第8話.取調室と刑事さんと私

 結局、なんだかんだで俺は警察署にいる。

 別に悪いことはしていない、人助けもした。求人誌は回収してないけど。

 ドラマでもよく見る部屋に連れて行かれて椅子に座らされてるが、どうしてなのやら。


「やあ」

「ど、どうも……」


 刑事さんが一人やってきた。

 スーツでびしっと決めた強面、これぞまさに刑事! て感じ。

 ほんのりと煙草の匂いがする。煙草を吸っている姿を想像すると、CMに起用されそうなくらい似合いそう。


「んん……名前は……」

「浩介、楠野浩介です」

「ああ、楠野君。私は石島いしじまというものだ、よろしく。悪いねこんなところに連れてきて。しかも昼時だ、腹ぁ減ってないかい?」

「ええ、お腹が空きました」

「カツ丼でいいか? 定番というか、な。ここはカツ屋に近いからって理由なんだが」

「代金のほうは……」

「俺の奢りだ」

「じゃあ頂きまぁす!」


 奢りという言葉には実に弱い、俺のステータスには弱点のところにはおそらく確実に奢りと表示されているであろう。

 カツ丼となればいよいよ刑事ドラマにあるワンシーンへと近づくが、この先待っているのは取調べで間違いはなさそうだ。

 あの場にいた時点であれだ――重要参考人? とやらの立ち位置となったのだろうか。

 かすかな沈黙でさえやけに痛く感じる。

 カツ丼が来るまでただたた沈黙。時計の針がチクタクチクタクと、やけに大きく聞こえた。

 刑事さんは腕を組み始めるや目を閉じて動かなくなった。

 この人が目を開けるのはカツ丼が来てからになりそうだ。


「むっ」


 っと、数分後にて。

 扉のほうを見るやノックが二回。

 カツ丼が来たようだ。この人はどこでそれを察知したのだろう。

 長年このような……取調べの状況を何度も経験しているからこその察知能力であろうか。


「よし、食おう!」


 笑みを浮かべていた、強面がこうも和む表情になるとは思いもよらなかった。

 そんな笑顔を作らせるくらいに美味しいのだろうか。

 カツ丼をほおばるのはいいとして、気になるはやはり俺がここに連れてこられた理由だ。

 考えるに――イグリスフを見られていて、銃刀法違反? この騒動も俺が引き起こしたと誤解されている?

 後者のほうであれば……ああでも助けた人もいるから証言が集まれば俺の無実は証明されるか?

 その辺は、大丈夫かな……大丈夫と信じたい。

 

「どうだ美味いか?」 

「美味しいです!」


 この人、見た目とは違って喋り方はまるで父が子に話しかけるような、柔らかい口調で思わず和んでしまう。


「それでな? お前さん、あの現場で剣を振り回してたって聞いたんだが」

「――んげほっ!」


 油断した、思わず咽てしまった。

 唐突に本題を出してくるなこの人。

 呑気にカツ丼食ってる場合でもなさそうだ、というものの箸は止まらない。だって美味しいんだもん……。

 奢りという調味料も効いている。


「加えて例の怪物だとか、妙な布野郎だとかが暴れた形跡はあるし証言もある。防犯カメラにも映っていて解析も進んでいる」

「解析、ですか……」


 そんな技術も、当然この二年で進んでいるんだったな。テレビでちょっと見たよ、警察24時で。

 結局のところ、あの場から即座に離れても突き止められていただろう。この状況に至るのは決定事項か。


「だがあいつらはうちらが到着した時にはいなくなっていて、手ぶらのお前さんが一人現場にいた。誰かが撃退したと見るべきなんだがなあ、候補はどうやら一人だけだ」

「いやー……」


 鋭い眼光が突き刺さるようにこっちに向けられている。

 目を合わせたら吸い出されるように供述してしまうかもしれない。別に疚しい事を隠しているのではないのだけれどね。


「これは現場で破壊された車両なんだが、綺麗に真っ二つだ。すごいよな」


 手に持っていた封筒から写真が取り出されて見せてもらった。

 我ながら素晴らしい斬り方だ。車の中心を正確に切断し、断面は歪みや雑な反りもない。

 剣の斬れ味を存分に発揮できた斬り方であったからこその断面図だ。惚れ惚れするね。


「通販でよく切れる工具の宣伝にこの車の写真を見せると電話が殺到しそうですね」

「……」


 軽く冗談を挟んではみたが、場の空気が和む気配はない。

 渇いた俺の笑いだけが室内に虚しく漂い徐々に消失していく、誤魔化しがてらにお茶をすすった。


「……お前さん、助けた人いるだろ」

「た、助けた人?」


 思い浮かぶはストッキングびりびりの、あのお姉さん。

 綺麗な足をしていた、もう一度拝みたいものだ。ちなみにあの時の求人誌はまだ手に入れていない、今度にするよ、絶対する。


「その人曰く、君が剣を持ってたと。君が剣を振って妙な奴らを倒したのもばっちり見てたわけだ」

「た、他人の空似では?」

「防犯カメラに君が剣を振ってたのが映っている、他に用意していた言い訳をここで披露するかい?」


 また写真が出てきた。

 どの場面だろう、車を斬る前あたりか?


「……すみません、俺です」

「うむ。それでいい、カツ丼食え」


 この人は先ず妙な奴らを撃退した謎の人物を特定したかった。

 それがわかった今、あの現場での善と悪を把握できたとは思うが――その後はどうするつもりなのだろうか。

 把握した上で俺が何も悪いことをしていないのも理解できたはずだから悪いようにはされないとは思うが。


「俺が知りたいのはいきなり現れたあの妙な化け物だ」

「魔物、ですか」

「魔物、か。見た目からして確かにその呼び方には納得できる。そう、その魔物なんだが、奴らは今日十三箇所で暴れた、それは知っていたか?」

「十三箇所!?」


 初耳だった。

 てっきり騒動はあそこだけだと思っていたのだが。

 いや待てよ、てるてる坊主は俺がやってきたところに遅れてやってきた。

 数箇所で騒ぎを起こして、俺がそのどれかに駆けつけるのを確認して来たのだとしたら……。


「そのうちの一つに君が現れ、あのような戦いになった。新たに布を纏った正体不明の人物も出てきたがな。あの場での被害は最小だった、感謝する」

「あ、いえ……」

「だがもしも君が原因で魔物騒動が引き起こされたのであれば、これはちょいと見逃せん。話を聞かせてもらえるかな」


 思っていたよりも事態は大きくなっていたようだ。

 俺が原因なのは間違いない、俺が現れたから主犯格も姿を見せた――そう見ていいし、そう見るべきだ。


「いやしかし」


 彼は資料を取り出して見ていた。

 その視線はさらっとながら、上から下へ。


「君、妙な経歴だな」


 いつの間に調べていたんだろうか。


「ここ二年は行方不明、数ヶ月前にいきなり姿を現しては今はアルバイトも職を探すことなく姉の所に居候、と」

「い、色々と事情がありまして……」

「その事情が今回の件に絡んでるのではないか?」


 この人、頭が切れるなあ。

 少ない情報であれ繋いでいってきちんと核心へと近づいてる、将来もっと優秀な役職につきそう。もしかしてもう就いていたりする?


「空白の二年間に出来た人脈、敵対組織、そういったものの清算が今きている、ってとこかね」

「か、かもしれませんが……」

「君が持ってた剣、あれはどうやって隠した? 目撃証言では、あんなものは強力ってものではない。車を容易く真っ二つにするなんてもはや兵器だ。もしかしたらその剣も今回の騒動に関係してるのか?」

「あ、あの剣はですね、その……なんと言いましょうか。そう、見間違い!」

「写真にも写ってるし、カメラに映ってると言っただろう?」

「すみませんでしたっ」


 言い逃れしようにもできるわけもないんだよね。

 どれほど言い訳をぺらぺら重ねようが、見苦しい光景を見せびらかすだけに過ぎない。

 無駄な足掻きはよしたほうが賢明かもしれない。


「こちらとしてはお前さんの抱えている事情もなるべくは考慮して話を進めたいと思っている」


 お互いカツ丼を食べ終え、刑事さんは食後の一服を始めて話し始めた。


「魔物とやらの対処法、敵の情報、その背景、君の所有する武器、それらを知った上で住民の安全を考えなくちゃあならん。その時限りじゃなくこの先ずっと安全でいられる街を築きたいんだ」

「そ、尊敬します」


 ニートの自分にはまぶしいくらいだ。


「君はようやく手にした手がかりだ、君の協力がいるし魔物については危険度からいって早急に情報が必要だ。何故襲ってくるかも知っておかなくてはな。敵の親玉も取り押さえてこの騒動を収めるためにも、対策本部も立てて本格的に動きたいんだ」


 色々考えているんだなあ。

 俺はどうすればいいんだろう。

 イグリスフさえあれば魔力を蓄えて敵に立ち向かえはするけれど、警察が銃をパンパン撃ったとしても効果は薄い。やれなくはないだろうけど苦戦は強いられるだろうね。

 彼らに情報を与えても対策は取れるかどうか。ロケットランチャーとかグレネードとか火力高いのを用意するならまだしもね。


「……実は数ヶ月前からああいった化け物が現れる事件が何件かあってな」

「そうなんですか? ニュースではまったく流れなかったのに」


 既に魔物はこの世界にやってきていたのか。

 もしかして、時期的に俺が戻ってきた頃と近い?


「流したら混乱を招く、情報規制はしていたがそろそろ限界だ」


 あの騒動じゃあ隠すのは無理だろうなあ。

 警察側も早急に対処すべく、情報収集が必須とされている。


「だから、知っている事を全部教えてくれないか? 俺も君に協力できることがありゃあ協力しよう」

「んー……じゃあ、正直に言いますね?」

「ああ、頼む」


 信じてもらえないかもしれないが。

 今は説明をするしかないし、すべきである。


「そのですね、空白の二年間は……異世界行ってまして、そこで剣を手に入れて魔王討伐したんです」

「君は何言ってるんだ?」


 まあそうなりますよね。

 でも本当のことを言っているだけで俺に非はない。

 どう信じてもらえるかってのが難題なだけで。


「本当なんですって!」

「……あの剣もその、異世界……で得たものなのか?」

「はい、この話をした人のはほんと少ないんですから」


 刑事さんは煙草の火を消して、にわかには信じられないといった様子で頭を掻いていた。

 否定しようにもイグリスフの存在は、揺るがない。


「とりあえず……話を聞いてもらえます?」

「ああ、話してくれ」


 俺からの説明は重要だ。

 時間も要するだろうし受け入れてもらえるかはわからない。けれどもし受け入れてもらえれば、今後の対策についても俺の意見が採用されて街の平和にも繋がるかもしれない。

 とりあえず、素直に全部説明するとしよう。

 ……それはいいのだけれど。

 全然今日は家事が出来ないし、ポスターも買えてない。

 やる事がまだまだ残っている、長い夜になりそうだ。

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