第6話.戦いの幕開け

 尻が痛い。

 姉ちゃんは手加減ってものを知らないんだよな。

 弟をもう少し大切に扱ってほしいものね、誰が家事をしてあげてると思ってるんだよ。

 俺が家事をしなきゃ今頃ゴミ屋敷だぜ、そこんとこわかってほしいよなあ。


「さて、と」


 今日は、不本意ながらまた街に出るのだが、理由はあれだ。

 俺が駄目にしてしまったポスター……何とか同じものを買ってこなくちゃあならない。じゃないと姉ちゃんにまた怒られる羽目になる。

 とはいえようやくイグリスフが出せたのだから、ポスターの犠牲によって得た成果は大きい。

 出す機会がないしまた出せなくなるかもしれないがしかし、冷静になって考えてみたのだけれど、飛鳥にこいつを見せるべきなのか……。

 そもそもがあいつに俺が異世界へ行った証明をするためにイグリスフを出して見せ付ける――のだったけど、姉ちゃんとの約束を破ることになるしなあ……。

 何故かは知らんが飛鳥と姉ちゃんは時々会ってるようだから、もしイグリスフを見せた場合、あいつが姉ちゃんにイグリスフの話をする可能性は十分にある。

 やっぱり見せないほうがいいかもしれない。

 ……っと、いけないいけない。

 周囲の確認を怠らないようにしなくては。


「……今日は誰にも会わないだろうな」

 

 ここ数ヶ月、外には何度か出歩いているが中学時代の友人達との遭遇は飛鳥意外未だにない。

 何より皆は学校に行っている時間帯だ、杞憂で終わるといいが。


「はあ……辛い」


 両親とも仲直りできてないし、お先は真っ暗だ。

 ため息ばかりが出てくる、あまりこの話は考えないようにしよう。

 今はポスターを見つけることが先決だ、たしかこの先にアイドルグッズを販売してる店があったはず。

 しかしながらこの記憶は二年前、今もやってればいいが。

 閑静な住宅街を只管に、街を目指して歩くとする。


「ん……?」


 パリッ――と、その時だった。

 耳障りな音が鼓膜を突いてくる。

 なんだろう、いきなり音楽を聴いていたらノイズが走るような、そんな音だ。

 しかもその音はまた続く。後方、近くだ。

 振り返ると、そこには――空間に亀裂が走っていた。


「え……」


 人ではない、明らかに魔物と言えるごくつ刺々しい腕が亀裂を裂いて這い出てくる。


「ま、魔物……か?」


 何故目の前でこのような現象が起きている?

 周りには……人はいない、街からはまだ遠い位置にあるのが救いだ。


「カッ――」


 ああこの笑い声、トカゲ型の魔物独特の、笑い声だ。

 懐かしい、異世界に来たばかりの頃はよく追い掛け回されてたよな。

 修行して徐々に力をつけて、イグリスフを手に入れてからは容易く倒せるようになって自分の成長を実感できて喜んでいたものだ。


「おいおい久しぶりだな、祝杯でもあげるか?」

「カカッ」


 笑ってる笑ってる。

 餌とみなしたのか勇者の俺を発見できての笑いなのか教えてもらってもいいかな? まあ先ず喋らんか。

 亀裂が広がり全身が露になる。

 一度は四足で亀裂から落ちて着地するも、ゆっくりと二足歩行で立ち、その双眸は周囲を見回していた。

 随分と余裕そうだな、目の前に強敵がいるってのによ。


「――イグリスフ!」


 右手に集中。

 柄が現れ徐々に刀身が光を帯びながら姿を現す。

 イグリスフを出す前に攻撃をすべきだったのだが、こいつは戦いまでの動きが遅い。

 周りに意識を逸らさせるものが多いのか、何か物音がするや視線は俺から外してきやがる。

 これは好機、難なく倒せるのならば逃す手は無い。

 何よりイグリスフを早く振るいたい、まさか魔物が現れるなんて思いも寄らなかった。

 神様が俺の気持ちを汲んでくれたのだろうか。


「さあ、こい!」


 気分が高揚する、この世界に戻って初めて俺の戦意が刺激されているのだ。

 魔物は俺の敵意を察知して攻撃を振るってくる――がこちらも既に戦闘体勢に入っている。

 左手からの攻撃、体のひねり具合からして次なる攻撃は右の二連撃。ならば最初の攻撃を避けて相手から見て左側に動くのが良い。


「経験の差ってやつよ!」


 攻撃を避けるや魔物は右手の攻撃を繰り出していた、これはもう長年魔物と戦っていてわかるパターン。

 魔物の攻撃は当たらない、その距離は取っている。


「ちょろいね!」


 同時に、イグリスフを下から上へ。

 この単なる振り上げも、イグリスフの威力を踏まえると強力な一閃と化す。

 魔物は地から足が離れ、宙へと舞って回避した。咄嗟の回避によって動きは一瞬不安定になる。

 付けねらうのはその時だ。


「どりゃあ!」


 すぐに跳躍して横一閃、魔物の体は真っ二つ。


「……おお」


 久しぶりにイグリスフで斬った。

 相変わらずの斬れ味、まるで豆腐を切るような感覚で魔物を無力化できた。

 魔物の血や体液は残るが、絶命すればその体は粒子と化して空に融けていく。

 負の力が含まれていれば魔力に変換して自分の魔力とできる。

 魔物からの魔力の供給は久しぶりだな、だがこれといって魔力を活用できる機会は無いのだが。

 ああ、炎魔法ならば料理の時に使えるかも。


「けどどうしてこの世界に魔物が……?」


 魔物の出現の仕方も尋常ではない。

 この世界に召喚されたというより侵入してきたような……。


「……何が起こってるんだ?」


 しかし。

 ただただ、高揚している。

 むしろ再び、何かが起きてほしいと――罰当たりな期待と希望すら沸いている。

 この魔物は俺を狙ってこの世界まで来たのか、それとも他にも魔物がいて無差別に現れたのか。

 後者だとしたらポスター探しどころではない。

 俺は街へ早足で向かったが――街はこれといって騒ぎが起きているわけでもなくいつもどおりの風景。


「……これは」


 だが――僅かながら、魔物の気配を感じる。

 どこだ? ここからは遠いのか、それとも弱い魔物なのか、ただ単に気配探知が衰えているだけなのかは定かではないがしかし。


「――魔物の気配を感じるってだけで、この世界じゃ異常だよな」


 気配を探ってその方向へ。

 近づくたびに周囲は徐々に騒がしくなっていき、人の数も増えている。

 しかし彼らの進行先は俺とは逆になり、皆が何かに追われて逃げているかのようだった。

 よくある怪獣映画のワンシーンのようだ。

 それはつまり――この先に魔物がいるという事を教えてくれている。

 恐怖に染まる彼らとは違い、口端が釣りあがってしまう。


「おおう、一体、二体、と」


 俺が来るまでに随分と暴れてくれたようだ。車は横転してしまい、信号機は折れてしまっている。

 バイクなんか木に引っかかっている、こんな光景中々見れるものじゃあない。


「……てるてる坊主?」


 よく見てみると魔物の後ろにもう一体出てきたが、なんだありゃあ。

 あ、目が合った、のか? 見た目はてるてる坊主だ。

 顎をくいっとあげると魔物達がこちらを向いた。

 なるほど、操ってるのはあいつか。

 魔物使いか魔物に取り込まれた人型か、どちらにせよ敵なのは間違いない。

 さあ、いっちょやってみますか。

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