第14話.マッチョとフェイのその後①
時間軸のずれ具合の感覚を最近は調べていた。
ついでによくわからないマッチョと共にバイトをしていたわけだけど、おそらく数日ほどのずれがあると思われる。
セルファ様が先に来ているとすれば私への接触を試みるはず。
しかし一向に音沙汰がないあたりからして私が先に到着した可能性が高いわね。
合流できるまで私はどうするべきか。
一先ずこの世界での基本的な生活について調べるべき、かしら。
この世界ではお金が重要だ、それは私の世界でも変わりはないが物々交換というのはやっていないようね。
小銭と言われるものからお札と言われるもの、この世界では紙幣のほうが高価なのね。
五百円玉といいうのは銀貨と思えばいいのかもしれない。
この一円玉も重要、と。
「一円玉を笑うもの、一円玉に泣く、ね」
小銭は全て大切、心に刻み込んでおこう。
この世界のお金は奥深いわ。
「やあ! 休憩時間中にダンベルよりも一円玉かい!? ダンベルは自由に使っていいんだ、遠慮せずに!」
「遠慮します」
相変わらずマッチョは筋肉を鍛えることしか頭にない。
店長――
本人曰く自分の筋肉に似合う名前を付けてもらったとかよくわからない事を言っていた。
この世界の感性は奥深いわ。
店員達曰く魅鶴来さんは筋肉業界でのシ○ワちゃん的存在、らしい。
シュ○ちゃんとは何なのか、そこから教えてほしかったけれど多分知ってもあまり意味はない気がするわね。
ともあれ。居酒屋マッチョで働き始めてから魅鶴来さんの居候でなんとかやりくりして数日が経過した。
時々魔力の気配を感じるけれど、この世界にも魔物がいるのかしら。
気になるわね、そのうち調べてみようかしら。
昼間は時間があるけど、たまにジムとやらに来ないかと誘われる。
嫌な予感しかしないから断っている。
「さて、頑張りましょうか……」
休憩を終えてまた仕事へ。
私は一体何をしているんだと最近たまに思う、けれどこれもこの世界を知るためだと割り切っている……つもり。
「――おい、お前、店長はいるか」
「店長ですか。いかがなさいました?」
休憩室から厨房へ向かう途中、黒服の男二人が入ってくるや、声を掛けられた。
言い方には優しさが感じられない、私の受ける印象は悪い。
店長を指名してきたけれど一体何の用かしら。ここを利用しにきた雰囲気ではないわね、もしかしてこの人達もマッチョ志望?
「いいから呼んでこい!」
「お客様、店内であまり声を荒げないでください。他のお客様のご迷惑になります」
店内がざわつき始めている。
いけない、この人達を店内に置いとくのは悪影響を及ぼしてしまうわ。
「まあまあお話は外で」
強引に二人を外に連れ出すとした。
お客様の貴重な食事時間が彼らのせいで台無しになってしまう。
「なんだてめぇ、この前はいなかったよな」
「お前で話はできるのかよ、ああ?」
片方は貫禄があまりない。
金髪だけれど別大陸の人間ではないようね、髪をただ染めているだけ――であれば見かけに迫力を添えての威圧担当ってとこかしら。
こいつは多分この男の部下か何かね。
「なんの話をですか?」
睨みつけてくる、どの世界もごろつきは同じなのね。
「ふんっ、あの野郎……店員には自分の話はあんまりしてねえみたいだな」
「というと?」
「あいつは土地やらビルやら持ってる金持ちなんだぜ? それである土地を譲ってほしいんだがねえ。中々首を縦に振ってくれねえの」
よくわからないけど店長はマッチョ以外にも何かすごいものがあるのかしら。
マッチョは地位が高いのかもしれない、マッチョ貴族的な感じかしら。
この世界のマッチョ、油断できないわね。少し軽く見ていたらしいわ。シュワちゃんというのも調べておこう。
「それでお店まで来たと」
「そういうこった、そうだ嬢ちゃん、折角だからちょいと事務所行こうや。あの野郎も来させてやる」
私を餌にするつもりかこいつらは。
随分と舐められたものね、私のいた世界ではそんな態度をする輩はいなかったわよ。
「いいもんも手に入れたしな、あいつと遊ばせてみてえな」
「それいいっすね、兄貴」
「いいもん?」
「嬢ちゃんには関係ねえよ」
関係ありそうなのよねえ。
こいつらから魔力が微量ながら感じられる。
付着しているだけの残滓――宿っているわけじゃない。魔物に何かしら関係しているようね、ついていってみようかしら。
仕事を抜ける羽目になるけど、今日は人数が多い。私が少し抜けても問題は無いでしょう。
「まあいいです、さっさと行きましょう」
「物分りがいいじゃねえか、ほら、車に乗れ」
「これが、車……」
黒塗りで艶やか、高級車というものね。
助手席に乗り込んだものの煙臭さに歓迎された。
こいつらの吸っているものは葉巻とは違って匂いが独特。確か煙草というものだったわね、私はちょっと苦手。
座り心地のほうは悪くないわね。
どうやって作ったのかしら、一台異世界にわけてもらいたいわ。
走行中も振動は少ない、何を原動力として走らせているのかしら。
この辺りは勉強不足だったわ、あとで調べてみよう。
移動中にごろつき兄貴が店長に連絡をしていた、あのすまほというのは本当に便利ね。魔法を使わなくても遠くの人と連絡が取れるなんてある意味魔法だわ。
それにしても、店長ならこいつらを倒せそうな気がするけど、この世界は別の強さが必要なのかしら。
見た目的な強さからすれば店長のほうが強いと思うのだけど。
「随分と落ち着いてるなあ嬢ちゃん」
「落ち着きのなくなるような要素がおありで?」
「……大したタマだよ」
「女なので玉は無いですが」
「そういう話じゃねえし下ネタをそんな自然と口にすんなよ」
事務所に到着した。
三階建てだ、私の住んでるマンションより低いわ。それになんだか石の箱みたいで見た目はお洒落な雰囲気も削がれている。
ひょっとしてこの人達貧乏なのかしら。
魔力はこの事務所の真下あたりから気配がある、地下があるようね。
「ほら、入りな」
中に誘われるも私はごろつき達を無視して地下の道を探すとした。
一階は物置にしか見えないけど、どこかにあるはず。
「おい勝手にうろつくな!」
「ちょっと黙ってて」
「なっ、えっ――」
腕を取って、男を思い切り投げ飛ばす。
後ろからいきなり乱暴に女性の肩に手を触れるなんて野蛮な行為をした罰よ。
「何の音だ!」
ごろつき兄貴もやってきたら探すの面倒ね。
二人とも黙ってもらいましょうか。
物陰に隠れながら、様子を伺うとしよう。
「あのアマ……」
ここは隠れる場所が多い。整理を怠ったのがよろしくないわね。乱雑に寄せられた棚やテーブルは死角をいくつも作ってくれている。
ごろつき兄貴は今頃部下を見つけたとこでしょう。
金属音がかすかにしたけど、何を取り出したのかしら。
剣? いえ、あんな薄い生地を使った服の中に隠せるのは小剣くらいね。
銃はどうなのかしら。
この世界の銃がどれほどの大きさなのか分からないけど、あの服の中に隠せるような小さい銃があったのだとすれば厄介ね。
場合によっては、そう……魔法を使わざるを得ないわ。
「出てこい! 悪いようにはしねえからよぉ!」
あ、いいものを見つけたわ。これ、いいわね。
手に収まる握りやすい大きさの像、猫っぽい気はするけど可愛らしさはあんまりないわね。
魔力を練り、腕力を少し上げておく。
――腕力増強。
物陰から奴の位置を把握する。
背を向けているがそれでは駄目ね、立ち上がってわざと物音を立てるとしましょう。
「そこか!」
「ええ、ここよ!」
同時に像を男の股間へ向けて全力で投げつけた。
「はふんっ」
見事に直撃した。
男は股間が弱い、そこを狙えば暫くは動けまい。
股間を両手で押さえて男は崩れおちた。
その手からは黒い鉄の固まり――銃らしきものを落としていた。
「……これが銃?」
思ったより小さいわ、こんなので戦えるのかしら。
「ぐ、お、おま……今に、組員が、来るから、覚悟、しろよ」
「え、また増えるの? じゃあ片付けておいたほうがいいわね」
階段からは足音が聞こえてくる――七、八人くらいかしら。
銃を一発だけ、壁に向けて撃ってみよう。
「お、おおっ~……!」
思った以上に衝撃が手首から腕に伝わってきた。
銃弾の速度は中々ね、威力は壁の貫通具合からして、魔力を練っていない人間に当たれば相当なものだわ。
この世界の銃は小さくても強力ね。
でもこれは捨てておこう、私には必要ない。
「なんの音――」
「せいっ!」
「おごぉお!」
最初にやってきたごろつきは魔力を込めた右手で腹部に一発。
この世界では魔力防御も無いから不意打ちは相当効くはず。
「あっ」
勢いついて窓から外へと吹っ飛んでいってしまった。
大丈夫かしら、大丈夫よね。多分、殺してない。
「て、てめえ!」
ごろつきが二人三人と襲ってくる。
ただここは通路、しかも階段を下りたばかりとなると戦闘体勢にはすんなりとは移れない。
横幅も十分ではない、ここの建物は近接戦闘をするにあたって、多人数でかかるには不利となる場所が多いわ。
単体で攻めている私のほうが、先頭からくる奴を捌いていればいいだけだから楽ね。
手前の男が一歩踏み出した瞬間、私は右足の関節部分に蹴りをぶちこんだ。
強制的に膝をつかせて、大男の顎が殴りやすい位置になったので一発お見舞いする。
続く男は懐に手を伸ばしたことから何か武器を所持していると思われる、となれば大男を押して態勢を崩してもらい、飛び膝蹴りで鼻を潰す。
最後に二人の頭と頭をぶつけて、一緒に意識を失ってもらうとした。
「この世界の男共はふがいないわね」
後続はどう動くかしら。
武器を取って戦うにも倒れた彼らが盾になってくれる。無闇には撃ってこないとは思うけど。
「この野郎!!」
撃たずとも構わず突っ込んではくるのね、まあいいわ、後退しよう。
広い空間に移れば彼らのほうに有利が働くでしょうけれど、私としても動きやすい。
あんな通路じゃあ男臭くてたまらないし、何よりここは飛び道具が豊富。
「蜂の巣にしろ!」
銃は厄介だけど、飛んでくる机を跳ね飛ばす力は無いはず。
棚を持ち上げて奴らに投げつける、軽くて投げやすいわねこれ。
「えぇっ!?」
二つ、三つ、四つ。
狭い廊下でばかすか撃ってるんじゃあ避ける場所も探せないでしょうに。
「ちょ、待て!」
「待たないけど」
大きいソファもあった、これも投げておこう。
「まっ――」
廊下はすっかり棚とソファで埋まってしまった。
もし動ける奴がいたとしてもこちらには近づけないわね。
「お、お前……何者、だ」
「あら、股間は大丈夫? あんまり動かないほうがいいわよ、下手に動いたらあんたの股間にもう一発くらわせるから」
「や、やめてぇ……」
最初に股間に大打撃を受けた男はまだ悶絶していた。
邪魔者は片付いた、こいつから話を聞きましょうか。他の人は、ちょっとお話できそうにないし。
「ねえ、ここ……地下室があるでしょ」
「な、なんの、ことかな」
「玉一個なくなってもいい?」
「地下ありますぅ!」
よかったわね、一個でも無くなると大変よ?
「一旦廊下に出て、奥の部屋の、赤い箪笥の下に、扉、あるから……」
「ありがと」
「だ、だがな! 三階の操作ボタンを使わないと動かせないぞ! いくらお前が、化け物じみた腕力であっても、多分、無理だぜ!」
「そう、ためしにやってみるわね」
この世界のごろつきも素直なものねえ。
言われた通りに行ってみると箪笥を見つけた。
銅器ばかりが置かれた部屋のようね、埃を被っているあたり、ものの価値はそんなになさそう。
扉を隠すために見繕った感じが出てる、あの男の言っている事はどうやら本当のようね。
下部分を調べてみる。
うん、この赤い箪笥……少しだけこの辺りは他と比べて埃が少ない。
出入りしているからこそ、よね。
「よっと」
角を掴んで引っ張って、ずらしてみる。
彼の言った通り、腕力だけでは難しそう。
もう少し、強化してみよう。
――腕力増強。
更に付与してみる、通常の三倍ほどならどうかしら。
「あらあら」
バコン、と。
箪笥が壊れてしまった
肩透かしもいいとこね、もう少し苦戦するかと予想していたのだけれど。
大きめの扉が出てきた、開けてみると階段が地下へと続いていた。冷えた空気に乗って魔力も漂ってきている。
階段降りると魔力が直に感じられる、この気配、確実にいるわね。
ノリアルの者か魔族か魔物か、はたまた魔力を纏ったただの物体か――それは見てのお楽しみ。
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