一番手前で落ちてあえなくガーター。
「……こんなはずでは」
「初めてならそんなもんだよ」
俺も少し自信がないな。
異世界では絶対にやれなかった娯楽だ。
昔は玉が重くてうまく投げれなかったけれど、今なら重い玉でも軽く感じる。
カーブとかはできないけど、まっすぐになら容易く投げられるな。
半ば力任せでいくとしよう。力こそ正義、力こそ勇者だ。
「どりゃー!」
力加減がちょいと難しいな。
下手に魔力で腕力増強や筋力増強を付与してしまったらピンを破壊しかねない。
魔力は使わず、力も抑えたがどうだろう。ピンは真っ直ぐに向かっているが。
「おおっ! よしっ……ストライクだ!」
「むっ……」
ハイタッチはするも、苑崎さんの表情はどこか渋い。
負けず嫌いなのか、しかし玉の重さには勝てず彼女は両手で投げてまっすぐいくように奮闘した。
「ぐぐ……」
ゲームも半分が終わり、彼女が倒したピンは十二本。
方や俺は六十三本、まっすぐ投げるだけでも意外といけるものだな。
口をへの字にしてスコアを見る苑崎さん、この表情はかなりレアなほうに入るのではなかろうか。
「これから逆転する」
「ふふっ、かかってきなさい」
こんな苑崎さんを見るのは初めてだ、彼女の瞳には闘志が宿っている。
だが両手で投げてへろへろとガーターへ向かっていく、現実は残酷だ。
せめて玉をもう少し軽いものに変更したらいいと思うのだが、そこは譲れない矜持があるようだ。
「ボウリング、クソゲー」
「そこまで言う?」
「現実、クソゲー」
「生きてれば神ゲーって思うときもきっとあるからめげないで!」
俺のほうはコツを掴んできたので調子は上がってきているが、少し手加減してやろう。
だけど彼女のこれまでのスコアから察するに、手加減をしたとしても彼女が俺のスコアに追いつくことはなさそうだ。
しかしながら、前半よりも徐々に苑崎さんは勢いをつけてなげるようになった。
……スカートが、こう、ね?
ひらひらと靡くわけだ。
そりゃあ目線はそっちに行っちゃうわけで。
「見た?」
くるっと振り返る苑崎さん。
「え、あ、ごめん、見てない、見てないですっ!」
「初の五ピン倒しだった」
ああ、そっちかあ。
安心した……。
「ごめんごめん、次はちゃんと見るから!」
これはスカートの中を指しているのではない。
結局苑崎さんのスコアは然程伸びず、自分のスコアが刻まれた紙を睨みつけるように見ていた。
「次こそは」
「それまでまた脳内でイメトレしよう」
「そうする」
それが結果に繋がるかはさておき。
一旦昼食をとるとした、何気ないファミレス――どこも人が多く、襲撃を考慮しての場所選びは難しい。
こればかりはセルファが襲ってこない事を祈るしかなかったが、杞憂に終わってほっとしている。
午後になってもセルファが現れる様子は一向にない、デートで彼女をおびき出そうというこちらの魂胆が見切られたか?
とりあえず二人でアイスを食べながら公園でぷらぷら。
街から少し離れたところにあるこの公園は動物を管理しているのでちょっとした動物園気分も味わえる。
「そのアイス、美味しい?」
「美味しいよ、イチゴとバニラミックスも中々だ」
「いい?」
「あ、うん」
咄嗟に返答してしまった。
いい? という質問、それは彼女が一口食べても? という要求だったようだ。
ぱくりと小さくその口でアイスを食べる。
……これは、間接キスに、なるのではないだろうか。
彼女は気にしていないようだが。
「お返し」
俺の口元にアイスを近づける。
チョコとバニラのミックスだったか彼女のは。
「い、いただきます」
極上である、アイスも気分も雰囲気も。
恋人ができたらこんな風にデートするのかなあ。
「――さ、さす、がに、ね…………!」
ん? どこからか声が聞こえたような。
気のせいかな?
「そ、それ以上、は、許せません、わ!」
バキバキと、何か音を立てて、静かな公園には似合わない雑音が聞こえてくる。
気のせいではなかったようだ。離れたところの木陰から何か近づいてくるのが見えた。
「あ、あれは……」
女性――ああ、おそらくはセルファ。
着ている服は異世界のものではなく、こちらで手に入れたもののようだ。パーカーのフードを深々と被っていたが、俺達の前に出るやフードを取り、その長い金の髪があらわになった。
手に持っているのは半壊した双眼鏡。
粉々になって地面へと落ちていき、彼女は静かに近づいてくる。
その表情は、鬼気迫るものがあった。
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