第19話.病み系爆誕

 アパートに到着したのは夜の八時過ぎだった。

 次の連絡が来るまではまた自由時間だ。資料でもじっくり読みつつ、ゲームをしつつで過ごすとしよう。

 今日はもう魔物退治の連絡は無いだろう、魔力の気配もない。

 床でごろごろすること数分。

 部屋をノックする音――この控えめなノックは、彼女か?


「やあ、どうしたの?」


 やはり苑崎さんだ。

 今日は魔物退治に出向いて料理を作ってなかったなそういえば。


「……」


 頭が左右に動いてる。

 入っていいか? という質問を体で表しているのかもしれない。


「どうぞどうぞ」


 彼女は小さく頷いてすとん、と座る。

 静かな子だ、でも一緒にいて落ち着く。いつもやかましさとセットのような飛鳥には見習ってほしいものだね。

 さて、苑崎さんは空腹なのか否か。

 耳を澄ましてみる。

 ――ぐぅぅと腹の虫が聞こえてきた、うん、お腹すいてるんだね!


「何か作るよ」


 俺は夕食は食べたけれど、ハンバーガーを一個かじっていた程度だ。

 食後の運動をして小腹がすいてきた、何か食べよう。


「す」


 この前みたいには喋ってくれないか。

 いや、この前が奇跡だったとしか言いようがない。苑崎さんだって喋るときは喋る、でも今はそうじゃない――奇跡が起こらない限りは。

 飛鳥でも来ないものか、失礼ながらまた口喧嘩でもしてもらって苑崎さんの声を引き出してもらいたいね。


「さてさて」


 すぐにできるものとして……。

 食料は豊富とはいえない冷蔵庫。


「む」

「ん?」


 肩をトントン、と叩かれ振り向くと、苑崎さんは服の裏から何やら取り出した。

 魅力的なおへそがちらり、それはいいとして、いいやよくないか、眼福ものだ、心の中で拝もう――って、違う。取り出してのは……たまねぎと豚バラ肉?


「おおっ、食材提供はありがたい」

「す」

「炒飯なんてどうかな?」

「すっ」


 声に少し躍動感があった、炒飯でよさそうだ。 

 異世界だと米が手に入りづらくて炒飯が本当に恋しかったなあ。

 今ではいつでも作れて嬉しいよ。


「す」


 ちゃちゃっと炒飯を作るとする。

 フライパンを振るうこの勇姿、どうだい? すごく興味深そうに見てくるね、めちゃくちゃ近いけどあんまり近すぎると危ないよ苑崎さん。


「よし、完成!」

「す」

 

 小さな拍手を送ってくれた、ありがとう。

 俺は若干少なめ、彼女はやや多めでお食事開始。

 苑崎さんは今日も上下ジャージ、普段何してるんだろう。

 俺が言えた話でもないけど。


「どう? 美味しい?」


 頷く、ただそれだけでもこちらとしては嬉しいものだ。

 どこか餌付けをしている気分、ハムスターを飼ったら同じ気分なのだろうか。


「いやあ悪いね、今日は夜ちょっと用事があって」

「……もの」


「ん?」

「魔物、退治?」


 唐突に。

 あまりにも唐突に、思いもよらない言葉が彼女の口から出た。


「ま、魔物退治? 一体何の事かな? ああ炒飯美味いね、我ながら美味しく作れたよ」

「ネットの、動画、見た」

「み、見間違いでは?」


 互いに食べながら、しかし漂ってしまう無言の時間。

 苑崎さんはじっと俺を見ている、空気が痛い。

 そうだ、テレビテレビ! こういう時は話を逸らさないと。


「テ、テレビでも見ようかっ」


 テレビをつけるや最初に飛び込んできたのは――


『――我々の取材班は新たに鳥型の化け物をカメラに収めることに成功しました!』


 あらら?

 今日の魔物討伐……マスコミに撮られていたようだ……。


『何者かが廃工場から出てきましたが、ここからではよく見えませんね……』


 森の中から撮られている。

 かなり遠くで映像はぼやけがち、はっきりとは撮れていないようだ。

 彼女がテレビと俺を交互に見ている。


「服」


 そう一言、呟く。


「え? 服? 服が、ど、どうか、した?」

「一緒」


 画面を指差す苑崎さん。

 俺の今来ている服、画面に映っている人物と服装は……似ているね。

 背中には青を貴重としたうねりのある特徴の模様がぼんやりとたが映っている、画面と俺の服装を照らし合わせるだけで一つの証拠が提示できてしまっていた。


「……その、あれだ」


 容疑者、口篭るしかなく。


「あれ、とは」


 バラされたくなければ~みたいな流れになったら俺はきっとショックで気絶してしまう。

 彼女がそんな人でなければいいが、いやそんな人じゃあないね! 知り合ってまだ少ししかないけど、いい人なはずだ!


「……」

「……」


 炒飯をもぐもぐと。

 ……沈黙が痛いなあ。

 このまま嘘をつき続けるのも辛い。


「別に、バラさない」

「ほ、本当?」

「バラす相手が、いない」


 なんだか悲しい返答を頂いた。


「……ええ、まあ、あれは……俺です」


 素直に喋ってしまった。

 内容は極秘なのに、何をやってるんだ俺は。

 苑崎さんはその瞳を、やや大きく見開いて俺を見た。


「すごい」


 スプーンを置いて小さな拍手をまた送られる。


「ど、どうも」


 なんだか、照れますな。


「あの、このことは内密に……」

「うん」


 俺がニュースに映っている人物である事ははっきりとしたものの、特にそれ以上の詮索をするつもりはないようだ。

 今は炒飯を食べる事が彼女の優先事項らしい。

 食後にて。

 さてこれからどうしようかね。彼女は俺が何者かまではわからないだろうけど、俺が何をしているかは知られてしまった。

 ネットやニュースの情報を見ていけばこうして身近に同じ服装の人物と間近で過ごしているのだからバレるのも無理はないか、飛鳥にもそのうちバレちゃうかな?

 この件は石島さんに報告したほうがいいよなぁ。


「勇者、って、呼ばれてた?」

「え、どうしてそれを……?」

「……待ってて」


 ふと彼女は腰を上げて退室していった。

 自分の部屋に戻ったのだろう、隣からごそごそと物音が聞こえる。

 小さな足音と共に帰ってきた時には、手には手紙を数枚持っていた。

 なんだろう、この手紙は。

 彼女はそっと俺へと差し出してくる。


「……」


 読んでということらしい。

 手紙を受け取り読んでみる。

 赤文字がなんか不気味だ、しかもひらがなばかり。

 所々カタカナもあるが使いどころがおかしいな。


「んーと、ゆうしゃさまにこれいじょうちかづくな? ちかづいたらぜったいにこうかいさせてやる、ゆうしゃさまはわたしだけのもの、ちょうしにのったらころすころすころすころ……」


 文章の残り半分はびっしりと『ころす』という文字で埋められていた。

 残る四枚も『ころす』で埋められている、ああ……やばい。

 これを書いた人物は相当病んでる。でも勇者様って単語は、異世界の住民しか使わない。

 ……ぱっと思いつく人は一人。


「だ、誰かに相談は?」

「君が、初めて」


「これって、いつから?」

「数日前から、一枚ずつ」


 おいおいストーカーにまで発展してるんじゃないのこれ。


「……知り合いに刑事がいるんだけど、相談してみよっか」

「お願い、する」


 比較的口数が増えてきた。

 俺には気を許してくれたとかそういうちょっとした仲の発展ではなかろうかこれは。だとしたら嬉しいね。

 いやそれよりこの手紙を送った主について考えよう。

 ……いきなり殺しにやってこないよな?

 手紙の内容的に、ここから徐々にエスカレートしていくという可能性もある。


「い、一応そこのヌンチャク、いる?」

「いる」


 管理人さんから頂いたヌンチャクをとりあえず苑崎さんへと渡す。

 そのままずっと持っていてもいいんだよ。俺には使い道は何もないから。

 たまに某カンフー映画みたく振ってみたもののヌンチャクは俺の顔面をヒットするだけで使いこなせなかった。

 剣ならまだしもヌンチャクは流石の俺でも使えない。


「ちょっと電話するね」


 こくりと頷く苑崎さんは、ヌンチャクを手にしてそれなりに構えていた。

 ジャージ姿というのも、某映画のような雰囲気に似ていてこれはこれで……いいね。

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