第2話 婚活

「プラム、ありがとう」

 レイシが無断早退した翌日。老人ホームの外にある自販機の前で、レイシとプラムは休憩中である。

 老人ホームでの信頼厚いプラムのおかげで、レイシは首をまぬがれ、今日も働けている。

「いいえ、勇者様の尻拭いはいつものことだからね」

 昔を思い出したプラムは、笑顔で缶コーヒーをすする。

「にしても、最近は、プラムに助けられてばかりだよ。この仕事も、プラムの紹介で働かせてもらってるし」

「そう思ってるなら、長続きするように頑張ってね。

 今回はなんとかなったけど、次はないって、所長言ってたから」

「うん……頑張るよ」

 頑張ると言いながら、レイシはどう頑張っていいかわからず、不安になった。


 俺は、いつも精一杯頑張っているのに。なんで、うまくいかないのだろう。


「結婚も頑張らないとね」

 プラムの一言がさらに追い討ちをかける。レイシはため息を吐いて、下を向いた。

 その時、若い女性スタッフが二人、老人ホームから出てきた。楽しそうに会話しながら、自販機に向かってくる。

「ねぇ、結婚どうする?」

「誰かいい人いないかな?」

 結婚令が出て、街中で聞かれる話題だ。

 プラムは、「任せて」と、レイシを自販機の死角に隠した。

「ね、レイシはどうかな、元勇者だよ?」

 プラムは女性二人にそれとなく、聞いてみた。

「えー。正社員でないし、勇者って、かつての話でしょ? ないなぁ」

 そう答えた女性は、魔女水(栄養ドリンクみたいなもので、美容にもいいらしい)のボタンを押す。

「レイシは正義感強くて、あと――」

「プラムさんなら、良いんだけどな。かっこいいし、頼りになるし、優しいし。結婚してるの、残念」

 もう一人の女性が茶化すように、プラムの左薬指にはまった指輪をつつっいた。

「あ、いや、その、」

 女性の不意打ちにドキリとしたプラムは、左手を後ろに隠す。

「じゃ、仕事頑張ろうね」

 缶を買うと、女性たちは戻っていった。

「あはは、ごめん」

 照れて紅くなったプラムは、冷静さを取り戻そうと頭をかきながら、レイシに声をかける。

「まったくもう、嬉しそうな顔しやがって……もう、いいよ。俺はどうせ、かつての人だし、非正規だし、嫌われものだし」

 レイシは、座りこみ、顔をうずめた。

 元気を出させたいプラムは、考え、ある名案を思いついた。

「あのさ、提案なんだけど、おばあちゃんをめとるのはどうかな」

 は? と、レイシは顔をあげた。

「レイシはおばあちゃんとなら、話せてるじゃない?」

 プラムは、レイシを励ます。

「そうだけど、恋愛対象外だよ。そもそも、女性に恋愛感情持てたことないけど……」

 前向きにならないレイシに、プラムは真実を話すべく、深呼吸をした。

「おばあちゃんだって、女だ。心を通わせ、通じ合う者をみつけれるかもよ? 秘密にしてたけど、私の妻は、ここの入所者だった人なんだ」

「え、だって、今度産まれるって聞いたよ?」

「今は、最新技術で成人女性なら誰でも妊娠可能だからね」

「マジかよ」

 自分の知らなかった医術の発達、友人の秘密に、レイシはショックを受けた。

「だから、おばあちゃんと恋愛してみなよ? レイシは、会話はできてるから――次は、ボディタッチだな」

 プラムは、名探偵のようにレイシの手を指差し、話を進める。

「体動かすの手伝ったりで、よく触ってるけど?」

 レイシは、困りながら両手を眺める。

「そうじゃなくて、お茶とか渡すときに、手を握ったりとか、ね?」

「手を握る――」

 レイシは、エア手握りをして、イメージをしてみた。

「そう。では、健闘を祈る」

 プラムは、レイシの背を叩き、気合いを注入した。



 そのタイミングはすぐにきた。

 広間にいるトメさんにお茶を持っていくレイシは、唾を飲み込み、緊張していく。

 お茶を置いて、トメさんが湯飲みに右手をかけた瞬間、レイシはトメさんの右手を上から優しく握った。

「き、今日は少し冷えますけど、大丈夫ですか」

 握るための言い訳だ。

 それに気づいたのか、トメさんは笑顔になると、左手でレイシの手をなでる。

「若かったころのじいさんみたいに、温かくて優しい手だね」

 トメさんが上目遣いでレイシを見る。

 花が咲く――。

 レイシは思わず、手を離した。トメさんの周りで花が咲いたように見えた目をこする。

「す、すみません。し、失礼します」

 レイシは逃げるようにその場を離れた。

「かわいいねぇ」

 トメさんは、いい獲物をみつけた女豹のような目で、レイシの後ろ姿をみつめていた。



 レイシは、急いでプラムのもとに向かった。

「て、手を、握ってきたよ」

 息と、心拍数が上がっている。混乱してるレイシは、花のことは話さなかった。

「次は、ほめてみよう」

「ほめる?」

 息を整えながら、レイシは聞く。

「ほめられると、相手は嬉しがり心を開く。心が通じやすくなる」

「なるほど」

「あちらのマダムはほめるとこがわかりやすいかもね」

 プラムは、窓辺のソファに座って外を眺めているミヨさんに手を向けた。

「いつもきれいな宝飾品を着け、化粧をしてきれいにしてる。だから、その美的センスをほめるんだ――ほら、いってきな」

 プラムは、レイシをミヨさんの方に押し出した。

「え、ミヨさんに? 手を握ったのは別の人――」

「レイシは女性のことも恋愛も知らない。勉強しなくちゃね。いろいろな女性を、恋愛を知らないと、いい結婚できないよ?」

「わかったよ……」

 結婚という言葉に、レイシの体は動かされ、ミヨさんに近づく。

「ミヨさん、きれいですね」

 前置きもなしにきりだして、隣に腰かけた。

「あらま、ありがとう。こんなシワシワのおばあちゃんに」

 レイシがふざけてると思い、ミヨさんはおもしろおかしく笑う。

「あ、その、ミヨさんいつもきれいにされてるから。その、首とか手首についてるもの、色が素敵ですね」

 レイシなりに良いと思ったところが口に出る。おばあちゃんになら、それなりに話せるようだ。

「ああ、これ? 自分で作ったのよ。私の魔法もかけてあるの」

 ミヨさんは、子供っぽく楽しそうに笑う。

 魔力が見えるレイシは、その宝飾品からちゃんとオーラが発されているのに気づき、少し怖くなって退いた。

 けど、恋愛の勉強のためにもう少し頑張ってみようと踏みとどまった。勇者は勇気があるのだ。

「あの、ミヨさんは、きれいです。とても輝いて見える」

 レイシは頑張ってミヨさんをほめ続けた。きれいではないが、本当に輝いていた。宝飾品のオーラの光で。

 それは、レイシにとっていいものではなく、近づきたくないと感じたが、実際は香水みたいな媚薬効果が少しあるだけの魔法である。

「そう? うれしいわ」

 この子は私の魔法にかかったかもと、勘違いしたミヨさんは、レイシに体を近づけてもたれかかった。

 レイシの体がびくつく。

 レイシは、逃げたくなったが、勉強のためにまだ何かほめれるか考える。

「ボディタッチ」

 考えてたレイシの頭に、プラムのテレパシーが響いてきた。レイシがキョロキョロすると、プラムが物陰から見ているのをみつけた。

「どこでもいいから、なでろ」

 そうテレパシーを送ってきたプラムは、手をヒラヒラさせている。

 レイシはため息をつきたくなったが、これも勉強と、寄りかかられている方の手を、ミヨさんの肩にかけてさすってみた。

「顔、きれいですね」

 ついでにほめてもみた。

 その瞬間、二人の空間にキラキラと――スノードームのように光がまった。

 へ? とレイシが戸惑っていると、怪しげな曲が流れだし、ミヨさんが唇を――。

「す、すみません!!」

 口づけされそうになった直前で、レイシは立ち上がって逃げた。

 ミヨさんは、「残念だわ」と、不敵に笑った。



「どうだい、恋愛は」

 レイシが逃げた先で待っていたプラムは、先程の事故になりかけを知ってて、聞いてきた。

「……なんか騙してるみたいで、良心が痛む。やっぱり、おばあちゃんは恋愛対象にはならないよ」

 レイシの顔は、疲れきっている。

「気にすることないさ。彼女たちは恋愛ゲームを楽しんでるだけだからね」

「そう、なのか?」

「そうさ。もっと、恋愛を楽しんでみな。今日の夕方は月一回のダンス会だ。もしかしたら、奇跡が起きて、独身が終わるかもよ」

「そう――、だね」

 レイシは、「婆さんなんかと恋愛できるもんか」と思いながらも、期待してしまう自分もいた。



 ダンス会の時間がきた。

 自由参加だが、ほとんどの入所者はこれを楽しみにしていて、ほぼ全員が来る。

 会場の広間は、いつも置いてある机や椅子がスタッフによってどけられている。

「おい若造」

 飲み物の準備をしていたレイシは、呼びかけられて振り向くと、トメさんがいた。

 昼間のあれは錯覚ではなかったようで、トメさんの髪や服に花が咲いている。どうやら、トメさんは、フルールエルフ(花つかい)らしい。

「きれいですね」

 思わず、レイシはトメさんをほめていた。

「ありがとうね。わいと……踊ってくれるかね? その、優しい手で、握って」

 トメさんは、震える手を伸ばし、レイシの手をつかんだ。

 レイシは焦った。なんかトメさんが恥じらいをみせてるし、顔が紅い。彼女は、ゲームではなく、本当に恋をしているようにみえる。

「いいえ、この子は、私と踊るのよ。 そうでしょ、――レイちゃん?」

 名前を名札で確認したミヨが、そう呼びながら、レイシに腕を絡ませてきた。

 トメさんにどぎまぎしてたレイシは、急なミヨさんの横やりに、どうしたらいいかわからず固まった。

「なんだい、このお色気ムンムンばばあ! その顔は、死に化粧か遺影のために頑張ったのかね」

 トメさんは嫌みったらしく笑った。

「あら、喧嘩? 上等よ。魔女の私に勝てるかしら」

 ミヨさんは涼しい顔で、まとわりつけている光を手に集め、ボールのように構えてもった。今にも投げつけそうな光の珠は、火花を放ち、色がどす黒く変わっていく。

「ふん。わいのエルフの力をなめなさんな」

 トメさんも、どこから出したのか、いばらの塊を両手に浮かべている。

「ち、ちょっと、――」


 トメさんとミヨさんが吹き飛んでいく。


 力を発揮してしまったのは、レイシだった。「待って」と、咄嗟にに出した両手は、手加減することを忘れていた。

 魔王を一捻りにできる怪力は、普段の生活では注意しないと、すぐ壊したり、こうやって危害を加える。

 またやってしまった――と、レイシは、のびきった二人の女性を見て、肩を落とした。


 レイシの老人ホームでの仕事と婚活が終わった――。

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