第23話.世知辛い

 翌日、以前に一度行った飲食店へ三人で行くこととなった。

 ここで例の――異世界から来た人物と話をする約束になっている。

 待っている間は飲み物を注文して、そしてまた気になる向かい側に建つ居酒屋マッチョ。

 苑崎さんが観察していたマッチョは、もしかしたらあそこで働いているんじゃないだろうか。


「今回、君は特殊なストーカー被害にあっていると思うのだがね。松谷からはその辺の説明は聞いていたかい?」

「聞いた」

「普通じゃない奴が君をどうしてか敵視している、ただのストーカー事件ならばあまり動けないんだがね、こっち関係ならすぐ動けるから安心してくれ」


 そういやストーカー事件って警察は中々腰上げないよなあ。

 あれって警察内で何か事情でもあるのかな。


「例の人、なんですが。名前や外見といったところは」

「名前は聞きそびれてしまってな。外見はそうだな、ショートヘアで若干赤髪、身長は君と同じくらいか。心当たりは?」

「あ~……多分、あります」


 思い浮かぶは、フェイ・アスァーナ。

 彼女もこの世界に来ていたのか、しかし気になるは敵として来たのか、味方として来たのか、だ。


「おまたせいたしまし、あっ」

「あっ」


 噂をすればなんとやら。

 ご本人の登場だ。


「フェイ……久しぶり」

「勇者様、お久しぶりでございます。少し顔をこちらに近づけてくれませんか?」

「え、何々? ふぐひっ!」


 いきなり頬を殴られた。

 ど、どうして……? やっぱり君……敵なの?


「あの、会って早々に何故俺は殴られたんだ?」

「誰がメスゴリラだ」

「あっ、いや~そんな昔の事……」

「調べましたよ、私とは似ても似つきませんが」

「悪かったよ……」


 でも君ってば腕力系の魔法は卓越しているし、武術面の技術どうこうってより兎に角パワー! な感じが……ね?

 どうか褒め言葉として受け取ってもらいたいところだが、ゴリラそのものを調べられちゃあもうこの言葉は禁句だ。


「お腹が空いてるので何か頼んでいいですか?」

「いいとも、座ってくれ」

 

 俺を殴ってからはどこかすっきりした表情だ。

 向かい側、石島さんの隣に座り彼女はメニューを開くやパスタを注文。

 手馴れている、すでにこの世界に順応してしまっているなこれは。


「まさか勇者様がここに来るとは思いもよりませんでした」


 なんか聞けそうにないしもう話を進めよう。

 今回、この邂逅は事件解決への大きな近道になる可能性は高いし。


「なあフェイ、一つ確認したいんだけど」

「なんでしょう」

「……セルファもこの世界に来てるんだよね?」

「はい、おそらくは」


 おそらく? では一緒に来たのではないのか。

 ならばセルファの居場所も分からないかもしれない。


「セルファという人物は、一体どんな人なんだ?」


 石島さんには話していなかったな。

 話していいものか、ちょいと悩むところではあるが。


「異世界で、その、俺を慕ってくれた女性でして」

「ほう」


 ここからは、どんな人物かの説明に入るのだが。

 全てを話すべきか、話したら苑崎さん、怖がらないかな。


「彼の説明には不足があります。あの方は彼のためだったらなんでもするし近寄る女性には容赦ない、病んでます、確実に病んでます」


 そんな言っちゃう?


「……危険な人物、なのか?」

「ええ、危険ですね。あの人の人生は勇者様を中心に回ってます、狂気的です。一国の王女であるにも関わらず勇者様目的でこの世界に来るほどなのですから」


 確かにセルファの行動力はすごいとは思うよ。

 でもねフェイ、そんな真剣な面持ちで語るけれど、狂気的とまでいくかなぁ?


「そこの貴方。勇者様の隣に座ってるけど遺書は書きました?」

「遺書?」


 唐突に苑崎さんへ――からかうというのではなく心底心配してフェイは言う。


「勇者様の隣に別の女性が座っている、この光景を見られるだけでどれほどの危険が伴うのかわかってますか?」

「お、大げさな……」

「とりあえずカーテンを」


 冗談で言っているのではない。

 心情を悟り言われるがまま、石島さんはカーテンを引く。

 これで一応外からこちらは見られないが。

 既に見られていたのだとしたら現状の危険性が大きく変わってくる。


「魔物騒動もニュースで見ました、ネットでも騒がれてるし3ちゃんのスレでは画像がアップされてますから」


 君、一体いつから日本にいるのかな。

 ネットも使いこなしているような口ぶりだし、外見は違えど中身はもう日本人になってない?


「ま、待ってくれ。その、君についてまだ詳しく聞いていないんだが」

「私? 私は二年前に勇者様と共に異世界で魔王討伐をすべく、陰ながら尽力を尽くさせていただいた一人でございます」


 尽力というより君が補助してくれたおかげで魔王討伐にまで至ったんだよね。

 幹部クラスも普通に倒してたよね君。


「……」


 なんか苑崎さんがフェイをじっと見つめてる。


「あら、貴方、どこかで」


 彼女のその視線に気付いたようだ。

 二人とも知り合い?


「……す」


 でた、苑崎さんの「す」。

 何を言っていたのかは声が小さすぎて聞き取れなかったが。


「思い出したわ、いつだか望遠鏡で覗いてた子ね」

「す」


 流石フェイ、遠くからであろうが見られていた事に気付くとは。

 フェイは望遠鏡いらずだねえ、どんな視力してるんだか。


「しかしよかったです、勇者様と会えれば現状をなんとかできそうですし。セルファ様が妙な奴と手を組んだのが魔物騒動の原因でしょう? こんな事をするとは思いませんでしたよ、なんとかしてください」


 なんとかしてと言われましても。

 先ずセルファがどこにいるのかもわからないからなあ。


「苑崎君を狙っているのはそのセルファという女性で、しかも危険人物であり魔物騒動も彼女が関わっているとみて、いいのかね?」

「はい、そうなりますね」

「なるほど……これは、苑崎君を本格的に保護せねばなるまいか」

「す」


 相手は魔法を使う上に魔物の召喚もしてくる。

 こちらの世界での防衛力がどれほど通じるものか。


「君についてももう少し聞いてもいいかね?」

「構いませんよ」

「君はこの世界に何をしにやってきたんだい?」

「私はセルファ様の護衛としてこの世界に来ました、本当は護衛もいらないんですけどね」


 フェイはどちらかといえば勢力的にはセルファ側だ。

 だが今の状況……彼女はどう動く? 俺になんとかしろと言ってくるあたり、少なくともセルファ側からは離れてはいるようだが。

 敵にはなってほしくないものだな。


「セルファと合流できたら、協力はするのかね?」

「いいえ、しません。あの方を止めて勇者様と話でもさせて、満足させて帰すつもりです」


 フェイ、君がまともな人間で本当によかったよ。


「元々あの人が暴走しないためについてきたのですから」


 暴走しちゃったね、どうしようね。

 ただでさえ目的ははっきりとしていないのに、どうしてか今は狙いが苑崎さんになってるし。


「それならよかった」

「勇者様、貴方を連れて帰る気かもしれないので、場合によっては覚悟したほうがいいですよ」


「えっ、俺を? 異世界ではやることも済んだし、戻ってもニートなんだけど」

「この際ですから、異世界でセルファ様と結婚でもすればいいんじゃないですか? 王族の仲間入りですよ」

「王族か……ちなみに王族は働かなくていいのか?」

「いえ、普通にバリバリ働きますよ。でも勇者様は異世界の方なのでノリアルの事については一国を任せるには国王が許可しないかと。結婚は許してもとりあえず就職活動をしたほうがいいですね。とりあえず、ええ、結婚してあげてください、そうすれば問題解決しそうですから」


 世知辛い世の中だな本当に。

 このご時勢、就活するのに異世界まで行かなきゃ駄目なの?


「いや待て。むしろ逆に、セルファがこの世界に残る可能性も考えたほうがいいんじゃないのかね?」

「確かに……そうですね」

「てるてる坊主がこの世界に来た目的は分かるかい?」

「てるてる……は、確かエヴァルフトとかいう名前でしたね……目的は聞いておりませんがセルファ様には協力的で、セルファ様の行う先に何か利益を見出しているのかもしれません」


 エヴァルフト――異世界でもその名前は聞かなかった。

 相当な力を持った魔法師なのは間違いない、魔王討伐時にかり出されても不思議ではない。

 偽名を使っているのかもしれないな。


「一つわかる事は……これまで魔物を召喚していたのは、この世界の者達の魔物への対応力などの観察と撹乱が狙いかと。勇者様も誘い出せますし」

「魔物の召喚に関してだが、エヴァルフトとやらを抑えれば今後は止まるかい?」


「大型の魔物はエヴァルフトが出しているとみて間違いないでしょうから、止まるとは思います。けれど小型はもしかすれば、エヴァルフト以外に――こちらへ私達がやってきた時に、空間に歪みでもできたのか、そういった穴や隙間からやってきている可能性があります」

「そうか、では今後とも小型のほうは出てくる可能性は依然としてあるのか。この世界への移動手段はやはり君達お得意の魔法かね?」

「特殊な魔法です、私には使えません」


 懸命にメモを取っている。

 この手の話には一つでも書き残しておかなければ理解が追いつかないものだ。

 俺も最初はそうだったなあ。異世界じゃあメモをするにも道具を手に入れるのがちょいと大変だったね。紙もペンもインクも、貴重なものだった。

 あの不便さとあの苦労、今では少し名残惜しい。


「君さえよければ我々に協力してもらいたいのだが、どうだろう」

「別に構いませんよ。先ずはセルファ様の暴走を止めるあたりでしょうか?」

「ああ、そうなる」


 エヴァルフトを押さえて魔物騒動もなんとかしてはおきたいが、セルファのほうも無視はできない。

 なんといっても彼女からこっちに仕掛けてきそうな勢いだ。


「ではこちらの世界の軍隊を彼女につかせるのをお勧めします」

「それほどのものなのか?」


 それほどかもしれない。

 あの子、昔に俺が大型の魔物との戦闘で大怪我をした時には、泣く子も黙るような形相で魔物を切り刻んでたっけな。

 一度怒らせたら、鬼と化す。

 普段は優しいんだけどね……。


「どんな子なのか想像ができないな」


 俺と過ごしている時は普通の女の子ですよ。

 うん……普通。


「勇者様はよくセルファ様と親しくできたものですね」

「え、そう?」

「病んでる子が好きなのですか?」

「いや、そういうわけではないんだけど」

「勇者様が来るまであの方とお付き合いした方々は皆一月もせずに逃げ出したのに、二年間だなんて新記録もいいとこでしたよ。おかげでセルファ様の執着も高まってしまいましたね」


 女の子と仲良くできるなんて今までは考えられなかったから、俺は浮かれてたのかもしれない。

 恋は盲目――てか。

 そうだよ、よくよく考えれば……。

 うん……セルファ、ちょいちょいおかしいところもあった。

 よくよく考えてみれば、『私の紅き一部を――』って、あれ……料理に血を入れたんだろうな、毎回人差し指から血が流れていたし。

 まあ普通の子はしないよねそんな事。

 苑崎さんにあんな手紙を送るのも、うん、普通の子はしないね。


「結果、彼女は危険にさらされ、この世界には魔物まで放たれたと」

「彼女が洗脳されてるっていう可能性は?」

「ないですね、はい」


 きっぱりと断言された。

 俺の唯一の希望が潰えた瞬間だった。


「勇者様、目を覚ましてください。セルファ様は病んでいますよ」

「うん……」


 現実を受け入れるべく、落ち着くためにもコップの水を喉へ流し込んだ。


「セルファの確保をすべく作戦を練らなくてはな」

「簡単にあぶりだせると思いますよ」

「何か方法が?」


 彼女は俺達を見て、


「二人がデートでもすればいいんです、そうすればおそらく発狂して現れますよ」

「……デート?」


 苑崎さんと顔を合わせ、一瞬止まる。

 彼女は頬を赤らめて、視線を逸らした。

 この反応は……むむむっ。


「確実に確保できるのならば……いやしかし危険が」

「彼をお忘れですか?」

「彼?」

「勇者様ですよ、彼ほど頼もしい護衛はいないでしょう?」

「うむ、確かにそうだな……」


 頼ってもらえるのは嬉しいのだが、相手はセルファ――不安要素が大きすぎる。

 それに苑崎さんはどう思うか。

 俺とデートだなんて、なあ?


「苑崎さんは――」

「私は、構わない」

「そ、そう……」


 思わぬ即答。

 相変わらずの無表情であるが、口端が少し吊りあがっているような。


「作戦を練るか。フェイさん、今週予定の開いている日は?」

「バイトのシフト確認してみます」


 いやでもさ。

 ……本当にやるの?

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