第2話.聖剣イグリスフ
「……外に出るか」
引きこもりがちになるのはよろしくない。
体もそれなりに動かさなくちゃすぐに鈍ってしまうから、ウォーキング程度は毎日するようにしていた。
今日はウォーキングのついでに本屋にでも行って読んでる漫画の新刊を確認ておこう、食材の買出しもしなくちゃな。
ここで一つ気をつけておかなきゃならんのは……。
「よっと」
扉を開けて左右確認。
よし、お隣さんや同じ階の住民は出てこない。
少し時間をずらしたからみんなはもう学校やら会社に行ってしまったはず、大丈夫だ。
「おっけぃ」
なんだろうな、悪いことはしていないんだがどこか後ろめたい。
周りの視線がどうしても気になってしまう。なるべくひと気の少ない道を選んで本屋に行くとした。
平日の朝っぱらから本屋にいるというのももしかしたら店員にはこいつニートなのでは? なんて思われているかもしれない。
でもね、俺は家事をしてる。家事をしているのだよ店員さん。
これも立派な仕事、一応……ニートではない。
……なんて、こんなのはただ自分に言い聞かせているだけであるが。
本屋には基本的に長い時間は入り浸らない。
雑誌の立ち読みも来週号を待つだけになってしまって退屈だし店員に見られている気がして落ち着かないのだ。
店を出るときに求人誌が目に入った。
「……」
くそっ、中々手が出ない。
中卒でこの二年間は現実世界での社会経験は皆無、そんな俺に何が仕事できるのか。押し寄せる不安が俺の手を引っ込ませてしまう。
「……買出しに行くか」
道中に魔物でも出てきてくれれば俺だってこの世界で活躍できるんだと証明できるんだが。
愛用の剣はまだ持っている――持っているというか、あれは俺の体内に宿らせているから出そうと思えばいつでも出せるのだ。
この世界では出した瞬間に銃刀法違反という処置が待っているし、魔物も出てこないから出す機会など微塵もないけど。
あ、でも自宅でならたまに出してはいるんだぜ。
大根を切る時とか大きい魚を捌く時は便利だ、あの切れ味はこの世界でならおそらく最上級。
鉄を斬っても刃こぼれはせず、多少の損傷をしたとしても自動修復し、持つだけで使用者の身体能力向上もつく優れものだ。
ゲームでならさまざまな条件をクリアしてようやく入手できる代物だが、こうも剣を使える機会が少ないと剣も腕も錆付いちまう。
異世界と違ってこの世界は本当に平和だ、それは良い事ではあるが勇者は失業だ。
「あら? 浩介?」
「うぬっ!?」
体が硬直する。
誰だ? 俺を知っている奴との遭遇は避けたかったのだが。
恐る恐るながら振り向くや、そこにいたのは――幼馴染、
「なんだ飛鳥か」
「なんだとは何よ」
むっと少々不服さを見せるも飛鳥はとたとたと距離を詰めてきた。
長い睫毛にやや鋭さある瞳、整った顔立ちながらショートヘアがどこかボーイッシュさを醸しだしている。
「……朝からどうしたんだ、学校は?」
「今日は休校なの、六月は行事の休みがちょいちょいあるのよ」
そういえば私服だ。
派手すぎず地味すぎず、紺色の花柄ワンピースにレザージャケットとは、ファッションセンスも抜群でイケてる女子って感じ。
俺はというと安っぽいパーカーに下はジャージ、酷いファッション落差である。
「またふらふらしてるの?」
「ふらふらとはなんだよ、買い物しようとしてたの」
「買い物ってどうせスーパーに食材買うだけでしょ。これだからニートは」
こいつ、異世界なら心を読み取れる特殊能力者かと疑うぐらい俺の考えを読んでくるな。
「俺には家事という仕事がある、スーパーへの食材調達も立派な仕事だ」
「ニートがよくほざくわね、控えめに言って働けカスって感じだわ」
「さらりと汚い発言するね君」
ぐうの音も出ない自分が悔しい。
「暇でしょ? ちょっと歩かない?」
「買い物が……」
「帰りに行けばいいじゃない、そんな時間掛からないでしょ?」
「まぁ、ちょっとくらいなら」
「ニートが時間を気にするのは酷く滑稽だわ」
「あんまりニートニート言わないでもらえるかな?」
昔はもっと立派な使命があったのに今じゃこれだよ。
ニートという単語は周囲にはあまり聞かれたくない。飛鳥をちょいと歩道の端へとさりげなく誘導してから話を再開した。
「どうせ買い物終わったら家に帰ってゲームしてごろごろしてるだけなんだから、運動不足を解消するためにも歩きましょうよ」
これまた彼女の言う通りだが。
こいつ、あまりにも俺の日常生活を把握しているがまさか、俺の部屋に盗聴器やカメラでも仕込んでいるんじゃないだろうな。
「聞きたい事もあったしね」
「聞きたい事?」
ニート生活は楽しいかといった質問であるならば断固として拒否したいところ。
そういえばこうしてちゃんと話をするのはいつ以来だろう。
姉ちゃんのとこに転がり込んでからは姉ちゃん以外とは話をしなかったのもあって、久しぶりに飛鳥と話すな。
「あんたがこの二年間何してたのかをね」
「いや、まあ……その」
……それは、気になるところだよな。
当然といえば当然か。
「あんたのお姉さんにも聞いたんだけど、はぐらかされてさ。秘密にしなきゃならないことでもあったの?」
「正直に言っても信じてもらえないかなって思って」
ほんとそれなのだ、説明するのが難しいがしかし。
正直に話してみるというのも、一つの手ではないだろうか。飛鳥はどう反応するやら。
「何よ、言ってみなさいよ」
「……実はだな」
「ええ……」
顔つきをきりっと真顔に。
真面目な話をするという雰囲気を出してから、俺は口を開いた。
「――異世界に飛んで、魔王を討伐してたんだ」
「すぐ近くに叔父さんの病院があるの、私が一緒についててあげるから……大丈夫、安心して」
「そんな哀れんだ目で急に優しくなるなよ……」
ほらこれだ。あーあ、正直に話して損した。
飛鳥は更にスマホでなにやら検索し始めていた、どうやら心を病んでいる人への接し方について調べているらしい。
彼女なりの優しさだろうが俺には辛い。
「今日暗くたっていいじゃない、明日が明るいと信じていれば」
「いきなり何言い始めてんの?」
「後ろ向いたって何もない、下向いたって地面だけ、上を見れば空があって、前を見てれば希望があるのよ」
「なんで人を励ます名言集みたいな発言を?」
「頑張れ頑張れやれるやれる絶対やれるやれるって諦めるな!」
「何こいつすごくうるさい!」
ここは俺が本当に異世界にいたというのを信じさせるべきか。
剣を出してみせれば流石に信じるかね。
周りには人はいない、異世界に行ったという証拠を見せるのならば今だ。
「じゃあ、異世界に行った証拠を見せよう」
「病院に行ってからにしない?」
「これを見せたらそんな口も叩けなくなるぜ」
俺は強く念じる。
あの剣は一心同体、いつどんな危険な時でも――聖剣イグリスフがあったからこそ俺は生きていられた。
まさか幼馴染に見せる羽目になるとは俺も予想外だった。
「はぁぁぁぁあ!」
右手を空へと差し出す。
あ、太陽光が若干まぶしい。
「でやぁぁぁあ!」
てか、イグリスフを出すのは久しぶりだ。
「うりゃぁぁぁぁぁあ!」
あれ? どうやって、出すんだったかなぁ。
ちょっと待ってね? 今感覚を思い出すから。
……それから三十分後。
「――保険証なくても診てくれるって。叔父さんに感謝しなくちゃ」
「くぅーん……」
俺は待合室にいた。
飛鳥が電話をするや心の病についてどうたらとかで勝手に話が進んでしまった。
どうしてこうなったのだろう、誰か教えてくれ。
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