異世界帰りのダメ勇者
智恵 理侘
第1話.元勇者の今は。
ニート生活というのは、それなりに楽しいといえば楽しい。
お金さえ使わなければのんびりと過ごしていられるし、誰にも束縛もされない。夜更かしだってし放題だし、昼まで寝ていてもいいときた。
だが生活リズムが狂うのはよろしくないので早起きはなるべくするようにはしている。
……早起きしたところで別に何かするというわけでもないんだがね。
ニートは早く起きようと遅く起きようとテレビを見るか、ゲームをするかネットサーフィンの三つから、日替わり定食かのように選択するだけだ。
……しかしながら。
流石にこの不景気なご時勢で高校も出ずにニートをしているのは社会的にまずい。
けれど言い訳はさせてくれ。
仕方の無い事情があったのだ、この生活は本意ではない、ああ、本当だ。
誰が信じられる? 高校受験当日なのにある日突然異世界――ノリアルに召喚させられるなんて。
こっちは折角志望校の勉強を頑張っていたのに、試験を受けられないのが確定ときた。
不安を胸に家を出た瞬間に――目の前には中世のような世界が広がってるわ、王族の方々を筆頭に大勢のお偉いさんが魔王討伐を懇願してくる始末だ。
他力本願すぎやしないかって話だよな。
正直なところ魔王討伐より入学試験を受けさせて欲しかったんだが。自信はあったんだぜ?
ただ、トラックが突っ込んできたり神様のミスだったぜと何かしら不幸な目に遭うような展開でなかったのは良かったがね。
でも卑怯だよなあ。
空気も凍りつくような緊迫した雰囲気を醸しだしてきたら断りづらいし、更には美女にまで迫られたらさ……これはもう断れないね。
断れる自信のある奴がいたしよう、そんな奴に彼女――セルファ・ドミリアを会わせてやりたいものだ。
そりゃもう美少女、絶世の美女という言葉は彼女のためにあるのかと思いたくなるほどの、一目見たらもはや宝石のようなあの碧い瞳には誰もが心をぎゅっと掴まれる。
上目遣いで、潤んだ瞳で懇願してくるあの時の様子ときたら、今でも心に焼き付いている。
断れる奴がいるなら見てみたいもんだぜ。
それ以外にも色々とあったのだが、仕方の無い事情を細かに話すには長くなる、割愛させていただこう。
大体お金絡みだったし。
そういうわけで魔王討伐のために修行をしたり、ギルドに入って魔物退治をして経験と技術を積み重ね、魔王の情報を集めて――二年の時を経て、ようやく魔王を討伐して――
ううむファンタジーな世界をまさか自分が体験するなんて思いもよらなかった。
しかしこれといってハーレムを築く事もなく、ただただ大変だった。
時には命の危機にさえ瀕した事もあったんだぜ、この世界で死んだら生命保険って適用されるのかなぁとか考えた事もあったね。
それはさておき。
そんな様々な苦難を乗り越えて俺はノリアルの勇者という、これといって元の世界では特に役の立たない称号を頂いてお帰りになるのだが。
さて、ここで問題だ。
二年間行方不明だった青年がいきなり元の世界に戻ってきた時、何が待ち受けているか。
「プレスタ4が出てるんだもんなあ」
素直にこれは驚いた。
「アメリカの大統領、変わったんだ」
これもそれなりに驚いた。
「俺、死んだことになってんの?」
これには一番驚いた。
二年もの行方不明で、死亡とみなされるには七年くらい掛かるらしいんだが、家族はもう死んだものだ思って諦めていたらしい。
すんなりと諦めてくれるなよ、大事な息子なんだぞあんたらの。
しかしまあ生きているとわかれば、そりゃもう怒られるだけ怒られて、その後は喜ぶだけ喜んで、けれど失踪していた二年間の説明をしたら……俺は精神科の病院へと連れて行かれる羽目になった。
これまた困ったものだ。
カウンセラーの話を聞いているとこの二年の間は本当にただただ放浪して妄想の中を生きていたんじゃないかって錯覚してしまいそうになるが、あれは確かな現実だ。
カウンセラーめ……話が上手いせいで危うく丸め込まれるところだった。錯乱魔法を使ってるんじゃあないだろうな。
自分の頭が正常であると証明するためにもノリアルに連れて行ってやりたいが、残念ながらこちら側からは行けない。
悩みと課題は多い、本当に。
二年の空白を元の世界で埋めるには苦労する。
勉強面もそうだし、何より生活面ではこう……どこか心の中に空洞ができたかのような気分に陥ってしまう。
街を歩いても魔物がいるわけでもない。
俺を頼りに遠慮はるばるやってくる旅人も訪れない。
悪徳奴隷商ともやりあって奴隷を解放したりもない。
討伐の依頼も来ないので当然金も稼げない。
かつての仲間もいない。
やりがいも、目的も、みんな失ってしまった。
……退屈している。
この世界はノリアルと違って文明は遥かに進んではいるし、興味深いものは多い。
けれど、この世界にはノリアルのような刺激はない。
だからやる気も追いついてこず、気がついたら無気力になって家でだらだらする日々。
家にいると息苦しくてたまらないし両親の視線も痛い。
考えた上で俺は一人暮らしをしている姉を頼った、というか実家から逃げた。
姉は独身でそれなりに稼いでいるらしい、俺のいない二年間にいい会社に入って出世街道まっしぐらのようだ。
うらやましい限りである、俺も異世界だったら出世街道まっしぐらだったんだんだぜ姉ちゃん。
コネ入社が出来るような権力を持ったら是非とも姉ちゃんを頼りたいね。
「まああんたも大変かもしんないけど、ちゃんと働きなさいよー。じゃ、行ってくるから家事よろしく」
「あいよー」
バタンと、扉が閉められると同時に俺は溜息をついた。
「ふふっ……何が悲しくて家事全般を任せられているんだか……」
異世界では剣を振るっていた俺だが、今ではハンディモップを振るっている。
魔物退治じゃなく埃退治だ、俺の誇りも退治されてしまったらしく今では掃除にちょっとした生きがいすら感じている。
セルファがよくこうして俺の身の回りの世話をしてくれていたのを思い出すなあ。
王女ながら、その地位や権力を振り翳す事もなく俺によく尽くしてくれていた。彼女は今どうしているのだろう。
願わくば異世界にまた戻れたら……。
そんな願いが脳裏に過ぎってから、健気にも既に三ヶ月祈り続けている。
ノリアルでの役目は終わった、平和になった世界では、勇者の武勇伝があるだけで十分。
俺がいる必要はなく、いたところで異世界で就職活動でもするのかって話になる。
そそくさと転送の儀式が行われて現実世界に送り返されたが、どうしたものか。
平和になったからお払い箱、というネガティブな考えにはつなげたくない。
共に旅をした仲間達にはまともな別れも言えずにこの世界に戻ってきてしまった。
「……よし!」
掃除も経験と技術を積み重ねてきたおかげで短時間ながら隅々まで綺麗に出来るようになった。
誇らしいぜ……でも、
「暇になったな」
だったらバイトでもしろと。
自分ではわかってはいるもののどうも行動に出れない。
というのもだ、姉ちゃんは俺が家事をしていれば割りと居候は文句言わず、それどころか働かずとも一日三食出るわパソコンやりたい放題のこの環境――動き出そうとする俺に怠惰の手が絡みついてしまった。
どうせ外に出ても魔物もいないし、俺の望む世界はない。
……このままじゃあいけない。それは百も承知している。
でも、もう少しだけここで楽な暮らししちゃおうかなー?
プレスタ4もある、姉ちゃんは家庭用ゲームに手を出してもすぐ飽きるタイプだ。
出てまださほど経っていないのに埃をかぶっていたために今や綺麗に磨き上げて俺が使用している。
ソフトもそれなりにあるし暫くこれで遊んでいられる。
しかも家事をちゃんとしていればお小遣いももらえるとくれば。
「はっ!? これってある意味俺はアルバイトをしているのと同じなのでは……?」
ここにいればアルバイトしながらいつでもゲームできていつでも寝られる。
最高の環境ではないか!
やっぱり今すぐには行動できないな、少なくとも棚にあるゲームを全てやり終えるまでは。
今まで死に物狂いで奔走していたんだ、少しくらい長い休暇は必要だ。
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