第27話.歪んだ愛情

「セルファ……」

「お久しぶりでございます、勇者様」


 笑顔に変わるも、どこか力が入っている――ぎこちない笑顔。

 こめかみには青筋が浮かんでいる。

 何よりその手、進行方向を少しでも遮る太い枝を掴むやまるでマッチ棒のように折られていく。

 俺に向かってくるだけで森林破壊をする少女、恐ろしい以外の言葉が浮かんでこない。


「あの人、が?」

「ああ、彼女が……手紙を送った主で間違いない」

「そこの女、私の勇者様と何を喋ってるんですか?」


 言い寄ってくる彼女の前へ立ちはだかるようにして俺は遮る。


「どいてください勇者様、そいつ殺せない」

「どこかで聞いたような物騒な台詞をさらっと喋るな君は」

「勇者様は騙されております。さあ、こちらに来て私と共に昔のように楽しく過ごしましょう。彼女はそうですね、どこか遠くで静かに暮らしてもらうのがいいかと思います。地面の中とか、深い海の底はどうでしょうか」


 どちらの選択も、“死”そのものである。

 光の宿っていないその瞳は彼女の殺意をよく表していた。


「待てセルファ、落ち着け」

「わかりました、その女をひき肉にしてから落ち着きます」


 ……駄目だ。

 話が通じるような様子ではない、理性の引き金も壊れているんじゃないだろうか。

 デートという挑発をしすぎたか……?


「その女、勇者様といちゃいちゃしては間接キスまで、これは許されません。即刻処刑あるのみです……! 早々にその女を殺して私と異世界で末永く暮らしましょう。大丈夫です、私が全てお世話いたします。お腹がすいたら料理をしましょう、お金がなかったら与えましょう、邪魔なものがあったら取り除きましょう、苛立つ要素がありましたら処分もしましょう、愛のはぐくみも是非ともいたしましょう! 子供は何人欲しいですか? 一人? 二人? 三人? ああいくらでも!」


 悪くない提案ではあるけれど、狂気を感じる。

 苑崎さんも処刑をさせるわけにはいかない、同意はしかねるね。


「浩介、この人やばい」


 うん、俺もそう思う。

 だが口にしたら、俺も状況的にやばくなりそう。


「は? 何がやばいんですか? 私はただ勇者様を想っての事なのですが? 切り刻みますよ?」


 セルファは懐から包丁を取り出した。

 おいおい、ちょっと待ってくれ……。


「せ、セルファ! 落ち着けって!」

「落ち着いておりますよ、ええ、落ち着いておりますとも」

「だったら包丁を取り出す必要はないだろう!」


 しかもその包丁、どこか妙な感じがする。

 ただの包丁ではなさそうだ……。


「動くな!」


 石島さん達がやってくるやセルファを取り囲んだ。

 いつの間にか近くまで移動してきていたようだ、しかしどうしてだろう、安心感は抱けていない。


「武器を捨てて両手を上げるんだ!」


 セルファに銃口が向けられる、公園にはただならぬ雰囲気が漂い始めていた。

 管理人さんや松谷さんも駆けつけており、公園の利用者達の避難誘導も開始している。

 セルファは特に怯む様子も無く、石島さんの銃を一瞥するのみ。

 銃程度であれば防ぐ自信が彼女にはあるのだ、威嚇にはならない。


「ふぅん? この女、我が身可愛さに護衛まで隠していましたか。なんという卑劣!」


 ああ、誤解が誤解を招いていくこの悪循環!

 一つ一つが彼女の憎悪を育んでしまっている。


「この世界の武器など、恐れるに足りません」


 彼女は手をかざすと自身の周囲に半透明な壁を出現させた。

 それはゆっくりと彼女を中心に回っている。自動魔法防壁だ、銃では彼女に傷つける事もできないだろう。


「セルファ、大人しくしてくれ」


 戦闘体勢に入る。

 イグリスフを出して、彼女に向けた。

 こいつなら軽く斬りつけるだけで防壁を破壊できる、本来ならば出したくなかったし君に刃を向けたくなかったよ。


「セルファ様……」

「フェイ!? 来てくれたのか!」

「ええ、あまり来たくはありませんでしたが」


 彼女がいるとこれまた頼もしいな。

 そのままなんとか解決まで導いてくれるとありがたいんだが。


「あら、フェイ。やっとお会いできましたね」

「おかげさまで」

「勇者様と一緒にいるところ、見ておりましたよ? 貴方も勇者様に身を寄せようとしていたのです?」

「いえいえ、そんな気は毛頭もございません」

「それならいいわ、しかし何故こちらに来ないのです? 私に力を貸しなさい」

「セルファ様、ここはどうか勇者様の言うとおりにしてくれませんか?」

「聞こえませんでしたか? 力を貸しなさいと言ったのですよ? 貴方も死にたいのですか?」

 

 もはや彼女の思考は暴走してしまっている。

 俺達の言葉はもはやまともには受け取ってもらえない。

 けれども諦めずに言葉は投げかけるべきだ、後戻りできない状況に陥らないためにも。


「セルファ……これ以上この世界で騒動を起こすのはやめてくれ」

「何を仰いますか、全ては勇者様のためなのですよ」

「俺のため、だって?」

「どうでした? 今までの魔物は。勇者様が活躍できる場面を提供したのです、素晴らしい活躍でしたね。勇者様の勇姿を再び拝める事が出来て私は最高の気分でした」

「まさか……」


 今まで魔物が出現していた理由は――俺を活躍させるため、か?

 そんなくだらない理由で、君は、君って奴は……。

 いいや、彼女にとっては真面目な理由なのだろう……。


「こちらの世界には光景を保存できるものもありましたので全て撮りました、家宝ですね、ふふっ……」


 ここははっきりと言ってやらなければならないだろう。

 しかし……どうしても言いづらい。

 彼女がこの世界にどれほどの被害を与えたのかはわかっている、でも悪いのは……結局のところ、俺だ。

 彼女を歪ませてしまったのは、俺なんだ。

 この場を収めるには、彼女に従うしかない気がしてきた。

 全ての責任を負って、丸く治めるならば、ね。


「……あの」


 その時、苑崎さんが不意に前へ出た。


「あ、危ないよ!」

「何ですか? 死に急ぎたいというご提案でしょうか? であれば首を差し出してください」

「苑崎さん、彼女には近づかないほうがいい!」

「……言いたい、事がある」

「言いたい事……?」


 セルファの漂わせる殺気にも臆せず、彼女はぎゅっと拳に力を入れて、何か覚悟した様子だった。

 少しでもセルファが襲いかかろうとしたらすぐにでも動こう。

 彼女を斬りつけられるかは……出来るかどうか怪しいが、攻撃を防ぐ事なら出来る。


「苑――」

「勇者様、ここは彼女に少し任せてみましょう」

「えっ、でも……」

「いいから」


 話に入ろうとしたが、フェイに止められた。

 苑崎さんに任せる……か。しかしはっきりと言えない俺が、口篭りながら説得するよりは効果的かもしれない。


「彼の意思、尊重してない」

「はあ? 尊重? 私は十分に尊重してますが?」


 膠着状態に近い状況だ。

 石島さん達も動くに動けず、銃を向けたままだが避難誘導の時間は稼げた。

 この周辺には俺達しかいない。


「貴方は、彼のことを想うのならば、本当に、彼のためになることをすべき」

「しているでしょう! この女、わけのわからないことを言いますね! なんなのですか!」


 君は君でわけのわからない行動をしてるんだよセルファ。

 どうかこれまでの行いが過ちだと気付いてほしいのだけれど、俺の思いは届きそうにない。


「彼は、迷惑してる」

「迷惑? どうしてですか? 私は勇者様のために魔物を召喚して、勇者様はちゃんと活躍できて今や頼られる存在になったではないですか!」


 その面では感謝はしているがしかし、やり方が悪いよ。

 自作自演みたいなものじゃないか。


「他の人が傷つくこと、彼は嫌がる」

「勇者様以外など私の知ったことではないですね」

「貴方は、彼の嫌がることをやっている。それを理解して」


 俺の言いたいことを彼女がずばずば代弁してくれている。

 これは助かるがしかし、俺が言うべきであって、彼女に任せっきりは、男としていけないよな。

 明らかにセルファの殺意は膨れ上がっている。

 あの包丁が振られる前に俺が入っていかなくちゃ……。

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