第16話.意外と喋る
数件程度ではあるが、街でまた魔物が現れ始めた。
下級の小物ばかりだったようで銃で対処できたらしいが、一番の問題はやはり噂やネットでの拡散だ。
マスコミも食いついて魔物の存在が世間に広まりつつある。
今や街中での話題は――突然変異! とか――魔物の出現! 勇者も現る!? なんていうニュースで持ちきりだ。
「突然変異!」
「あっ、はい」
飛鳥がやってくるや、開口一番にその話ときた。
そういえば今日は土曜日、学校も休みなんだよな。
「って、何してるの?」
「一人将棋だけど」
「一人将棋……」
なんか気まずそうな表情をされた。
ゲームばかりやってるのもなと思って将棋セット引き出したのはいいんだけど対戦相手がいないんだからしょうがないじゃないか。
今のところは俺が有利だぜ。
――俺も負けてないけどな。
俺のほうはきっとこれから飛車を使って攻めるんだ。
――俺はそれを銀を使って守る予定だ。
「そんなくだらないのは置いといて、今日のニュース見た?」
「くだらない言うな!」
「実際どうなのかしらねあれ。今やCGとかでもなんとかなるしニュースでやってるようなのってちょーっと信用ならないのよね」
「わかる」
俺の一人将棋がさらっと流されたのは不服だが。
しかも片付けられてるし。
「このご時勢に剣を使って魔物を倒す奴もいたらしいわよ。ファンタジー世界から飛び出したんじゃないんだから、不自然もいいとこよね」
「そ、そうだよなあ……」
剣を使った人物が目の前にいるんですがね。
やはり魔物絡みはどうしても目立ってしまう。
どこから話が漏れたのかも大体見当がつく、最初の戦闘も多くの人々に見られていたのだ、人の口に戸は立てられん。
そんな中でまた魔物騒動となれば、みんなが調べて行き着く先はこの前の俺と魔物との戦闘ってとこだろう。
不特定多数の目撃者とネットには情報規制はどうしても難しい。
「ていうか引っ越したっていうから来てみたら思った以上に普通ね、むしろちょっとボロい? 設備はよさそうだけど」
「設備はいいよ、すごくいい」
窓なんて防弾仕様なんだぜ。
見た目はボロいかもしれないけど多分そこらのアパートよりここは比べ物にならないくらい充実した設備だよ。
「ニートのあんたが一人暮らしって大丈夫なの?」
「そこらは大丈夫だ。色々と、つてがあって」
「すねかじり虫~」
「お○りかじり虫みたく言うのやめて」
飛鳥は座り込んではちゃぶ台をとんとんと叩く。
何か飲み物が欲しいらしい。仕方ない、安い茶を出そう。
「でもいいわね一人暮らしって、憧れるわ。あんたのニート生活は憧れないけど」
「一言多いよ君」
いびりにきたのかね君は。
ここも教えてないはずなのに、情報源は姉ちゃんからか?
「ねえ浩介、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「何?」
「あんた私に何か隠してない?」
やっぱり俺のこれまでの生活の流れからして不自然さは感づいてるよね。
「べ、別に何も隠してないけど……」
「だってニートがいきなり一人暮らし始めるのはおかしいっしょ。あんたのお姉さんも簡単に許可をするはずもないし」
説明したくとも一般市民には俺の抱える事情は内緒にしておかなくてはならない。
いつかは言わなければならなくなるだろうけれどさ。
「これはだな、姉ちゃんが俺に一人暮らしをさせて自分で家事がちゃんとできるかの試練も兼ねててね」
「嘘くさい」
この話はできれば広げたくないのだが。
飛鳥の眉間のしわは深くなるばかりだ、疑念を晴らすには何が必要なのだろう。
「ああそうだ! ホットケーキでも食べる? ほら、三時のおやつ!」
多少強引ではあるが。
晴らすより誤魔化す方向へと、試みてみる。
俺はすぐに台所へ。姉ちゃんが一袋分けてくれたのがあったんだよね、食べる機会が中々なかったが利用させてもらおう。
「……」
ただ背中に痛いほどの視線を感じる。
今日はいい天気だね~とか、学校はどうだった~? なんて世間話を振りつつホットケーキを作るとした。
甘いものを提供すればきっと心も和らいでくるだろう。
出来上がり、飛鳥にご提供したところで――ノック。
おや、これはまさか。
「はいはいー……ってやっぱり君か」
「……」
鼻をすんすんと鳴らしている。
ホットケーキの匂いに釣られたのかね苑崎さん。
「食べる?」
即座に頷き、そこはかとなくいつもとは違った陽気な歩調で彼女は部屋へ入っていく。
甘いものは特に好きなのだろうか。
「え、何この人、いきなり隣に座ってホットケーキ凝視してる」
「隣に住んでる苑崎葵さんだよ」
なんだろう、このやり取り前にもあったような。
「苑崎さん、彼女は夏添飛鳥、俺の幼馴染だ」
「す」
会釈をする、飛鳥も釣られて会釈を返した。
俺は苑崎さんの分のホットケーキを出してやり、三人でいざホットケーキ。
「ふ、ふぅん……早速お友達になったわけ?」
「付き合いは大切だよ」
「付き合い!? つ、付き合いって何!?」
「いや、お隣さんとの付き合いは大切じゃん?」
何興奮してるんだお前。
「あ、はあ。そういうこと」
「どういうこと?」
「なんでもない」
飛鳥は苑崎さんをじろじろ見ながらの食事。
見られていてもまったく気にせず彼女は「す」と一言呟いてホットケーキを只管に食べていた。
苑崎さんはナイフとフォークを丁寧に、そして背筋を伸ばした綺麗な姿勢で使っていた――まるでお嬢様のような品格すら感じられる。
「こういうの、いつもなの?」
「前に一度あったけど、それが?」
「そう」
毎日何をしているのかは不明だが彼女が人畜無害なのはわかる、むしろ和む。
しかしホットケーキを食べるだけなのに、飛鳥はどうして重たい雰囲気を纏っているのやら。
そんなに警戒心を強めなくてもいいのに。
「他の住民ともこうした付き合いを?」
「いや、他の人達は……ないな」
正直苑崎さん以外の住民とまだ一度も顔を合わせていない。
時々物音がするから誰かが住んでる気配はあるのだが。
管理人さん曰く、外国人が一人住んでるとかなんとか。
「じゃあこの人と、こうやって一緒に食べる機会が、増えるわけだ」
「ん~そうかも」
俺は俺で一人で食べるのは寂しいから苑崎さんが来てくれれば嬉しいよ。
料理を作る楽しさと、食べてもらえる幸せ、そういうのもあってね。
「あんまりよくないと思うなあ」
「え、なんで?」
「だって……いやー、なんと言えばいいのか。男と女、同じ部屋で、ね?」
頬を朱に染めながら言う飛鳥。
言いたいことは、伝わってくるが、そのだな……そういうのは無いぞ。
苑崎さんはホットケーキを食べ終えるや、腕を組んでなにやら考え始めた。
新たな反応を示している、どうしたのだろう、ホットケーキ、まずかった? いやでも綺麗に食べ終えているからそれはないか。
相変わらずの無表情で何を考えているのかわからないな。
「苑崎さん、どうかしたの?」
「思考――」
「そ、苑崎さんが喋った!?」
「驚くのそこなの? この子今まで喋ったことなかったの?」
一応はあるが、「す」くらいでまともに喋ったのは初めてのことだ。
おっと、苑崎さんが喋るタイミングを見逃してしまう、ここは口を閉ざしておこう。
「……思考が」
あ、仕切りなおした。
「思考が?」
「やらしい」
飛鳥を見て、彼女はそう言い切った。
「や、やらしいって……」
「思考が、えっち」
「い、いきなり何を言うのかしらぁ?」
飛鳥の声が震えている。
怒りがすごい勢いで蓄積されているのが分かる。
冷や汗が出てきた、願わくばこのまま何も起きなければいいが。
「えっち」
「そ、それは……で、でもおかしいじゃない! 一人暮らし始めてまだ間もないってのにあんたは普通に上がりこんでるし夕飯食べるんでしょ!? となれば……」
「となれば、私は、彼と、性行為を、すると?」
「せ……な、長くそんな付き合いしてたら、そういう関係になるかもって!」
「そういう関係になったとして、お互い了承の上の、付き合いとなる。ならば、貴方に何の問題が?」
意外と喋るのね君。
話の内容よりそこが今の俺は驚いてるよ。
「うぐっ……。こ、こいつはニートだし、勢いでやっちゃうような野獣かもしれないわよ! めちゃくちゃにされるわよ! やばいわよ!」
「君は俺を普段からどう見てたの?」
俺はそんなに危険な男ではないよ。
「別に、構わない」
「は?」
「……す」
苑崎さんは最後にそう言って、きちんと食器は片付けて部屋を出て行った。
「……」
「……」
何この気まずい空気。
「あの」
「何!!」
そんな鋭い視線で睨み付けないで。
「俺、そんな勢いでやっちゃうような野獣じゃあないんだけど」
「知ってるわよ!」
「えぇ……?」
ホットケーキを鬼面顔負けな表情で食べる飛鳥。
それはそんな表情で食べるものじゃないと思うなあ。
「じゃあ、帰るから!」
「お、おう……」
苑崎さんのあの言葉。
別に、構わないって……いやいやいや俺は何を!
「もしかして意外と彼女に気に入られてたのかなあ」
なんて。
思い上がるのは、やめておこうか。
うん、そうしよう。それにしても飛鳥は結局何しに来たのだろう?
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