第7話.助けを求める求人誌
周りには逃げ遅れた人が何人かいるな、人助けも念頭に置かなくては。
魔物二体だけならば倒すのは容易いが、魔物達の標的が俺ではなく周囲の人々に向けられる可能性もある。
皆に被害が及ばないような立ち回りを心がけよう。
攻撃を避けたら後ろに人がいて潰されましたなんていう結果になったら洒落にならない。
勇者のお仕事は――あくまで魔物退治より、人助けだ。
魔物達は左右に分かれて突進してくる。
先ほどと同じトカゲ型――確かロドリヴァだったかな名前は。
倒れていた自動車を軽々と持ち上げて投げてきた。
イグリスフであるならば、真っ二つにするのは容易い。
「――ってなれば!」
斬り終えると同時に視界からロドリヴァが消えた、跳躍の音は聞こえなかった――ならば左右からの攻撃が来るはず。
左側のロドリヴァと目が合うや、俺の攻撃を先読みの跳躍。
一撃は空振りになり、ロドリヴァは降下と共に反撃を繰り出してくる。
これは真正面から受けるのはよすとしよう、変に防御された場合、押し倒されて身動きが封じられるかもしれない。
「っと!」
間一髪で避けられた、ロドリヴァの拳が地面にめり込んだのを見て一閃。
「どうだっ!?」
手ごたえからして、やや浅い……か。
全盛期であれば確実に仕留められていたであろうが久しぶりの戦闘は体が思うようについていかない、鈍ってるな。
もう一体もすかさず攻撃を仕掛けてくる、追撃は許してくれない。
こいつら、知能が高い上に戦い慣れてるな、調教でもされたのか?
「あのてるてる坊主……」
奴が司令塔になっている可能性もあるな。
さっきから僅かながら右手が動いている。
ロドリヴァ達を操っている?
であればてるてる坊主を倒せばこいつらの動きは悪くなる可能性も否定できないが、奴を仕留めに行った途端に周りの人々に危害を加える行動に出るかもしれないな。
「面倒だな……」
何か俺の動きを観察しているようでもあって気に入らない。
「今度は魔力込みだ!」
魔力の蓄えはある上にイグリスフにも魔力の貯蓄ができる。
十分に魔力はある、イグリスフに魔力を注いでいった。
刃が青く発光――よし、やれるな。
――能力向上。
――攻撃強化。
――斬撃飛閃。
全力を出す前に、周囲の安全確保といこう。
「皆さん、今のうちに逃げてください!」
逃げ遅れた方々に声を掛けるとした。
目の前で起きていることについていけないのはわかるが、呆然としてないで逃げてくださいな。
おいおいそこの人、スマートフォンで撮影してる場合じゃないぞ。
「ほら、早く早く! おっと、そこのお姉さんも、早く!」
そのまま地面に尻を任せるのもよくないぞ。
俺になら尻を任せていいけど。
「き、君は……?」
「今はそんなの気にしないで逃げて!」
こんなことに巻き込まれてなければ今頃会社でお茶汲みでもしてただろうに、お姉さん、そのびりびりに破けたストッキングじゃあ会社にはすぐにはいけないね。
いやー色っぽい。
って見とれてる場合じゃないな。
「カカッ!」
右側のロドリヴァが建物の壁を走っていく。
今攻撃したら建物の中の人にも被害が及ぶってか? 卑怯だなこの野郎。
「じゃあ先ずはこっちだ!」
左側からいこう。
あいつは人質でも取ろうとしたのか、お姉さんに手を出そうとしていたが俺はイグリスフを振るった。
「――斬撃飛閃!」
距離はある――が、今は魔力を込めている。
魔力を斬撃として飛ばすこの力。これは便利なものだぜ。
「カッ」
ロドリヴァの動きが止まり、奴の後ろにあった信号機がずるりと先に倒れていった。
心臓部を通っての、斜めの一閃。即死の一撃が決まった。
「よし!」
「カカカッ――!」
もう一体は俺の頭上へと飛んでいた。
振り下ろしたのを見てからの攻撃だろうが――
「甘いんだよなあ!」
身体能力も魔力で上がってるんだ、切り返しも早い。
攻撃が来る前に真っ二つ、こいつは左右がお別れになったな。
「ふぅ、いい汗かいた」
久しぶりの戦闘は思ったよりも疲れた。
体が鈍っているのは否めないものの、イグリスフがあればその分は埋められる。
「大丈夫でした? まだ安全とは限らないので、避難してください」
「君は……一体何者、なの?」
俺が何者か。
正直に話しても相手の頭上にクエスチョンマークを浮かべさせるだけだ。
「……ニートです」
「は?」
「しがない、ニートです」
元勇者、でもこの世界じゃあそんな称号は意味も価値もない。
履歴書にもかけないし、自分の身分を一言で伝えるならば、ニートしかない。
少々卑下しすぎか? いいやでも事実だ。
何より勇者ですなんて説明できないし、あんまりしたくない。
「……そ、そう。た、助けてくれて……ありがとう……」
「いえ……」
「そ、そこに……」
「えっ、まだ誰か残ってます?」
「求人誌があるわ……」
「くぅーん……今度、受け取りまぁす……」
あんまり哀れみを込めた目で見ないで。
「さあ、他の人達も逃げて逃げてー」
またすぐに魔物が出てくるかもしれない。
人払いを済ませ、その間じっとこっちを見ていたてるてる坊主とようやく対峙。
パトカーの音も聞こえてる、ここを警察が取り囲むのも時間の問題だ。
警察が絡むと面倒だな……早くここから離れたいのだが、てるてる坊主とは話ができるならしておきたい。
「……確認をしてもいいか?」
「なんだい?」
ようやくてるてる坊主の前まで来れた。
奴は魔物を倒しても逃げよとはせず、どこか余裕を見せていた。果たしてそんな余裕はいつまで続くか、見ものだな。
「お前、異世界ノリアルから来たんだよな?」
「そうだ。しかしうまくやられたなあ、流石は元勇者だね」
なんだこの声、ボイスチェンジャーでも仕込んでるのか?
元勇者、俺の事は知っているようだ。
「魔物を……操れるのか?」
「まあね」
「……どうしてこんなことをしでかしたのか、教えてもらおうか」
目的が知りたい。
素直に教えてもらえるかはわからないが、場合によっては力ずくで聞き出してやる――と思っていたのだが、てるてる坊主は「いいよ」と軽い返事をして話し始めた。
あっさりとしてやがる。
「君の力量をはかるためにやったのさ。今日はよい収穫だった、次回はもっと強力な魔物を召喚しなくては」
操るどころか魔物の召喚まで出来るとな。
異世界への召喚となれば相当な魔法士であろうが……俺の知っている魔法士は誰も異世界に干渉できるような魔法など使えなかった。
後々に使えるようになった――と考えるとして、いいやこんなちまっとした背の奴は心当たりがないな。
「俺が目的かよ。何か恨まれるような事でもしたか?」
「――セルファ・ドミリアがこちらの世界に来ている」
……セルファ?
セルファって言ったのか、今。
「あの方は君を手に入れるためならなんでもするだろう」
「おいおい、なんでもするって……その言い方、あいつがこの騒動を引き起こしてるかのようじゃねえか」
「まさに、そうなのだが」
「……俺の知ってるセルファはそんな奴じゃねえ」
いつだって優しくて、たまに怒った表情は可愛くて、人を傷つけるのが嫌で、自分が傷つくのは問題ないっていう聖人だぜ?
こいつの言い方じゃあセルファが魔物を嗾けたみたいじゃねえか。
「人は変わるものだからねえ」
「洗脳したんじゃあないだろうな……」
「さあ、どうだろう?」
相当な魔法士には違いない。
であれば、洗脳魔法もお手の物、か……?
セルファを主犯として先導させて裏ではこいつが糸を引く――そんな計画であるのならば、すぐにでも止めなければ。
「こちらは、じっくりと侵略を開始させてもらうよ」
「侵略だって……?」
「君はこの街を守れるかな」
「展開が早すぎるんだけど。せめて狙うなら俺を狙えよ!」
「この手のものはね、周りから崩すのが定石なのだよ」
どこか楽しんでいるようにも思える。
こいつ、気に入らないなあ……。
「ああ怖い怖い、そう睨まないでくれたまえ、私は小心者なのだよ」
「今すぐぶったぎってやろうか」
「私を斬れるのかい?」
異世界でも人を殺めた事は一度もない。
それは俺の信念でもあった。反吐が出るほどの悪人でさえも、殺さなかった――いや、殺せなかった。
しかし、しかしだな……。
「殴ることならできる」
普通に、てるてる坊主の頬に一発めりこませた。
「ふぐひっ」
「どうだ!」
いい感触だったぜ。
余裕ぶっこいてる奴への不意打ちの一撃は気持ちいいな!
「んぐっ……普通に殴るとか……それでも勇者か貴様!」
「今は勇者じゃなくてニートなんで、命名するならば今の攻撃はニートパンチだ」
「……その、ニートとはどんな意味なのだ?」
「働かない奴のことを言う」
「自分で言って情けなくないか? 働けクズ」
「うるせぇ~!」
話をしている間、新たな魔物の出現は無い。
そしてこのてるてる坊主自体の能力値は低いようだ。
今は魔力による身体能力向上を加えていない、単なる俺のニートパンチであれ効いていた。
魔法士特有だなこのあたりは。
「おい、セルファはどこにいる?」
「焦らずともそのうち会える」
てるてる坊主は後ろへ一度跳躍し魔方陣を出現させた、逃げるつもりだ。
「待て!」
イグリスフを振るおうとするも、躊躇してしまった。
やっぱり、人には刃を向けづらい。
「では、また後日」
「ちっ……魔力を蓄えて待ってるぜ」
「いや働けよ」
「余計なお世話だ!」
敵にまで言われたくない。
てるてる坊主が転位魔法によってその場から一瞬にして姿を消すと同時に、パトカーがやってきてしまった。
警察が来る前にこの場から離れたかったな……。
慌ててイグリスフを収める、見られないだろうか。
大丈夫かな、心配だ。状況説明するにもどうしたものか。
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