第15話.マッチョとフェイのその後②

「暗いわ、確かすいっちとかいうのが光を作るんだったわね」


 スイッチを探す。

 こういうのは入り口近くにあったわよね、私の部屋もそう。

 壁を触っていくと何かに触れた、これね。

 パチンとした音と共に室内は光で照らされる――


「……鉄の檻?」


 中央には鉄の檻が置かれており、他は一切なにもない空間だった。

 檻の中には魔物がいる、魔力の正体はこいつね。

 この世界に魔物がやってきているという事実が今、はっきりとした。


「ロドリヴァ……ね」

『――うちの組員によくも手を出してくれたな、おい』

「……この声は?」


 どこから流れてるのかしら。

 居酒屋マッチョではスピーカーというものから音を流してたけれど、ここにもあるのかしら。持って帰って調べてみたい。


『そいつぁようやく捕まえた化け物でよお、餌は何を食うのか知らんが人間も食うんだろうなあ』

「食べるわよ」

『なんだ知ってんのかこいつを、なら手っ取り早い。お前には餌になってもらうよ』


 檻がゆっくりと開けられていく。 


『あの筋肉野郎も話をつけたらこいつに食べさせてやる』

「ふーん、できたらいいわね」


 指の骨を鳴らして手首の運動。

 どれくらい殴ればこいつは倒れるかしらね。

 普通の人間に捕まるくらいなのだから大した力は無いでしょう。

 地下に長らくいたとすれば、魔力の供給も十分じゃないはず。


『ぶち殺せ!!』


 男の声と同時にロドリヴァが動き出す。

 狭いんだから手を振り上げないほうがいいわよ。

 案の定、ロドリヴァは天井に手をぶつけ、私はため息をついた。

 知能の低い魔物を差し向けられてもねえ……。


「馬鹿にされてる気分」


 ロドリヴァは仕切りなおして再び攻撃を仕掛けてくるが、先ずはその右手を全力で殴って反対方向に曲げるとした。

 脆い、とても脆いわ。


『はぇっ!?』

「私を殺したいなら上級ロドリヴァ十体くらい連れて来ないと」


 ロドリヴァの頭上まで跳躍し、かかと落としをお見舞いし、そのまま床へと振り下ろした。


「ああ、しまった。やりすぎたわ」


 今は腕力増強を付与しているんだった。

 頭部は完全に破壊された、もう動けまい。ロドリヴァは両手が痙攣し、次第に動きが弱々しくなっていっていた。


『ちょ、ちょっと……』

「うーん、期待外れ。まあでもロドリヴァ程度でもこの世界に来れるならある程度ノリアルとこの世界の行き来はしやすくなったと考えるべきかしら」


 小物の魔物ですらこの世界に来れているのならば召喚や異世界移動魔法を使わずとも、行き来できる穴があると見ていいわね。

 その点も調べておきたいわ、今はエヴァルフトしか帰る方法を知らないからね。

 とはいえ私も移動魔法は齧っていたから、独学ながら使えそうな気はする。


『ぐ、せ、折角手に入れたのに、なんてことするんだ! ただじゃおかんぞ貴様!』

「魔物に健気な少女を襲わせといてそれ言う」

『お前のような奴が健気なわけあるか! その華奢な体からなんであんな力が出るんだ、ゴリラか貴様!』

「ごりらってのがよくわからないけど、すごく失礼なこと言われてる気がするわ」


 勇者様も私の事をめすごりらと一度言っていたような。

 後でこれも調べてみよう、パソコンという、すぐに調べられる便利なものがあるらしいから。


「あんたは放っておくと迷惑かけてきそうだから今そっち行くわね」

『え、ちょっ……』


 は面倒だし、腕力増強が続いているから天井をぶん殴って一階へ。

 さっき倒した奴らが吹っ飛んじゃったけど気にしないでおこう、私に襲い掛かった罰よ。


「上も吹っ飛ばして……いえ、何があるか分からないわね。階段を使おう」


 吹っ飛ばしたおかげで棚やらも結果的によせられた。

 二階に上がると扉は一つ、開けてみよう。


「……ここにはいないようね」


 組員達は普段ここにいるらしい。

 ソファや机などが置かれており、灰皿にはあの臭い匂いを放つものがあり、煙を漂わせていた。

 となれば、声の主は消去法で三階になるわね。

 油断せずにいきましょう。窮鼠猫を噛む――マッチョから借りた本にそんな文章が載ってたわ。

 三階に行き、扉を開けると同時に、私の頭部めがけて何かが振り下ろされた。

 刃だ――けど遅い。

 指で挟んで止めた、毒は塗ってないわね。


「ぐぐ……一体、何者だてめぇ……! ただの店員をさらったって聞いたんだぞこっちは!」


 鬼気迫る表情でいるが、彼にはこれが全力なのだろうか。

 この世界の剣は細いけど刃の具合からしてよく斬れて頑丈そう。

 確か……刀というんだったかしら?

 私は自動防御に加えて防御力増強も発動するようにしているから斬れるかどうか怪しいけれど、刀のすらりとしたその見た目は、美しいものね。


「今や組が壊滅の危機だ、どうしてくれる!」

「そもそも私を襲うのが間違いよ、自業自得じゃない?」


 こいつがここを仕切っているようね。

 刀を引いて距離を取ったことから戦闘経験も豊富。

 体つきは服の上からではわからないけどそれなりには鍛えているようね、たださっきの一振りから剣術は得意ではなさそう。

 技術の感じられない、一振りだった。


「お前が何者は知らねえがこいつをぶち込めば死ぬだろ!」


 懐から銃を取り出してきた。

 ためし撃ちしたから性能はもう理解してる。

 男が向けている銃口から弾道を予測、速度は私なら目で捉えられる。

 発砲音と同時に、指で弾を挟んだ。


「熱っ」


 ぎゅるると回転していた。

 摩擦で熱いわ、次からは素手で挟まないようにしなくちゃ。


「えぇ……いや、えぇ……?」


 彼は何故言葉を失ってるのかしら。


「ちょっと。魔力で強化してなかったら火傷ものよ。熱いじゃない」

「こ、この、化け物がぁぁぁあ!」


 連発してくるのかしら。

 別にそれは構わないけど、念には念を入れてここは魔力をもう少し練るとしよう。

 二発目、三発目は掴まず、手の甲で弾きながら私は距離を詰める。

 男の持っている銃を取り上げて、


「えいっ」


 ビンタ。


「ひぇっふ」


 魔力込めてたから、最小限で叩いたけどそれでも強すぎたわね。

 男は壁に叩きつけられてそのまま気絶した。

 ……弱い、少しは骨のある奴かと期待した私が馬鹿だったわ。

 マッチョ店長が来るまでどうしよう、てか早く店に戻らないと心配をかけてしまうわ。


「おーい、起きてー」


 こいつを起こそう。こういう時は水をかけるのが一番だ。

 あら、いいものがあるじゃない。店にもあったわね、一升瓶というやつ。

 彼に中身をぶちまけて起こすとする。はあ……お酒の匂いが強烈。


「ぶはっ、へあっ!?」

「起きた?」

「あ、あぁ……」

「ねえ、そろそろ店に戻らないといけないし、こっちはこっちで用件は済んだから行っていい? あとまた店に迷惑かけにきたら今度はこの建物を跡形も無く潰すわよ」

「は、はい……ど、どうか、命だけは……」

「まあ店長次第で私はあんたたちとあんたの上にいる連中全部潰してもいいけど」

「そ、それだけは……!」


 闘争心というものがこの世界の男達には欠けてる。

 すぐにひれ伏すなんて情けない、あの勇者様のように強者に立ち向かう強い心をこの世界の男達は持っていると思ったのだけど。


「布栄くーん!」


 あら、マッチョ店長の声が聞こえるわね。

 どたどたと階段を駆け上がってくる、足音だけで店長だと認識できる。


「だ、大丈夫かい布栄君!」

「フェイですけど」


「大丈夫そうだな! なんか皆倒れているし、逃げるなら今のうちだぞ!」

「逃げる? 普通に帰りましょうよ」


 逃げる必要なんてどこにもない。

 こいつは武器も手放して降伏状態だし。


「あ、あの、すまなかった、うちも出世で焦って、ちょいとあんたの土地が手に入れらればと思って……だけど、もう手は出さねえから勘弁してくれぇ!」


 ほら、これですよ。


「何があったのかよくわからないんだが……」

「店長、彼らはもう迷惑かけないってことらしいです」

「どうしてそうなったんだい?」

「さあ?」


 店長は困惑して私と、未だに土下座している男を交互に見た。

 私は別に何もしてないわ、ただビンタしただけで。


「私としてはありがたい話だ。あの土地だけは父との思い出があってね、今回のような件にならないようにしてもらいたいのもあるし、貴方達が困っているというのならば他の土地でお互いに話し合うのもいいかもしれないが……」

「そ、それは、その、ま、またお話が出来る機会があったら是非、あの、今回は行き過ぎた行為、どうか見逃してくれ……」


 大の大人がこうして頭を下げてるのを見てると気まずいわね。


「あんたも人が悪い……こんな奴、引き入れてるなんてよ……」

「うん? まあな、うちでよく働いてくれる笑顔が素敵な子だ!」


 妙な行き違いを感じるわ。

 そうして、一応? 一件落着。

 魔力の源のほうも突き止められたし、久しぶりに戦闘が出来て楽しかったわ。

 すごくすっきり。


「すまなかったね布栄君」

「いえ、別に」


 もうふえいでいいわよ。


「私もね、父が資産家で土地に関する交渉がたまに来るのだが、まあこの手の方々もやってくるわけでね。互いに利益になるような、皆が幸せに、そして笑顔になるようなものであればいいのだがね。今回は、自分勝手ではあるが、私が笑顔になれなくて話を断り続けていたんだ」

「いいんじゃないんですか。いつも笑顔の店長が笑わなくなったら逆に不気味ですし」


 店長はいつも笑顔を崩さない。

 そのおかげでみんなの士気が高まっているのはよくわかる。

 人を引き寄せる魅力がこの人にはある、それは笑顔ありきで発揮される魅力だ。

 その他には、筋肉面としての魅力? そちらの魅力については未だに掴めていないけれど。


「どうしてこうなったのかはわからないが君が何かやってくれたくらいはわかる、ありがとう……心から感謝するよ。今日は大変だっただろう? もうあがっていいよ」

「いえ、ちゃんと仕事はします。別に怪我とかしてるわけじゃないですから」

「ほう。君はやはり他の女性と少し違うね、どこかこう、心の強さとか、人と違う強さが感じられる。ふふっ、私でも敵うかどうか」


 人を見る目も店長は素晴らしいわね。

 しかしその鍛えられたこの肉体に魔力を宿らせたら一体どれほどの破壊力をもたらすやら、私の好奇心をくすぐらせるわ。

 異世界で魔力について一から学ばせてみたいわ、きっと国を守る部隊長になることは間違いないわね。

 けれど、この世界では魔力は神なる存在によっての付与でしか使う事は出来ないのよね確か。

 残念だわ、本当に。


「では仕事をしようか! 今日もお客様の笑顔を見なきゃね!」

「そうですね、店長の笑顔には敵いませんが」

「いやあ嬉しいことを言ってくれるねえ! 私もよりいっそう笑顔で、よりいっそう筋肉を鍛えたくなったよ!」

「筋肉はもう十分では?」


 謎のポージングをした途端にそのタンクトップ、ちょっと破けましたよ。

 店に向かう中、もう一度だけ事務所のほうを向いた。

 この世界に魔物がやってきている――この情報を得られたのは大きい。

 勇者様に会って話をすべきよね、何かが起きているのは確かだわ。

 セルファ様も来る事だし、場合によっては事態が急変する可能性もある。

 当初の目的はセルファ様との合流だったけど、あの方が来るのはまだ先――ならば一旦勇者様を探そうかしら。


 勇者様の名前……なんだったかしら。


 こーすけ、確かこーすけだったような。

 クズ……クズはこーすけ、とかだった気がする。

 情報は少ないけど、探してみよう。


「セルファ様、色々と病んでるから何を仕出かすやら……」


 その後、私はぱそこんでごりらについて調べ、勇者様に会ったらとりあえず殴ろうと決心した。

 誰がめすごりらだ。

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