第3話 壁の貼り紙
王都警備隊は王城に近い位置にある本部と王都内にある詰め所が職場だ。
ベルグリフォンは月初めの定例報告会議のために本部へと赴いているが、昨日までは内勤勤務当番だったのでそもそも本部に詰めていた。
早めの昼休憩がてら昼飯を食いに本部内にある隊専用の食堂へと向かうと、途中で第13隊副隊長のフェンバック・デルタと出会った。
次に内勤勤務になる5番隊へ引継ぎでもしていたのだろう。
「ああ、定例会終わったのか。お疲れ様です」
「本当に疲れたな」
「例の件、せっつかれたんでしょう?」
からかうような声音に、苦笑を返す。
「俺に言っても仕方ないと思うんだけどな」
「成人前の子供は親の管轄でしょうが。親の決めた縁談なら子供は拒否できないから、今の内に話をつけておこうってことでしょう?」
「成人前って言ったって、俺がアイツに命令なんてできるわけないだろ。血も繋がってない養い親だ。はあ、本当どうしたらいいんだ」
養い子のフィリオ・アッシュは17歳。今年誕生日が来たら18歳になる。彼女が5歳の時に引き取ったのでかれこれ12、3年の付き合いだ。
成人は18歳なので、今年中には話をつけたいと国王と第四王子が焦っているのは知っている。つまりフィリオに断られる可能性が高いことを危惧しているのだろうか。その可能性は否定できない。養い子は昔のいざこざで極度の男嫌いになっている。日常会話は問題ないが、好意を向けられると塩対応になる。塩どころか過剰防衛の鉄拳制裁も加えられる。
度々その現場を目撃しているベルグリフォンは王子に危害を加えるフィリオの姿しか思い描けない。そしてそれがいつの間にか自分の姿にもなっている。養い子から嫌われるなど考えるだけで泣きたくなってくる。
そもそも、フィリオを養女にしてから一緒に住んでいるが、ベルグリフォンも一つ決めていたことがある。それを惜しむように日々の生活を送っているのだから、へたな波風を立てないで欲しいというのが本音だ。
頭が痛くなる思いで、食堂に足を踏み入れた途端、囃し立てるような歓声が上がった。200人ほどが食べられる広さだが、今は時間帯が早いからかほとんど席は埋まっていない。だが、熱気は凄まじかった。
「いいぞーもっとやれ!」
「情けないぞ、ニクス!」
「そこは左だろ、あーおしい!」
「いや、ここまでいったらもう無理だろ」
「情けないぞ、諦めるな!」
食堂の一角で人だかりができている。テーブルや椅子等を動かして空間を作ったところの中心には黒髪の青年が、白金髪の少女に技をかけられているところだった。
逆ひしぎ十字固めがキレイに決まっている。
「勝負あったな。勝者フィリオ・アッシュ!!」
勝負を煽っていた金髪の青年がフィリオの腕をとって高く持ち上げた。食堂の給仕用の制服に身を包んだ白金髪の少女はにこにこと笑っている。先ほどまで想像していた姿が目の前で起こっているわけだが、彼女の機嫌は良さそうだ、とホッとしたところで少女が入り口に立っている自分に気が付いた。
「お父さん! ごはん食べに来たの?」
「ああ、今日のオススメはなんだ?」
「あたしの特製スタミナ定食だよ! お父さんの好きな物ばっかり入ってるから」
「じゃあ、それ一つ」
「承りました! 席に持っていくから座ってて」
「嬢ちゃん、俺にも同じのくれ」
「はーい」
フィリオが食堂のカウンターの奥に消えれば、床に這っていた青年からの恨みがましい視線がベルグリフォンに向けられた。緑色の瞳は綺麗な色を放ってはいるが、いかんせん表情が残念だ。
「隊長だけずるい。俺だって好物をフィリオちゃんに作ってもらいたいのに」
「とりあえず、床に寝転がってないで立ち上がってから声かけろよ」
養い子に技をかけられていた青年が自分の隊の新人だと思うと頭が痛い。入ってきてすでに二月は経っているはずなのだが、しょっちゅうフィリオに技をかけられている。年は19歳で成人しているはずだが落ち着きがない。元気があるのは若い証拠だろうが。30代前半には眩しい体力だ。
彼が転がっている手近なテーブルにつく。集まっていた面々はフィリオが厨房へと姿を消すと何事もなかったかのように自分の席に戻っているので、傍にいるのは顔馴染みばかりだ。つまり、13隊の面々になる。
「で、今日の騒動はなんだ?」
「ニクスがデートに誘って断られたってだけですよ」
実況中継していた青年がニクスを助け起こしながら穏やかに笑う。
男前で非情に異性にモテるボルガ・フェーバだ。同じく13隊所属の部下に当たる。ニクスの教育担当でもあるので、もう一人の寡黙な新人と三人でつるんでいることが多い。
「なんだ、いつもの話か」
「そう、いつもの話です」
「いつもので片付けないで下さいよ! 俺は本気ですからね!」
「だから、それを俺に言ってもしょうがないだろう」
「休みの日は隊長の世話焼きたいからって断られるのに、隊長のせいじゃないっていうんですか?!」
悲鳴じみたニクスの言葉を聞きながら、軽く肩をあげる。
「休みの日にアイツが好きなことするのを止めるのか? そんなこと強制できるわけないだろ。実際、俺も助かってるしな。まあ、普通に友達とは遊びに行ってるから、単純にお断りってことだ」
「もっと男を上げろってことだよ」
女好きのする顔に微笑みを浮かべたボルガに肩を叩かれたニクスが顔を顰める。
「先輩には言われたくないです」
「お前だって器量的には悪くないだろ。ただ相手が彼女ってのが問題なだけで」
「そうだそうだ。嬢ちゃんに簡単にやられてて、デートする気になるわけないだろ。嬢ちゃんの理想はこの隊長だぞ?」
ボルガとフェンバックから挟まれて、ニクスが撃沈する。
「先輩も副隊長もひどい。そもそも、食堂の看板娘がなんであんなに強いんですか?」
「フィリオが王都の学校に入ったときの同級生が有名人だったんだよ。体術の師範代と騎士の娘な。それが友人っていうか親友みたいになってて、一緒に鍛えてもらったらしいんだよ」
フィリオを含め、三人とも美人と評判だが、体術から剣術まで極めた戦闘のエキスパートだ。
そこいらの騎士や警備隊員では到底太刀打ちできない域に達している。
「嬢ちゃんはすごいんだぞ。学校に通ってたときから生徒から教師からその生徒の親にまで言い寄られたらしくてな。養い親以外の男は敵だと思ってるところもある」
「さすがにそこまでひどくないだろ。お前たちにだって普通に話してるし」
「そりゃ、俺や副隊長が色目使わないって知ってるからですよ。現にニクスは毎回ボコボコにされてるじゃないですか」
「そういうもんか」
「そういうものです」
「あっさり片づけないでくださいよ! 俺だってやるときはやるんですからね。女の子相手に本気出せないだけで!!」
「あーわかったわかった。そういうことにしといてやる」
「副隊長ひでぇ! 絶対信じてないーっ」
「はい、お待たせって何かあった?」
お盆を抱えてやってきたフィリオが首をかしげている。
「いや、なんでもないよ。おいしそうだな」
「ふふーん、愛情たっぷりだもん。おいしいのは間違いなしだよ!」
フィリオの笑顔を受けて、ベルグリフォンは大きく頷く。
我が家は今日も平和だ。
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