第2話 お目当てのものは


ガールバリン王国には貴族階級の騎士で固められた騎士団と、主に傭兵上がりからなる王都警備隊が存在する。


この二つは非常に仲が悪い。

王侯貴族を守る騎士団と王都の一般市民を守る警備隊と管轄は明確に分かれているが、出会えば一触即発の喧嘩が始まるほどだ。


騎士団は名誉を重んじ、警備隊は金銭を重んじる。

考え方の違いだけでも十分に相いれなさがわかるだろう。その喧嘩の歴史は隣国との300年以上にわたる戦争のため、騎士が疲弊したところを傭兵に頼りだした100年ほど前にまで遡る。


戦争屋と呼ばれる傭兵の力はすさまじく、長きにわたり王国を助けた。その甲斐もあってか、休戦協定にようやく漕ぎつけることができたため、ここ10年ほどは大きな戦は行われていない。今は両国とも、戦で荒れた国内の回復に忙しいからだ。


戦がなくなれば去っていくのが傭兵だが、ガールバリン王国の第47代国王は、次の戦争に向けて傭兵たちを手元に置くことを決断する。結果、王都警備隊を編成したのだ。そこには長年の戦への貢献への感謝の気持ちもある。立場を与えて安定した職への紹介を兼ねてもいる。

戦うことを主としている傭兵たちが、戦に参加してもふんぞり返って威張るしか能のない貴族を馬鹿にするのも当然だろう。また、血統を重んじる貴族が傭兵を野蛮だと蔑むのも自然な流れになった。


一方で、貰えるものは素直に貰う、長い者には巻かれて余計な仕事はしないを標榜している輩も確かに存在した。


その筆頭に名を挙げられるのはベルグリフォン・アッシュだ。彼は王都警備隊第13隊隊長だ。

王都警備隊は大隊長ガルフォード・ベリナを筆頭に13隊で構成されている。

主な仕事は王都の警備と巡回、周辺の魔獣の討伐だ。

当番制で月ごとに各仕事が回ってくることになっている。


定例報告会議の円卓の席につきながら、ベルグリフォンは深々とため息をついた。


「うちの11隊は今月1人辞めていきましたよ」

「討伐中の12隊は2人になります」


戦がなければ戦を求めて移動するのが傭兵だ。そのため、王都警備隊は変動が激しい。辞めていく者も多く、一般市民が入隊してくることもあり、純粋な傭兵の比率は年々下がっていくばかりだ。


これで実際の戦争に向かえと言われるとツライものがある。目下のところ、戦争が再開される予定はないが、隣国との仲の悪さは果てがない。情勢がどう転ぶかなど誰にも読めない。一応、休戦だが、隣国の王が変わるだけで話は変わる。

そもそも通常業務すらこなせないようになってきているのだから、人員の確保は深刻だ。

だが、ベルグリフォンの悩みは別のところにある。


「13隊はゼロです」

「わかった。抜けたところはまた隊員募集をかけるので、しばらく待ってくれ。では、次だ」

「5隊から辞めたモンダリカからキャベツが届きました。今年は豊作だったらしいです」

「8隊からです。ビッツから魚の塩漬け届いてます」

「10隊からはガモンのやろうから燻製肉が来ました!」

「おおー! 今年ももうそんな時期か!」

「あれに、エールがよく合うんだよ!」

「よし、食堂に運び込んどけ。今日は宴会だ。リリアばあさんたちにくれぐれもよろしく言っておくんだぞ」


ガルフォードの指示に、円卓についていた面々に喜色がにじむ。

運営資金に乏しい王都警備隊にはスズメの涙ほどの経費が寄こされている。だが、ガタイのいい男たちの胃袋はとてもじゃないが満たせない。

月々の給金も出るが、一回飲んでしまえば吹っ飛ぶ程度の額しかないので、自前で払うことも難しい。

そのため、隊をやめたやつらが気を聞かせて食料を恵んでくれるのだ。時折届くこうした便りが実にありがたい。


「じゃあ、最後になるが今月の当番の確認だ。内勤1~5隊、外勤の王都警備6~10隊、巡回11~12隊、魔獣討伐は13隊だ。各自引き継ぎしておけよ」

「12隊がいませんが、やつらまだ帰ってきてないんですか?」

「そういや、遅れてるようだな。何か起こったわけじゃないから、単純に遊んでるんだろ。まあ、次は13隊が討伐なんだから特に引き継ぐこともないだろう?」


実力でいえば、13隊は群を抜いて腕利きが揃っている。だからと言って、なんでも切り抜けられると思われるのも癪だ。

だが、今のベルグリフォンは文句をぐっと飲みこんだ。下手に発言すれば、別のところをつつかれるに決まっているからだ。


「定例報告会議は以上。宴会は18時に食堂で開始だ。もちろん当番の奴らは来るんじゃないぞ」


笑い声が起こって、報告会は解散となった。

さっさと部屋を出ようとすると、ガルフォードに肩を叩かれた。

長身で恰幅のよい彼に近づかれると威圧感がある。強面なのでなおさらだ。

ため息をつきそうになり、慌てて飲み込んだ。


「ベル、ちょっといいか」


定例会議のたびに聞かれるので、要件はわかっている。わかってはいるが、答えられないのが現実だ。そもそも、呼び止められるのが嫌で、会議中にも発言しなかったのだが。


「って、その顔じゃあまだ伝えてないんだな? もう3か月になるんだが…」


ベルグリフォンの表情から察したガルフォードが呆れたように息を吐くけれど、こちらにもいろいろと事情がある。


「そんなにすぐに返事ができたらとっくに言ってますって。我が家の平和をそんなに壊したいんですか?」

「だからっていつまでも返事を保留にはしとけないからな。なんせ、ほとんど王命だ」

「わかってますけど、なんだってうちの子に目をつけるんだか…」

「いや、フィリオは目立つだろ。平民でも気にしないと向こうは言ってるわけだし」

「そりゃ、可愛いのは認めますよ。うちの子は本当にとんでもなく可愛いし凶器のように可愛いし犯罪級に可愛いし性格もいいし、家事も得意だし、魔獣も単独で討伐できるほどの腕もあるしどこに出しても恥ずかしくないどころか、胸はって自慢できるレベルですよ」

「お、俺はそこまでは言っていないが…」

「なんですか。じゃあ、大隊長はうちの子のどこに不満があるんですか。俺を納得させてみせてくださいよ」

「悪かったよ! お前の養い子が素晴らしいのは認めてるから、その殺気を向けるのやめてくれ!!」

「すみません、ついカッとなりました。とにかくもう少し時間をください」

「はあ、できるだけ早めに頼む。俺もせっつかれて困ってるんだ。そもそもお前とくっつけば話は早いんだがな。一緒に住んで、一緒に風呂入って、一緒に寝てるんだろ?」

「ですからその話は前々から言ってるでしょうが。習慣的なもので家族なら当たり前ですよ。そもそも誰が自分で育てたカブを自分で食べるんですか。傭兵辞めたやつらだって自分たちで作ったものこうして送ってくるじゃないですか。それと同じですよ、あいつを幸せにしてくれるやつに託すのが俺の務めだ」

「そうやってお前が引き受けないから、こんな縁談が舞い込むんだろうが。そもそも相手が一国の王子で不満があるのか? 第四王子とはいえ、王族だぞ?」

「フィリオがいいならもちろんいいですよ。だから、俺に言うんじゃなくてアイツに直接申し込んでくれって何度も言ってるじゃないですか」


うんざりしていることを見せつけるように肩を竦めると、向こうもあからさまに顔を顰めた。同じ問答を何度となく繰り返している。

男嫌いで貴族たちに碌な思い出のない養い子を知っているだけに、親としてはとてもじゃないが勧められないし勧めたくはない。


「お前、それでもしフィリオがあっさり断ったらどうするんだ。不敬罪で投獄されるかもしれないぞ」

「女一人に振られたくらいで投獄されたらそれこそそれまでの男だってことでしょうが。そんな相手にはやれません。娘連れて逃げますよ」

「お前ならその力もあるだろうが、うちとしてはお前にいなくなられると困るんだよ。だからこうやって穏便にすむように頼んでるんじゃないか」

「大隊長の気持ちもわかってますよ。とにかくフィリオの一番機嫌のいいときを見計らって話つけるんでもう少し待ってください」


話はついたとばかりに、ベルグリフォンは会議室を後にした。


そうして与えられた部屋に向かいながら深々と息を吐く。


彼の今、一番の悩みは養い子で男嫌いで貴族嫌いのあるフィリオに第四王子との結婚話が上がっていることを伝えるという最上級困難な任務をどうやってこなそうかということだった。

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