第12話 ある曲を吹くように頼めば
結局、一言もフィリオと口を聞かないまま朝食が終わり、出発の時間になった。あと半日ほど進めば目当ての砦だ。その前に小さな村がある。20人ほどが暮らす寒村だが、砦との交流はあるので、そこで第12隊の行方を聞けるかも知れない。
そんなことをつらつら考えながらベルグリフォンが馬を進めると、合間にフィリオとの思い出が過ぎる。
昨日までは馬を並べていたし、休憩の時間も抱きかかえて暖を取っていた。国内は気候的にはあまり寒くはないが、朝や晩などは肌寒くなることもある。そんなときにフィリオのぬくもりは重宝したし、なにより柔らかな体は抱っこするだけで心が満たされる。
だが今日は一切できなかった。すぐ後ろをついてくるのはフェンバックであるし、朝食や休憩も常に彼が横にいた。
昨晩は泊めてもらった恩があるとはいえ、男とくっついて寝たところで嬉しくもなんともない。
目覚めた時に一番に視界に飛び込んできたのが、髭面の男だなんて悪夢すぎて笑うこともできない。殺意すら覚えたほどだ。
フィリオが結婚して家を出れば今の状況が当たり前になるんですよ、とフェンバックが呆れたように告げた言葉が胸をつく。
はっきり言って寂しい。12年間も一緒にいて、二人で苦楽をともにした仲だ。けれど、引き止めてはいけないとも強く思う。
倍ちかく年の離れた未来のない自分が、あれほど可愛いステキな女の子を囲うだなんて許されるわけがない。誰が認めても、自分が認められない。
育てたら、おいしく誰かに食べてもらう。
それが農民の心意気ってものだ。たとえ、喰われる前に相手を半殺しにしたくなったとしても。
開拓農民の出の自尊心にかけて、長年言い続けてきたものだが、今の状況にはあっさりと屈したくなってしまう。
寂しくて、心が冷える。
フィリオと出会わなかったほうが時間は長いはずだが、昔の自分は何をよりどころにしていたのか、記憶にない。
ふと閉じ込めた父や弟妹たちの姿が浮かんで、慌てて消した。
―――かっこ悪いことだけはするな。
ふと父の言葉が聞こえて、それだけを信念に生きてきたのだったとはっとした。フィリオを助けたのもそうだし、基本的な行動理念はかっこ悪くないように生きてきたつもりだ。同じことを彼女がいなくなってもするだけだ。
「隊長、様子が変ですよ」
「え?」
唐突に話かけられて、意識を浮上させればやや離れた場所から煙が上がっているのが見えた。何かが燃えているような黒い煙だ。
しかも一か所だけでなく方々となると、確かに様子がおかしい。
見える場所は寒村のあたりだ。
「いくぞ、ついてこい!」
ベルグリフォンは馬の腹を蹴ると、先頭になって駆け出した。
#####
「うわああああっ!」
「誰か、助けて!」
「くるなああああ」
村に近づくにつれて黒い塊がうごめいて村人を襲っているのが見えた。燃え盛る家の傍で炎にひるむことなく数匹が駆けている。
「魔狼?!」
「ちっ、12隊のやつらは何やってんだ!」
魔狼は体長4メートルほどの狼の変異種だ。獰猛で血の匂いに敏く、人肉が大好物とくる。すばしっこく鋼のように鋭い黒い体毛に覆われているため、剣での戦闘は苦戦することが多いため、3~4人で囲んで始末するのが通常だが、ざっと見ただけでもすでに10匹近くがいることになる。
12隊がきちんと対処していれば、村の近くで大量発生しているはずもない。
見える範囲には警備隊の制服はないので、近くにはいないようだが、ではどこにいるのかという話になる。だが、今はそれについて言及している時間もない。
「ボルガ、フィリオと数人を連れて砦から応援を呼んで来い!」
「了解しました!」
砦の方がまだ安全なはずだ。フィリオを届けがてら、砦に詰めている騎士を呼んできてくれるほうがありがたい。
ボルガと数騎が駆け出すときに白金の髪が揺らめくのが見えたので、安堵しつつベルグリフォンは周囲を見回す。
「馬が邪魔になるから置いていくが、襲われたら帰れないからな。魔狼は数人で囲んで始末しろ! ついでに水場を探して消火にも回れ」
「はい!」
村から離れた場所に馬を置いて、四人見張りを立たせて村へと向かう。昼時に差し掛かろうという時間帯で、どこの家も火を使っている。そこを襲われたのなら、どの家にも火が回るのは時間の問題だ。
村の外にまで逃げ出してきた男の近くにいた1匹の魔狼を数人が囲むのが見えた。
こちらは3人とフィリオが砦向かったため、現在27人で対応を強いられている。4人で囲めば6匹しか相手にできない計算だ。いくら手練といえども厳しい数に思わず呻きたくなる。
「魔狼の数がわからん、すぐに始末して次へ向かえ。もたもたしている暇はないぞ」
「おおっ」
猛々しい返事を聞きながら、村の中心部へと向かう。何軒かは半分以上火で焼かれており、幾人かは殺られているのが見えたがひとまず今は無視だ。
「なんだ、やつらひどく興奮してやがる」
「隊長、こいつらから魔香の匂いがします」
「魔香だあ?」
通り過ぎざまに向かってきた魔狼を剣で弾いた部下から報告があがる。
魔香は魔物を一か所におびきよせる際に使われる特有の甘さがある香木だ。興奮作用もあるので嗅いだ魔物が異常な攻撃性をみせるが思考力は落ちるので逆に扱いやすくなることもある。
殲滅作戦などで使用することもあるので、12隊の連中が使ったのかと思うが人里の近くで使うものではない。一歩間違えれば大量の死者がでることになる。
「ここいらで焚いたものじゃないな、とにかく村人の安全の確保が先決だ。急げ」
「があうっ」
命じた途端に、1匹の魔狼に飛びかかられる。
瞬時に剣で薙ぎ払う。だが、やはり一撃では仕留めきれない。
ベルグリフォンは瞬時に地を蹴り、やや苦しげに着地した魔狼の首に向かって、構えた剣を一閃させる。
「首が一番細くて斬りやすいな。狙うなら首だぞ」
「そんなことが狙ってできるのは隊長だけですからね。こんなすばしっこいの斬りつけるだけでも厄介だ」
「人を化け物みたいに言うなよ」
「せめて異常だって認識してください。そして部下に強要するのはやめてください」
フェンバックが周囲に警戒しながら肩を竦める。開けた場所は村の広場だろう。
すでにベルグリフォンの周りは6人ほどになっている。後ろを振り返れば来た方向から戦闘らしい音が続いている。まだまだ時間がかかりそうだ。
真ん中の広場から放射線状に民家が点在しているが被害にあったのは手前までのようだ。
一番奥にある大きな建物が村長の家だろう。
「誰かあの家確認してこい、それから怪我人は大きな家に運べ」
「いってきます」
すばしっこいジョウが返事をしながら村長の家へと向かう。それに2人が続く。残りは怪我人を見つけに家々を見て回っている。村の入り口付近にあった家とその奥の家が燃えてすでに大きく崩れている。
「だいぶてこずってるな。1匹仕留めるのに時間がかかりすぎる」
「魔香のせいでしょうね。興奮しているから、多少の傷でもかかってきやがる」
「しかし、こんな村の近くで大量に湧くか?」
「そうなんですよ。12隊のやつらはどうしたんでしょうね。まさか1か月も放置したなんてことは…」
「何のために? 俺たちへの嫌がらせにしても質が悪いぞ」
「そうですね。そもそも砦の連中がこんな騒ぎになって駆け付けてこないってのも不思議ですよ」
フェンバックの言葉に、ベルグリフォンはすっと背筋が冷えたのを感じた。
「そうだ、なんで騎士連中が駆け付けてこないんだ?」
ここから砦までは馬で半刻駆けた場所にある。煙があがっているのだから、見張りをしていればすぐに気が付く。
「隊長、魔狼は砦の方からやってきたって村人が話してます!」
大きな家屋から慌てて戻ってきたジョウの報告に、ベルグリフォンは一目散に駆け出したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます