第14話 新しい日が明ける

「フィリオっ」


薄暗い廊下を駆けながら必死で名前を呼ぶ。


ケーメクの砦に着いて馬から飛び降りた。近くにフィリオたちの乗った馬がのんびりと草を食んでいるのが見えたが、砦の門は開いたままで人の気配はない。

そのまま中に飛び込んだ。

見張りの騎士どころか、中に入っても誰とも出会わない。しかも、濃い魔香の匂いが立ち込めている。


頭の中はフィリオが傷つき倒れている姿しか浮かばない。そして家族たちの墓標が重なる。

嫌だ、と心が悲鳴をあげた。


―――フィリオ、フィリオ、フィリオ。


状況が掴めず焦燥が募り、祈るように名前を呼ぶ。砦の窓は小さく木戸ですべて閉じられており、僅かな隙間から差し込む光でようやく見える程度の視界だ。廊下を進めば闇を揺らして魔狼が襲ってくる。


震える手で剣を握り、飛びかかってくる魔狼を片っ端から切り捨てた。

正直、魔狼などどうでもよかった。

あの愛らしい白金髪の少女の行方を教えてほしい。なぜこの生き物は口がきけないのかと憎悪すら募る。


「フィリオ、誰かいないのかっ」


声をかけるとドンと近くの扉に何かがぶつかる音がした。

どうやら扉の前に置かれた家具で入り口が塞がれているらしい。

慌てて重たい家具をどけると、転がり出るようにマグワールが出てきた。中肉中背だがしっかりと鍛えられた体躯の持ち主だ。ニクスと同様に二か月前に入隊した新人でもあるが、寡黙で基本的にはひっそりとしている。

彼がこれほど慌てた様子を初めて見た。


「なんだ、怪我したのか?」

「魔狼に腕を噛まれて…いや、それよりニクスの方が!」


一歩暗がりの部屋へ入ると、むせ返るような魔香の匂いがする。あまりに強い匂いに頭がくらくらしてくる。

物置部屋の一つらしく乱雑に木箱が積み上げられた一角で、壁にもたれるようにニクスが目を閉じていた。


「どういう状況だ?」

「魔香の灰を頭から被ってしまって。暴れだしたんでひとまず眠らせていますが、このままでは魔狼に食われてしまいます」


香木を燃やして魔香を焚くが、燃え尽きた灰も十分に効能を発揮する。匂いも強くなるので、たいていは土に埋めてしまうものだ。だが、この匂いの強さは相当な量を被ったことになる。


「洗い流せる水を用意するが、後回しだな。他の二人はどうした。どうして騎士隊がいないんだ?」

「私達が着いたときからも抜けのからでした。中に入った途端に魔狼に襲われて…慌てて逃げ出したところ、木箱が降ってきてニクスが灰を被ったんです」

「ボルガとフィリオは?」

「ニクスを部屋に閉じ込めて、外から魔狼が来ないようにしてくれました。それから、私の傷を処置するための薬を探しに行く、と言って二人で出ていきましたが」

「馬鹿野郎、砦の中は魔狼だらけだ! ここが魔狼の本拠地なのに、二人で行かせたのか。しばらくは部屋を閉じ込めておくから大人しくしていろっ」

「は、了解いたしました」


敬礼したマグワールに注意することもできず、部屋を出るともう一度家具で扉を塞ぐ。確かにこの重さでは魔狼がどけることは不可能だろう。安全な場所にフィリオを置いていかない部下どもには腹が立った。

一般人に傷薬を取りに行かせるとか、正気ではない。だが、もしニクスが目を覚まして暴れたら、あの狭い部屋ではどうなるかわからない。どちらも危険なことには変わりないのかもしれない。

どちらにしてもフィリオの無事が掴めないので、ベルグリフォンの苛立ちは頂点に

達している。

ようやく作業を終えれば匂いを嗅ぎつけてきたのか、魔狼が3匹集まっていた。


「ちっ、本当に鬱陶しいな」


剣を構え、ベルグリフォンは駆け抜ける。瞬時に、剣を横に薙ぎ払い、すぐさま縦に斬りつける。2匹は仕留めたが、3匹目はベルグリフォンのやや後ろから飛びかかってきたため、剣をひらめかせるとがきんと魔狼の牙に当たって弾かれる。


ケーメクの砦の構造を思い描きながら、舌打ちする。

医務室は砦の西棟の端にあったはずだ。今いる中央の建物の一番奥の廊下を西に進まなければたどり着けない。


「俺の邪魔をするなら、それなりの覚悟をしろよ」


ベルグリフォンは吐き捨てるようにつぶやいて、目の前の魔狼に向かって駆け出した。



しばらく進むと、魔狼が密集している地点に出くわした。

魔香の紫の煙が細く燻る。


「なんだってこんなところで焚きやがる!」


黒い巨体が一回り膨らんだように見えた瞬間、一斉に飛びかかってくる。

さすがに全部で12匹を相手にするのは荷が重い。

慌てて引き返し追い付いてきたものから順番に振り向き様に切り、また駆け出すことを繰り返す。

残り4匹になったところで、体を反転させそのまま2匹を片付けた。

すれ違い様に斬り込めば、残り1匹の筈だが血の匂いを嗅ぎ付けて新手が現れる。


「本当にキリがないな!」


廊下を疾走してようやく西の棟にたどり着いた時にはすっかり獣の返り血でドロドロになっていた。

医務室の扉を見つけた時にはホッとしたが、廊下に点々と続く血痕と、扉の前にたむろする魔狼に体が震えた。


まさか、フィリオのものじゃないよな。

体張ってでも護れよ、ボルガ。


でなけりゃボコボコにしてやる、と硬く誓って扉付近の魔狼を切り捨てると、扉を蹴破った。











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