かつての勇者は結婚できない

八木寅

第1話 結婚令

 王は摩天楼がそびえる街を満足そうに、バルコニーからながめていた。今や王宮は、周りの建物の中で一番低い。

「大臣よ、この発達した街は、素晴らしいな」

「はい。魔王退治から約十五年。我国の近代化は各国からも称賛されています」

 大臣もバルコニーに出て、王の隣に並んだ。

「ただ、急激に出生率が低下し、人口減少が心配されます」

「そうか……。大臣よ、勇者、レイシも、子をもうけてないのか?」

「え?十五年前に活躍した勇者のことですか?」

 あの人は今? 的な人の名が出て、大臣は少々焦った。

「……噂によれば、定職につけず、家庭も持てていないようです」

 元勇者の残念な噂をちょくちょく耳にしていた大臣は、王にそう伝えた。

「そうか……我は、ひとつ、きまりを考えたぞ」



 車椅子を押してあげていた元勇者は、くしゃみをした。

「大丈夫かい?」

 車椅子に乗っているおばあちゃんが心配そうに声をかける。

「ありがとう、トメさん」

 元勇者レイシは笑顔でそう答えると、少し考えこんだ。


 俺の噂するやつなんているのかな。いや、あったとしても、ロクなもんじゃないだろ。今だって、あの角で話しこんでいる若い女たちは、俺の悪口を言っているに違いない。


 レイシは、若い女、老人ホームのスタッフと目を合わせずに、トメさんを広間へと連れていく。

「ちょっと、レイシくん、」

「あ、はい」

 他の女性スタッフ、レイシよりも年上のお姉様(社交辞令と敬意をこめてそう呼ぶ)が、後ろから声をかけてきて、レイシはビクッとなりながら、振り返った。

「くしゃみするなら、マスクをして。入所者に風邪うつさないで」

「あ、す、すみません」

 レイシは嫌な汗をかきながら必死に一言出し、お姉様はふんと言って、足早に去っていった。

 レイシの胸はドキドキしている。あれだけの、女性との会話で、極度の緊張がはしる。

「おーい、レイシ! 勇者様!」

 トメさんの車椅子を目的の場所に止めると、背が高いイケメン男が呼びかけてきた。

 共に戦った仲間の一人、エルフのプラムだ。

「もう、勇者様は、やめてくれよ」

 半笑いしながら、いつものやりとりをする。レイシのことを勇者様と、プラムはよく冗談半分で言うのだ。

「レイシ、大変だ。結婚令が出された」

「結婚令?」

「そうだ。さっき、スマホの速報で――」

 プラムがスマホを取り出して操作を始め、レイシは顔をしかめた。

「仕事中はスマホ禁止だぞ」

「あいかわらず真面目なことで。とりあえず見な」

 スマホを渡され、しかめ面でレイシはスマホをのぞきこんだ。

 ……

 結婚令

 三十歳までに結婚すること。結婚せぬ者大人と認めず、大人の権利を剥奪する。

 ……

「なんだよ、これ?」

 信じられない内容に、レイシは愕然としながら、スマホをプラムに返した。

「なにやら、少子化対策らしいけど、レイシ、これ、大変だよね?」

「うん。大変だ。てか、無理だ。俺、あと一ヶ月で三十だよ。女に近づくことも、話すこともできないのに、結婚だなんて」

「それに、経済力もない、仕事は長続きしない、身長もない」

 プラムはレイシの頭をポンポンと触った。

「最後のは違うぞ。プラムが高いだけだ。俺は、平均身長くらいはある」

 レイシはわざと怒り、プラムは、はいはいと楽しく笑った。

「にしても、プラム、どうしたらいい? お前は、結婚しただろ? 結婚の先輩としてなにかアドバイスないか?」

 学べるものならなんでも学びたいと、レイシはプラムをみつめる。

「私のは、参考にならないと思うけど、まぁ、そこに心の通じ合う者、ひかれあう者がいたからかな」

「そうか……。俺は、話せないから、相手の心も理解できないよ」

 自分には無理そうな芸当に、レイシは気力をなくし、しゃがみこんだ。

「あ。私は精霊の力とかテレパシーが使えるから、それで――」

「なにそれ、ずるい!」

 レイシは立ち上がり、プラムにつめよる。

「だから、参考にならないって」

 とっさにプラムは、事故防衛のために両手を前に出した。

「あー、もう、なんでこんなに悩まないといけないんだよ」

 プラムに八つ当たりしそうになったレイシは、地団駄を踏んだ。

「真面目な勇者様だからじゃない?」

「茶化すな。これは……、これは……、このおふれを出した、王様が悪い!」

 レイシの正義感スイッチが入ったな、とプラムは思った。

「王様に言ってきたら? じゃないと、気が収まらないでしょ?」

「うん。言ってくる」

 正義感スイッチが完全に入ったレイシは、仕事を放り投げて駆け出す。

「これだから、勇者様は。さて、尻拭いしにいくか」

 走るレイシを見ながら、プラムは独り愉快そうに笑った。



 王宮に着くと、元勇者レイシは顔パスで王の間に入れた。

「おお、レイシ、久しぶり。元気にしてたか? 我はずっと心配してたぞ」

 王はレイシに会うと、手を握り、抱擁し、背中を叩いたりとせわしなく、レイシはなかなか本題を切り出せない。

「とりあえず、茶でも飲んで落ち着きたまえ」

 王にそう言われ、あんたが言うことかと思いながら、レイシは茶をもらった。

 茶を飲んでも、レイシの正義感スイッチは落ち着かない。

「王様、結婚令をお止め下さい」

 単刀直入に切り出した。

「そう言わず、早く結婚したまえ。このおふれは、レイシ、君の為でもあるのだぞ。皆が結婚を意識すれば、それだけ君の結婚の機会が増えるだろ」

「けど、大人の権利を剥奪とは、やりすぎでは」

「結婚して、子を持ってこそ、大人というものだ。三十でそれができぬのは、正常な大人ではないとみなしてなにが悪い」

「けど、それでも、立派な大人はたくさんいます。無理矢理結婚しても、離婚する人だっている。結婚が全てではないと思います」

「我は、少子化対策には、このおふれが最善だと思っておる。故に、取り下げるつもりはない。

 もし、三十までに君が結婚できなかったら、小姓こしょう(王の世話をする未成年者)として我の側に置いてあげるぞ。どちらにしても、君にとって良い話だろ?」

 王はたからかに笑い、レイシは眉をひそめた。

「わかりました。失礼します」

 これ以上話しても無駄だと思ったレイシは、王のもとを去った。

 王宮を出て、正義感スイッチが切れる。

「あー! しまった!」

 正気に戻ったレイシは、また転職か? と、考えながら、現在の職場、老人ホームへとダッシュした。






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