第18話.魔物対策組織

「後片付けは任せておいてね~」


 管理人さんは箒を持ち出しながら瓦礫へと向かうがそれで片付けはできるのだろうか。

 いや、あの人ならできそうな気がする。


「後は指揮を任せてもいいか?」

「いいわよ石島君、ちゃんと周辺規制も済ませてるから安心して。あと帰りのルートは車の中にあるからそれ見て帰ってね~」

「助かるよ」


 現場には極力いてはいけないというのも、大人の事情が絡んでいる。

 今回設立された魔物対策本部では、俺は参加していないことになっている。

 今はなるべく俺の存在は隠すらしい。大人の事情は色々と大変だねえ。

 帰りのルートは警察、それにマスコミと遭遇しない道であろう。カモフラージュのために一般車での移動だが、この送迎はちょっとしたVIPになった気分。


「どうだ、うちの班の奴らは。資料集めから機材集め、現場の援護に不満は?」

「特にないですよ、おかげでやりやすかったです」

「九人しかいないが優秀な者達で構成されたからな。俺は現場に出るより君の補助専門だ」

「俺としては石島さんがついていてくれればそれだけで気が楽になるからいいですけどね」

「それは嬉しいね、それと君から聞いてまとめた資料によれば今回のが……リデオルだったか」

「はい、普通のリデオルよりも一回り大きかったかも」

「資料のおかげで誘導もやりやすかった、感謝するよ」

「あ、そうだ。てるてる坊主に関する情報は出ました?」

「いいや出てないな。魔物が増え始めたのはもしかしたら奴が撹乱のためかもしれない。仕掛けるなら近いうちだと俺は推測している」


 ……撹乱、か。

 しかし――


「しかしそのてるてる坊主とやらの目的に対して行動が曖昧だな」

「ええ、俺の周りから攻めるとか言ってたけど、それにしては……」

「君の疲弊を狙うにも魔物の出現頻度も間が開きすぎている、何を狙っているんだ奴は……」


 俺に関係する人物を狙ってくるならまだしも。

 ただ魔物を出してもこれでは世間を騒がせるだけだ。

 もしかしたら俺達の知らないところで大きな計画が動いている?

 俺を狙うように見せかけて、何かしようとしているのであればその探りもいれなくては。


「奴の捜査もしているが目撃証言の一つもなくて正直行き詰っていてな……」

「多分魔法技術に長けた人物でしょうから、姿を隠すのは容易かと」

「魔法、か。この世界でそんなものが本当に実現するとはな」


 異世界ならば日常茶飯事、この世界ならば異常事態。

 大きな差異だ、この世界で魔法師達が手品だと言ってショーに出ればたちまち大人気間違い無し。

 ん? 待てよ?

 俺も魔法は使えるし、これは……俺も手品師になるべきか!? 一攫千金チャンス到来? ちょいと考えておこう……。


「魔物の発生源も突き止めねばならんし、やることが山積みだな」

「俺もできるだけ手伝います」

「いや、君には魔物討伐のみに専念してもらいたい。マスコミにでも嗅ぎつけられたら君の生活が大きく覆ってしまうしな」

「異世界から戻ってきた勇者、この世界で魔物を討伐していた! とかいう見出しになりますかね……」

「そうなった上に君が街中を歩けばマスコミが取り囲んで普通の暮らしができなくなるだろう、彼らは話題さえあれば個人の生活がどうなろうとお構い無しだ」

「くっ……それは嫌ですね……」


 ゲームソフトくらいゆっくり買わせてもらいたいし。

 ラーメンを食べに行く時もついてこられたらたまったもんじゃないな。


「マスコミに情報が漏れた場合を考慮して、警察内には魔物は突然変異の類という事にしている」

「異世界の話は出来るだけ隠す方針ですか?」

「君も国のお役人に長々と異世界の話を説明するのは嫌だろう?」

「それは……はい、そう、ですね」

「時が来ればいずれ……だが、今はこうしておいたほうがいい。事態があっけなく終息する可能性だってあるしな。その場合は世間にも有耶無耶にできるし君も普通の暮らしに戻れる」


 別に普通の暮らしに戻れなくたって俺は一向に構わない。

 こうして頼られる事は、とても嬉しいんだ。

 異世界ノリアルにいたあの頃のように、誰かに頼ってもらう事で自分の存在価値が見出せているような。

 ……俺って、不器用な人間かもしれない。

 自分から進んでいく事は苦手だけど、誰かに手を引いてもらって、一度でも頼ってもらうと体がぐいぐいと動いてしまう。

 願わくば、こんな日々が永く続きますようにと――罰当たりな願いだなこれは。


「あっ、そういえばこの前の……筋者の方々のほうは?」


 ふと頭の片隅に、密かに抱えていた不安の一つ。

 アパートに押し寄せてきたりしやしないだろうか、それは大丈夫か……管理人さんがいればなんとかなりそうな気がする。


「それなんだがな。あれからまた調べはしたんだがどうも目をつけていた組のほうでトラブルがあったらしい」

「ええっ? トラブルですか、その、組同士の抗争ってやつです?」

「そこはわからんが、組の連中が何人も入院していてたよ。撃ち合いではなく殴り合いのようだった。奴らの隠していた地下室で檻を発見したが、中には何もいなかった」

「いなかった……? 逃げ出したんでしょうかね?」

「かもな、もしかすればそいつが今回現れたリデオルだったのかもしれん」

「なるほど……それも考えられますね」


 けれどあのサイズの魔物を地下室へ運び込むのは難しいような。

 地下室や檻、現場の状況を見てないからなんともわからないねこれは。もしかしたらリデオルじゃなくとも小物の魔物を捕らえていて彼らの手に余っていたのかもしれないし。


「こちらとしては勝手に自滅してくれて大助かりだ。組も暫く機能しないだろう。まだ油断はならないが、まあ組のほうは一応解決だ」

「それは良かったです」


 どうであれ一つの不安が取り除かれたのは嬉しい報告だ。


「それとだな。君が班に加わる上で君のご両親とも話をしてきたんだ」

「親父達に……?」


 半ば勘当されたも同然で、今は俺をどう思っているのやら。

 姉ちゃんはきっと定期的に連絡はしていただろうから俺の今の生活はある程度は把握しているんじゃないかな。


「異世界の話にはご両親はやはり半信半疑でね」 

「そりゃそうでしょうね」


 イグリスフは両親に見せてはいない。

 いつか見せるべきなのだろうけど。

 

「魔物達の写真を見せてようやくといったところだ。そして君が魔物を倒せるという話をしたら怒鳴られてしまったよ、息子を危険な目にさらすのかと。私も危険を承知で君に協力を求めている悪い大人なのは自覚している」

「いえそんな、俺は自分の意思で協力しているんですから」


 でも親父が俺のためを思って怒鳴ったなんて意外だった。

 親父はすごく頑固だから、連絡も一切無かった。俺なんかもはや何をしていようと関係ないという姿勢だと思っていたんだけど。


「そのうち両親と話もしたほうがいいんじゃないか」

「……そうですね」

「ご両親にはまた少し説明をしに行くつもりだ、君から何か伝えてほしいことはあるかい?」

「んー……元気で、ええ、元気でやってますと。後は……落ち着いたら自分から言いに行きますよ」

「そうだな、それがいい」


 親父達の顔が浮かんで少し目がうるっとした。

 っと……資料にでも目を通そう。


「……魔物対策組織、かぁ」


 車内で受け取った資料は何十にのぼるページ数だった。

 今俺が所属している組織について記されている。

 所属、といっても表向き俺は討伐組織にはいないことになってるんだけどね。

 凶悪な魔物を倒せれば報酬にも色がつくし、街も平和になる。

 俺の正体だけは知られないように隠密に動くこと、と。

 なので飛鳥にはイグリスフは見せちゃ駄目だし、勿論お隣さんに事情を説明するのも駄目。

 俺の事情を知ってるのは家族くらいか。


「妙なことになっちゃったなあ」


 妙なこと、といっても。

 二年前から非現実ばかりだったし、今更だよな。

 暫くは魔物討伐に専念しながらてるてる坊主の捜索、そして目的がなんなのかはっきりさせねばならないが、いやはやしかし。

 つい最近までただのニート生活をしていたってのに、まさか魔物を狩るような生活を送る事になるなんて思いもよらなかったな。

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