第4話.異世界ラーメン道?


「ああいい匂いだ、たまらんねえ」


 店内は豚骨の香ばしい香りが漂い鼻腔をくすぐってくる。

 豚骨ラーメン、それも中々のこってり。気になってたんだよなあ、俺がこの世界に戻ったらできてた店だ。毎回あの香りが俺の胃袋を誘ってくるもんだから一度行ってみたかった。

 飛鳥はこってりと聞いた瞬間眉間にしわを寄せていたが。

 カロリーが気になるお年頃らしい、でもこってりはいいぞ。


「そんなにいいものかしら……」

「この香りの良さ、わからないかなぁ~」


 これだけでよだれが口の中に広がって胃が早く豚骨をと叫んでしまう。

 メニューを見たら空腹の俺達にはもうたまらん。


「豚骨醤油ラーメン二丁で!」

「あいよ!」

「メニューの見た目は、どれもそそるわね……」

「感想を言うのはまだ早い、食べてからだぜ」

「それもそうね」


 徐々に飛鳥も豚骨に引き込まれているな、唾を飲む音は聞き逃さなかったぜ。

 ラーメンが来るまでの間にて。


「診察はどうだった? 療養が必要とか言ってたけど、あんたはこれからどうするの?」

「ラーメンを食べる」

「いやそうじゃなくて。張り倒すわよ?」


 どうかそれはやめてもらいたい。

 君って中学時代は空手で何気に全国大会出場したつわものだよね、攻撃されたらたまったもんじゃないぞ。


「その、ぼちぼち……」

「ぼちぼちって何がよクズニート」

「心が疲れてる、ゆっくりと休むべきという医者の判断もある。つまりは、ニート生活で心を癒す」

「ニート生活を保つために療養を利用しようって魂胆だったら本当に張り倒すわよ?」


 この幼馴染とても怖い。

 どうしてラーメンを食べる前に指の骨鳴らす必要があるの? 俺を威圧してるの?

 この話はあまりしたくないなあ。

 口篭っている間にラーメンが丁度来て俺は内心安堵した、食べている間なら幼馴染の説教も出るまい。

 さあさあ食べようじゃないか。


「んで、どうするの?」

「あー……食べながらもそうきます?」


 こいつ、一筋縄ではいかないようだ。


「ほら、ちゃんとラーメン食べなきゃ」

「……こいつ、ま、いいいわ」


 ラーメンを優先してくれたらしい、よかった。

 にしても久しぶりのラーメンだ、これは正直嬉しいってもんじゃない。

 もしまた異世界に行けたらラーメン作りに精を出すのもいいんじゃないか?

 ……この世界で修行して異世界でラーメン屋、いける気がする!

 あっちの世界じゃあラーメンの技術はよろしくなかった、というよりラーメンと言える段階に到達していなかった。

 一山当てられるかも……しかし異世界への行き方がわからんな、あいつらどうやって俺を異世界に召喚したんだ?


「どう?」

「必死にバイトして得たお金で食べるラーメンは最高だわ。あんたはどう?」

「その言い回しやめない?」


 俺だって今まで魔王討伐とか家事とっかそれなりに頑張ってたんだよ?

 その苦労を理解してほしいけど……こればかりは難しいな、せめてイグリスフを出せるようにしとかなきゃならんね。

 よし、次に会った時にはイグリスフを出せるようにして驚かせてやろうじゃないの。


「働かざるもの食うべからずって、いい言葉よね」

「いきなり何故その言葉を?」


 飛鳥ったら鬼畜だよねえ――とか言ったらしばかれるかな? しばかれるな。

 異世界だったら俺を慕ってくれる人ばかりだったのにこの世界じゃあ肩身が狭い……世知辛いな本当に。

 完食後の彼女の表情を見る限り、ここのラーメンは満足していただけたようだ。

 薄らと浮き出た汗を彼女は手持ちのハンカチで拭い、ふぅっと一息。

 周りの客は一瞬見蕩れて箸を止めていた、喋らなければ美少女なんだがなあ。

 店を出るや、開口一番に。


「満足したわ」

「満足していただいてなにより」

「また来るわ、今度は一人で」

「そこはせめて俺を誘ってよ!」


 あと奢ってくれればなお良し。

 飛鳥はこの後予定があるそうだ。

 俺と違って、と思うと虚しくなるからやめておこう。

 スポーツをしろだのアルバイトをしろだの、最後に色々と言われてから別れ、俺は帰路についた。

 それなりに楽しいひと時を味わえたな、こっちの世界に戻ってから姉ちゃん以外の誰かと一緒に食事する機会も激減してたから、普通に楽しかった。

 あいつくらいかもしれない、俺が異世界から戻ってきても特に変わらず接してくれたのは。

 度々働け的な威圧が痛いけれど、そこを除いては割りと一緒にいて楽しい。

 異世界じゃあセルファが一番一緒にいて楽しかったかな、雰囲気は違えど彼女とどこか似ている面はある。

 一緒にいて居心地がいいっていうあたりが。


「――どりゃぁぁぁあ!」


 自宅に帰って早々、俺はすぐにイグリスフを出すために何度も手を空に差し出した。

 出そうで出ない、なんだろうこの感覚。


「うん、これは、あの感覚だ」


 出そうで、出ない。

 これは……。


「いや、あれと比べるのはやめとこう」


 じゃないと、なあ?

 努力すること数時間。

 家事も忘れて只管に、こうして何かに取り組むのは久しぶりだ。


「うりゃぁぁぁぁぁあ!」


 五時間、いや六時間か。

 まあ途中は休憩挟みましたけど? ここでようやく右手が発光。


「あっ」


 右手の周りが僅かながら、説明はしづらいが空気が震えるような感覚が、あった。

 手のひらをゆっくりと閉じる、この感覚、忘れてはならない感覚。

 俺は、ぎゅっと握ると――金属の感触が手のひらに伝わってきた。

 柄が徐々に形を作っていく。

 銀に輝く柄は金のダマスク柄が浮かび上がり、柄から更に剣身が露となる。


「で、出た!」


 と、同時に、剣は壁に刺さっていた。


「あっ」


 しかも姉ちゃんのお気に入りのポスターに。

 やばい……やってしまった……。剣の長さを考えていなかった、もっと広いスペースでやるべきだったな……。


「……どうしてこんな事に」


 ポスターに写っている名も分からぬ青年の顔が見事に拉げてしまっていた。

 イケメンが台無しだ、今ならこの青年より俺のほうがイケメンだと自負できる。


「――おい」


 同時に。

 背後から圧力のある声が響く。


「……遺書は書いた?」

「姉ちゃん、いつの間に……ち、違うんだよこれは……」


 丁度帰ってきていたらしい。

 姉ちゃんは水も凍るような目で俺を見ていた。

 死期が近いかもしれない。この感覚はノリアルでも感じた事がある、あれは強敵だったな。龍神と対峙した時と同じ感覚だ。


「それ、出すなつったろコラボケカス」

「違うんだ、適度に出さないと、出し方が、ね?」


「ね? じゃねぇよな? お前の顔をそのポスターに写ってる私の大好きなアイドルの今の状況みたくしてやろうか?」

「す、すみませんでした……」


 姉ちゃんだけは知っている。

 俺が異世界に行ってたことを、イグリスフを出せることを。

 信じてもらえないもんだから姉ちゃんに一度見せたのだがその時もポスター一枚が犠牲になった。

 そして約束もした。

 一つはイグリスフを無闇に出さない事。

 もう一つは出したとしても緊急時のみであり、なおかつ人目につかず何も被害を与えないこと。

 ……被害を与えないこと――とありますが、ポスターに写る青年の顔をぶっ刺すのは被害に当たるかどうか。


「どうしてくれんの」

「こ、これくらいは、ね?」

「それが遺言か?」


 駄目みたいですね。

 その日、異世界で勇者と呼ばれた男は姉に尻を百回叩かれた。

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