第20話.異世界からやってきたやばい系

『マスコミの件かな? いや、すまない……慎重にと心がけてはいたのだが情報が漏れて……。すぐに対応する』

「ああいや、違うんです。実はちょっと厄介な事になりまして……」


 苑崎さんと手紙の件を石島さんに話すとした。

 その間、苑崎さんは食器を片付けて、自ら洗ってくれている。感心するね、姉ちゃんに彼女の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。


「知り合いの刑事さんの部下が調べてくれるって」


 対応に追われて石島さんはすぐには動けないが致し方ないよな今日は。

 魔物からマスコミまで、タイミングが色々と重なってしまったが事態は重く見てくれている、重要事項として動いてくれるとの事だ。


「助かる、とても」


 今日はすぐには部屋に戻ろうとはしなかった。

 一人でいるのが怖いのかもしれない。

 そりゃそうだよな、あんな手紙が届いたら誰だって怖い。

 待つ事数分、二階へと上がってくる音にやや身構えながら、扉の前の覗き穴から外の様子を確認する。

 ああ、よかった。おそらく部下の人だろう。


「どーも、松谷です。石島さんから話を聞いてやってきました、はい。他の人はまだ忙しくて」

「ど、どうも」


 ちょくちょく石島さんの近くにいたけれど、話はあまりしたことはなかったな。

 若い刑事さんで、髪にはパーマをあてていてちょっとチャラそうな感じ。それでも石島さんの部下で魔物対策本部の人なのだから有能な方なのは間違いないだろう。


「いやはやなんとも奇妙なことになりましたな、お手紙ご拝見しても?」

「……」


 苑崎さんは無言で手紙を差し出す。


「今は手紙くらいですか?」


 小さく頷く。

 見知らぬ人を相手に、どこかいつもより不安そうに、縮こまっていた。

 俺の後ろにちょっと隠れている、ああ、小動物のようで……可愛いな。


「となるとまだこれくらいの段階なのか、それとも一気に来るパターンか……」

「どういうことです?」

「いやね、この手の輩はタイプが様々なんですわ。現状維持で行動に出ない場合もあれば、徐々にエスカレートしていく場合もある。何も起きないと見せかけて一気に仕掛けてくるというのも――あ、いやすみません、不安にさせるようなことを申して」


 苑崎さんがヌンチャクを手放して俺の布団にもぐりこんでしまった。

 お団子苑崎の完成だ。防御力のほうは期待できないけれど。


「石島さんはこちらに戻られるのは難しいですし、私が誰か引っ張って交代で暫く見張ってみましょう」

「よろしくお願いします」

「しかしこのゆうしゃさまってところ……」

「ええ、俺の関係者かなと……」

「……異世界の者、で間違いないと?」

「そうですね……」


 誰かとは、はっきりとは言えないが。

 いやでも……彼女で間違いない、よな。


「むむっ、ならばお相手は魔法や魔物を使ってくる可能性もある……と」


 苑崎さんもいるのに魔法とか魔物といったそんな単語すんなりと出していいのか。


「……ですね、つまりは普通とは危険性が大きく違うわけで」

「魔法への対抗手段は君以外まだ見つかっていないしなあ。いざとなった時、我々はどう動くべきか。一応いつでも避難できるように近くには車両は置いてはいますがね」

「あの、松谷さん」

「ん? どうしました?」

「いや、苑崎さんもいるなかで異世界とか、それ系の話して大丈夫なのかなって」

「ああ、大丈夫大丈夫。その手の者に絡まれた時点でこちら側がある程度情報を開示しないといけないですから。勿論口外は禁止で」


 松谷さんの独断に見えるんだけど大丈夫かな。


「まとめると、今回苑崎さんを狙っている人物は異世界からやってきたやばい系の方となりますね!」

「そんな断言しなくても」


 見てよ、苑崎さんお団子苑崎状態で隅っこに行っちゃったよ。

 どうするのこれ、俺の寝る場所ないし苑崎さんも安心して眠れないよ。


「管理人さんも戻り次第協力してくれますんで、ご安心ください。魔対の人数は少ないけれど、行動は早いので」


 またい、ああ、魔物対策部隊か。

 とりあえずは俺がここにいて彼女についているのは安心といえば安全だが人数が多いにこしたことはない。

 松谷さんはどれほどの実力者なのだろう。


「苑崎さん、最近相手に恨まれるようなことを何かしました?」

「……」


 首を傾げる。

 俺を見て、だが何か一つ気付いたようで、


「ご飯」


 とだけ、言った。


「ご飯?」


 松谷さんは律儀にメモしていた。

 別にこれくらいはメモしなくてもいいんじゃないか。


「食べた」

「食べた?」


 なんだろうなあこのやり取り。


「彼と」

「彼と?」


 もやもやする。


「……つまり、きっかけは俺が飯を作ってたら、空腹の彼女がやってきまして、それから何度か彼女に料理を提供していたのですが、手紙を送った人はそれが気にいらなかったのだろうと!」

「ああなるほど! 嫉妬ですかねぇ、では相手は女性の可能性が高いですね。そして異世界で貴方に身近な人物、どうです? 誰か浮かびました?」

「う、うーん……」


 ばっちり浮かんでます。

 素直に話すべきかなあ。

 いや、違っている場合もあるし、すんなりと話すのはやめておく?

 何より洗脳されている可能性があるから、明確な敵として挙げたくはない。


「表向きは大人しい感じで、しかし裏ではこういった荒事に発展しそうな、性格からすると貴方によく尽くしていたタイプでしょうかね。年齢は彼女に近いかな? もう少しだけ上かも、これは推測ですがね。嫉妬といっても重なっていくと激しいものになりますから」


 意外とこの人やりおるな。

 俺の浮かび上がった人がもう完全に一致と言っていいよ。


「清楚系、彼女と年齢は近くて異世界で浩介君と交流があった人物、この文章を見る限りまだこちらの世界には文字の書き方から馴染めてはいないが、文脈はしっかりしているので頭は良さそうですね。身近に潜んでいると考えるとして、潜伏先の割り出しも必要そうだ」


 この人見た目とは裏腹にかなり頼りになるな。

 石島さんが部下においている理由がわかった気がする。


「すみません、今日は少しここで仕事させていただきます」

「ど、どうぞ」


 松谷さんは持参していた鞄からノートパソコンを取り出してすごい勢いで打ち始めた。

 スマホは肩で耳に押し当ててそのまま石島さんと連絡。

 やり手というのはこういう人のことを指すのだろうか。


「ええ、はい。人手、はまああれですがこちらには浩介君がいるので、はい、他の居住者は、ええ、問題ないですね。管理人さんにも話しておきます、はい。大丈夫です」


 迅速に事態が進んでいく。


「苑崎さん。お部屋を調べさせてもらってもよろしいですか?」


 ビクンッと、彼女は体を揺らして、お団子苑崎を解除した。


「何か不都合なものとか、あります?」

「ぼ」

「ぼ?」


 わずかな沈黙。


「望遠鏡」

「望遠鏡? 貴方の部屋に?」


 そういえば苑崎さんって最初に会った時も部屋で望遠鏡覗いてたよな。

 あれって何が目的なんだろう。


「あれはあまり触れないほうがいいのですかね?」

「も」


「も?」

「持ってきても」

「ああ、それは構いませんよ。なんなら今日はここに泊まったほうがいいんじゃないですか? 一人でいるよりも二人でいたほうがいいですし」


 彼女が俺をさっと見てくる。

 許可の申し出だろうか。


「まあ、俺は……」

「泊まる」


 即決だった。

 まあ、今日は一人でいろというほうが酷ってもんだ。彼女についていてやろうじゃないか。

 じゃんじゃん頼ってくれていいんだぜ、これでも元勇者だからな。


「では自分の必要なものとかも一緒に持っていったほうがいいですね。俺は暫く苑崎さんの部屋に何か仕掛けられてないか調べるので、そのところはご了承ください」

「りょ」


 ううむしかし。

 彼女と二人で過ごすのを意識すると、少し……緊張するね。


「浩介君」

「は、はいっ」

「俺は魔対の補助でしかないが君の、そして君に関わる人全ての保護も任されている。頼りないかもしれないが、よろしくね」

「いえいえ! こちらこそっ!」


 仕事のスイッチというのだろうか。

 松谷さんの目つきも、雰囲気も変わり、電話をしながらパソコンを操作してパソコンを閉じるや、今度は速やかに苑崎さんの部屋へ。

 ……人は見かけによらないものだなあ。

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