第3話 結婚令は悪だ!
「ごめんね、レイシ、恋愛させて。こんなことになるとは……」
レイシが無職になって数日。様子をみに、プラムはレイシの部屋を訪れた。
「俺は、恋愛も普通に生活することもできないんだ」
カーテンを閉めきった暗い、ワンルームで、レイシは体を縮め、うなだれつづけている。
「もう、結婚も大人もどうでもいい」
「そうだね。結婚令が出て、嫌な事件が増えている」
プラムは、レイシの部屋の郵便受けにたまってた新聞を、勝手にめくっていく。
「結婚させるために誘拐、結婚相手の取り合いで殺害、結婚詐欺……こんなのに関わるなら、無理に結婚しなくていいかもね」
殺害――、自分も殺害しそうに、悪人になりかけたと、レイシは頭を抱えこむ。
飛ばされたおばあちゃんは、本当に能力が強かったおかげで上手く防御でき、軽症ですんだらしかったけど、一歩間違えてたら――。
「悪人。そんなに悪がはびこるなんて……結婚令なんかがあるのがいけないんだ! 結婚令は悪だ!」
レイシは、立ち上がり、玄関へと向かった。
「レイシ、待って。また王様に話しても、変わらないよ」
正義の出立を止められ、レイシはプラムを軽く睨む。
「人を、レイシと同じ悩みを持つ人を集めて、デモを起こしてみたら」
プラムの考えに、レイシの目が輝く。
「プラムの提案はいつもおもしろいな。よし、明日、デモを決行だ!」
SNSの拡散により、翌日、人が集まった。
「結婚令反対!」
デモ隊は、王宮を目指して行進する。王宮に近づくと、護衛軍が立ちはだかった。
「王の
「言論の自由だ」
「表現の自由! 非結婚は表現の自由!」
デモ隊はひるまず進む。
軍は、銃を向け、発砲した。
が――、花が、花びらがまう。
「どうだ、若造。わいの力は」
トメさんが、プラムに車椅子を押してもらっている。
「今日仕事に行ったら、どうしても協力したいって、頼まれちゃった」
プラムはレイシに、爽やかな笑顔で手を振っている。
「え、トメさん、大丈夫? 俺、飛ばしちゃったけど」
レイシは、トメさんに駆けよった。
「あんなので、くたばりゃしないよ。わいは、あんたが気に入ったよ。いけ! 若造」
「ありがとう、トメさん」
なぜあれで気に入られたのかわからないが、レイシはありがたく前進した。
「結婚令反対!」
銃が使えなくなった軍は、声を張り上げるデモ隊に斬りかかってきた。
レイシは、あらんかぎりの力をこめ、手をつきだす。爆風のような威力が飛びだし、軍は一気になぎ倒された。
最新鋭の軍用機が出動された。数秒でデモ隊の上空に浮かび、発射準備にはいる。標準は、レイシに合わされた。
だが、突如風が吹き荒れ、撃てない。
上空に気づいたプラムが、風を操っていた。プラムが手を弧を描くように回すと、飛行機は風に絡めとられるように、くるくると舞い、彼方へ消えた。
前進するレイシは、一人、そのまま王宮に入っていく。護衛軍を軽々押し倒し、あっという間に王の間にたどり着いた。
王の護衛は腰が引け、王を守る者はいない。
「結婚令をなくせ、さもなくば――」
レイシは、途中で奪っていた剣を、玉座に鎮座する王に向ける。
「王の命は絶対だ」
揺るがない王に、レイシは剣を振り上げた――。
「レイくん、待って!」
姫、レイシと同じくらいの年令の女性に親しげに呼ばれ、レイシは止まり、剣先を床につけた。
姫はそれでよしと、うなずきながら、王の側に行った。
「なんだ、ドリアン。出てくるな」
「お父様、結婚さえできればいいなんて、おかしいですわよ! それって、愛がなくても、無理やりでも結婚できればいいってことでしょ?」
王の制止を無視して、ドリアン姫は主張する。
「それがなんだ。我は他の者への愛を我慢して、后と結婚したぞ。けど、かわいいお前に会えた。それでいいでないか」
「だからって、それを国民に強制すのは間違ってますわよ。それに、もう母上はいないのだから、本当に愛する者と再婚したらいかが」
そう娘に言われて、王は考えこみ、それからレイシを見つめた。
「その者はもう家庭があるが、その者の子供がよく似ていて……、好きだ。レイシ、結婚してくれ」
「お父様、わたくしの初恋の人を取らないで下さいます?」
レイシが驚く間もなく姫が意外な告白をし、王も戸惑う。
「レイくんは、わたくしを助けて下さいました。それからわたくしは、お慕い申し上げていました」
姫はレイシに近寄ると、「会いたかった」と、両手を握った。
「え、いつ、姫様を?」
美しい姫をまともに見れずに、さっきからレイくんと呼ばれているのを不思議に思いながら、レイシは尋ねた。
残念そうに、姫は手を放す。
「子供のころ、わたくしが魔王から身を隠すため、村に預けられていたときのこと。
わたくしは、いじめられていました。それを、レイくんが助けて下さったのですわよ」
レイシは思い出した。変な口調の女の子がいじめられていたことを。
それから、正義感からいじめに立ち向かい女の子を救ったのはいいけど、その後、女子たちから陰湿ないじめを自分が受け続けたことを。
「ああ、アンちゃん。覚えててくれて、ありがとう。まさか、姫様だったとは」
助けた後に女の子をアンちゃんと呼んで遊んでいたことも、レイシは思い出し、姫の顔を真っ直ぐ見た。確かに、アンちゃんの面影がそこにはあった。
目が合った彼女は、優しく笑った。
レイシは、嬉しかった。自分のことを思ってくれてる人が、女の人がいたことを。けど――。
「ごめんなさい。俺は、結婚できない。俺は、愛せない。好きという気持ちが、愛がわからない」
「そんな――」と、姫は悲しそうな顔をする。
「このまま結婚すれば、愛のない無理やりの結婚になります。俺は、自分の心に嘘をついて結婚できません」
「我との結婚も、だめか?」
王の問いに、レイシは苦笑しながら首を力なく振った。
「だから、お願いです。独身の自由を認めて下さい」
レイシが真剣な目で王をとらえ、二人は見つめ合う。王は先に目をそらし、フッと笑った。
「真面目だな、君は。真面目に考えすぎだ」
「ええ。俺は、嘘をつけません。嘘は泥棒の始まりで、勇者、正義のヒーローは泥棒にはなりません」
「そのヒーローが反逆者か」
王は冷やかに笑った。
「結婚令によって、悪行が増加しています。悪を生み出す結婚令を、俺はなくしたい。
そのためなら、その悪令を出した王、あなたを殺すのも仕方ないと思っています」
レイシが再び剣の切っ先を王に向けて、王はゆっくりと両手を上げた。
「わかった、わかったよ。我は、君の正義に完敗だ。我は、君のそういうとこが好きでならない」
王は深呼吸し、落ち着いて思慮を巡らせた。
「結婚令は止める。
けど、我は君への気持ちを捨てられん。だから、君を貴族として迎え、側にいさせたい」
「いや、俺は、そういう身分や称号は――」
剣を下に向けたレイシは、慌て拒否をする。
「わかっておる。君がそういう権力が嫌いなのは。――結婚令廃止とひきかえだ」
今度は王が、逃すまいとレイシを真剣な目でとらえる。
レイシは、一本とられたなと、苦笑した。
「仰せのままに――」
「おお、レイシ!」
王はレイシを抱きしめようと立ち上がった。だが、それより先に姫がレイシを抱きしめていた。
「お側にいられるのですね……」
姫の目から涙が一筋流れていく。
人肌はこんなにも暖かいのかと、レイシは思った。
女性に、母親以外の女性に、初めて抱かれている。レイシは戸惑ったが、その温もりをかみしめるように、抱き返した。
それを、見物するしかなかった王は、気まずそうに頭をかいた。
かくして、元勇者レイシは悪令を廃し、独身貴族になったのだった。
なったのだが、なにか、今まで知らなかったなにか、感情が、芽生え始めていたのだった。
かつての勇者は結婚できない 八木寅 @mg15
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