第3話.奢りとはニートにとって神の差し伸べる救いの手と同等である。
「わざわざ医者に見せる必要はないと思うんだけど」
「みんなそう言うの」
「だからその哀れみを込めた目をするのやめてくれないかな?」
今は待合室で診察の順番を待っている。
年齢層が高い空間の中、若い俺達は一体どう見られているのやら。
あと何気に病院の独特な匂い、ちょっと苦手。
白を基調とした空間は清潔感があって落ち着かせてはくれるのだけれど。
「はあ……何故こんなことに……」
「完治したら新しい世界が開けてるわ」
「完治もなにもなぁ」
それにしてもどうしてイグリスフが出なかったのだろう。
あまりにも出していないのが原因か? 帰ったらもう一度挑戦してみるとしようか。
これでも勇者と呼ばれた男、それなのに勇者の特権である聖剣を出せないだなんて勇者の名が廃るってもんだ。
もう廃ってる? そんな馬鹿な。
「診察が終わったらいい時間になりそうね、お昼はどこで食べる?」
「え、家で食べるよ。昼ドラ見たいし」
「家事がひと段落した主婦かあんたは」
それに近いものではあるがね。
主婦が昼ドラにハマるのも今ではよくわかる、面白いね昼ドラ。
「折角奢ってあげようと思ったのに」
「べ、別にあんたのために行こうってんじゃないんだからね!」
「いきなりのツンデレにビビるわ。じゃあ行くのね」
「行く行く!」
知ってるか飛鳥よ。
ニートは奢ってもらう事に関しては優先事項なんだぜ。
お財布の中身はいつも不安定で、日によっては小銭しか入っていないからな。
ちなみに今日の俺の財布事情はあまりよろしくはない、スーパーでちょいと買い物をしたらすっからかんになるくらいかな。だからお昼は手ごろなもので済ませようとしていたのだ、そこへ奢ってくれるとあれば、もはや神の差し伸べる救い手と同等だ。おお神よ……。
「というか、奢られる事に少しは恥を知りなさいよ」
「俺が知りたいのは敗北の二文字だけだ」
「あんたの人生は既に敗北してるわよ」
「それは言わないでぇぇえ!」
あかん、泣いてしまいそう。
でも奢ってくれるから心の支えはまだ折れていない。よかった、俺の心は欠陥住宅じゃなくて。
「何か食べたいものはある?」
「なんでもいいの?」
「別に、なんでもいいけど」
ほほう、余裕があるじゃないか。
意外と羽振りがいいなこいつ。
ためしに寿司とかステーキなんて言ってみるか? うん、やめとこう。奢ってもらう話も白紙になるかもしれん。
それにしてもいきなり奢ってくれるだなんて、妙だな。
何か収入的なもの――もしや。
「お前、アルバイトでもしてるのか?」
「してるわよ、当然でしょ。あんたもアルバイトしてみたら? うち紹介するわよ?」
むむっ、アルバイトか……。
異世界でいうクエスト的なやつであるなら是非とも紹介してくれないかな。
魔物退治なら自信はあるのだが。
「そのうち……」
「そのうちって言って長くなりそうね」
くっ、こいつには何から何までお見通しな気がする。
そのジト目をやめろ、そんな目で見るんじゃない。
「親御さんに追い出されて姉に泣きついて入り浸って幼馴染に奢ってもらうなんて、情けないったらありゃしないわ」
「やめてくれ飛鳥、説教は俺に効く」
「効いたならそれでよし、少しは働きなさいよ」
飛鳥の深いため息。
彼女は彼女で俺を心配してくれているのは分かる。
俺だって、働きたいっちゃあ働きたい……かも。
確実なのは今こうした生活は長続きしないし自分のためにもならないけど……うん、そのうちだ。
「楠野さーん、
「呼ばれたわよクズのこうすけさん」
「誰がクズだ!」
ここ数ヶ月は外食なんてあまりできなかったなあ。
俺が自由に使える金は姉ちゃんからの小遣いのみだ、貴重なその資産は外食には中々使いづらい。
奢ってくれるとあれば肉、ラーメン、寿司の三択でありおそらく肉と寿司のどちらかを答えた瞬間に俺は飛鳥から強烈なビンタを食らうのでやめておく。
「……ラーメン、そう、ラーメンはみんな大好きな食べ物だ」
「浩介君、聞いているかい?」
脳内会議を終えると訝しげな院長の顔が目に留まる。
俺の顔を見て動く右手は何を書いているのか気になるところ。
「あ、はい、聞いてます」
「ラーメンの話は一切してなかったんだがねえ」
「すみません……」
「君が思っているよりも、心は相当疲れているようだ」
そうなのかなあ。
……そうなのかもしれない。
だから俺はニートなのだ、うん、つまり俺がニートなのは心が疲れているから仕方がないって事だな。
「薬を出しておくよ、ゆっくり休んだほうがいい」
「……はい、どうも」
なんか絵を描かされたりしたがあれはどんな意味があったのだろう。
とりあえず異世界で見た特徴的なぐねぐねした木を描いてみたけど、「えぇ……?」って声を漏らしていてかなり引いてたような。
まあいっか。
それはもう置いといて、だ。
病院での診察を終えて、意気揚々とラーメン屋へ。
「……ラーメンはないでしょうに」
「おいおいわかってないな」
「あんたこそわかってないわね。普通こういう時は女を気遣ってもっとこう、せめてファミレスとかにすべきじゃない?」
「お前……女だったのか!?」
「死ぬ前に最後の言葉を考えておいたほうがいいわよ」
「えっ俺死ぬの?」
やだなあ飛鳥さん、冗談ですよ。
そんな殺意の込められた目をしないでくれるかな? 怖いよ?
「いい奴だったかもしれないわ……」
「どうして過去形に? それにかもしれないってなんだよ、そこはいい奴だったって言い切ってよ」
「クズいい奴だったわ」
「クズをつけるなクズを!」
何はともあれ、飛鳥を説得して店に入るとした。
最後まで不満そうだったが、ラーメンの素晴らしさをわかってないなら教えてやろうじゃないの。
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