子育て隊長の婚活バラッド

マルコフ。

第1話 すべては金でできていると信じてる

澄んだ青い空に弾けるような閃光が上がった。


清々しいほどの青を背景に赤い光が飛び散るさまを見て、馬を走らせていた青年は慌てて手綱を引いた。土煙があがるほどの急停止だが、後続の部下たちも慣れたもので戸惑うことなく停止する。


くすんだ赤い髪の色をした青年は一見、優男に見える。朴とつとした顔立ちに、穏やかな表情。だが、光を見つめる瞳には剣呑な光が宿っている


乱立した林の向こうに赤い煙がぼんやりと浮かんでいる。街道を走っているのは青年たちのほうだ。つまり煙の上がったあたりは、林の中にあたる。

あんなところで信号をあげるなど普通は考えられない。街道からわざわざ外れた裏道を通っているくせに、助けて欲しいなどどういう状況だろう。


「救援信号ですね、行くんですかぃ?」


だが、横に並んで馬を停めた腹心の部下に問われ、青年は迷いなく大きく頷く。


「わかってるだろ、当たり前だ」


かっこ悪いことは恥だからな、続いた言葉はすでに走りだした馬の低い嘶きと地を蹴る音でかき消えたが、その場に集った男たちには理解できた。

いつも、隊を率いている青年が口にしている言葉だからだ。


「はあ、仕方ない。止めてもどうせ聞きゃしねぇんだから」


短息した部下である副隊長は、ゆったりと林に突っ込んで道なき道を駆け出した上司を追いかける。それにぞろぞろと馬が続く。

信号が上がったあたりに近づくと林が割れて細い道が現れた。そのやや開けた場所で、豪奢な馬車一台を囲むようにこ汚い恰好をした男たちが立っていた。

何人かは馬車を囲むように倒れている。

明らかに金のかかった馬車の持ち主は金持ちだろう。なぜこんな裏道の林道を進んでいるのかは謎だが、囲んでいる者たちは盗賊だ。馬車の後ろで並んでいる荷馬車に積まれた木箱をせっせと運び出している。


「そこをどけって言ってんだろうが!」


野太い男の声が聞こえて、青年が視線を向ければ大柄な男が馬車の扉を前に仁王立ちしていた。

男の足元に誰かいるらしいが、ここからではよく見えない。

後ろを振り返れば、副隊長を筆頭に幾人かの部下がついてきたようだ。隊長の道楽に付き合わされているというのに律儀な奴らだ。傭兵なら、金にならなさそうなことには手を出さない筈だが。


自分の下で何年も付き合ってくれる部下だ。変な奴が多いのだろう、と周りが聞けば誰のせいだと怒鳴られるようなことを考えながら、青年はいつものように指示を出す。

指を二本たててまっすぐ、三本を作って右と左に振れば、部下たちは行動を開始する。


さあ向かおうと視線を前に向けるのと、怒鳴っていた男が何かを蹴り飛ばすのは同時だった。


「邪魔だ、どけっ」


地面を2、3度転がって、灰色の塊が近くの木にぶつかってくず折れる。

それが子供だと理解した瞬間、青年の頭の中が真っ白になった。


「あ、おい、この馬鹿っ、自分で指示しときながら突っ走るな!」


慌てた副隊長の声など無視して、馬をまっすぐ走らせる。気が付いた盗賊たちを馬上から何人か斬り捨て、さらに子供に危害を加えようとしていた盗賊を蹴り飛ばした。


ひらりと馬上から飛び降りると、木の下にうずくまっていた子供の外傷を確かめる。

ずいぶんと薄汚れた子供だった。灰色のような短い髪に、もともとは生成りのシャツとズボンだろうか、はほとんど土やら何の汚れかわからないもので染まって黒くなっている。

すえた匂いに、ガリガリの手足から衛生環境も栄養状態も悪いことが察せられた。

そのうえ、殴られたせいか骨を折っているようで呼吸は浅く速い。腹を抑え苦悶の表情を浮かべていることからも相当の痛みを感じているのが伝わってくる。


「おい、しっかりしろ!」


思わず声をかけると、そろそろと開かれた瞳は菫色だった。宝石のように澄んだ色に、思わず見とれてしまうほどの。だがすぐに子供が呻いたのではっと我に返る。


「意識はあるな。もう大丈夫だ、すぐに医者に連れて行ってやる」

「―――っ!」


子供の瞳が大きく開き、何か声を発しようとしたが音になる前に痛みで顔を盛大に顰めた。


「お前ら傭兵だろうが! 同じ稼業が俺の邪魔すんじゃねぇ!」


いつの間にか青年の背後にいた男が刀を抜いて振りかぶっていた。

それを子供は警告したかったのだろう。


「おいおい、どこが同じなんだよって聞きたかったが、もう口もきけないか」


振り向きざまに青年が払った剣は盗賊の胴をまっふたつにした。神速とも呼ばれる青年の剣は、切られた盗賊自身、何が起きたのかわからないほどの速さで繰り出された。


どう、と倒れた音を聞きながら、青年は立ち上がると剣を正面へと向ける。


「自分の腕一本で戦場を生き抜いてるんだ、向かってくるならそれなりの覚悟をしろよ?」


傭兵は戦場の追剥ぎとも呼ばれる。蔑称だが、世間的には嫌われる職業だ。金のためならなんでも請け負う。

だが、命のやり取りをする戦場で剣だけを頼りに生き残っていける強者でもある。弱者から金品を強奪する盗賊と同類にされる謂れはない。


青年の気迫に押されて、盗賊たちは動きを止めごくりと生唾を飲み込んだ。


「恰好つける前に、俺たちの仕事終わらせなきゃ大隊長にどやされるのは隊長ですからね?」


動きを止めた盗賊たちをためらいなく後ろから切り捨てた副隊長がため息まじりに声をかけてくる。


「せっかくの見せ場に水差すなよ」


ぼやいた青年には、剣を構えた時の鋭さは失くなっていた。

いつもの穏やかな優男がそこにいるだけだ。


「副隊長はここの指揮を頼む。2、3人誰か連れてっていいから、怪我人がいたら助けてやって、信号見て駆け付けたやつらに事情を説明してやってくれ」

「ちょっと待てよ、任務はどうするんですか!」

「任務は残りのやつらで十分だが、ここにはお前の力が必要だろ? 子供が必死に守ったものだ。大人がそれを助けてやらなくてどうするんだ」

「ちっ、わかったよ、わかりました! ガック、ショウお前らも俺に付き合え」

「ええー給金はどうなるんですか?」

「隊長が倍以上払ってくれるだろうさ!」


がしがしと茶色の頭をかいて、周囲にいた隊員を呼びつける副隊長の吐き捨てたセリフにため息つきつつ、木の傍へとしゃがむ。

痛みに耐えながらも必死で状況を理解しているだろう紫の瞳を改めて見つめる。


「かっこよかったぞ、ボウズ」

「カッコ…?」

「よく頑張ったってことだ。もうゆっくり休んでろ。後は俺たちが引き受けるから」


灰色の小さな頭に手をおいてゆっくりと撫でてやれば、子供は大きく目を見開いてぴきりと固まった。

頭を撫でられるような子供扱いは不快なのかもしれない。小さく見えても男のプライドは健在というところだろうか。


「よし、じゃあ街道に戻って合流するぞ。そこからは一気に目的地に向かうからな」


傍に控えていた馬の背に飛び乗ると、青年は街道に向かって馬を走らせるのだった。



#####



というようなことが、あったのはもう3か月以上前の話だ。


ガールバリン王国の西の国境付近がきな臭くなってきたため、偵察がてら敵へ奇襲をかけつつ殲滅命令が出た。王国に雇われた傭兵団の部隊の中でも奇襲と暗殺を最も得意とする最速で最凶の隊がその任務を引き受けた。


その任務に向かう途中、盗賊に襲われている馬車を助けた。盗賊に蹴り飛ばされた子供と、馬車の中からは十歳の娘とメイド、馬車の周囲にいた馭者、従者の計5人だ。

馬車は近隣の領主の貴族でもあったデルファン伯爵のもので、娘の誘拐を未然に防いだとして副隊長が謝礼を受け取ったと聞いた。

林道を進んだ先の湖畔の近くでピクニックをするのがお嬢様のお好きな遊びだったらしい。馬車の中にいたお嬢様にも大層感謝されたと副隊長から報告書が上がってきたのも目を通した。

盗賊の邪魔をした肋骨とあばら骨を何本か折られた子供が救護院で一命をとりとめて、順調に回復したことも読んだが。確か盗賊に育てられていたため孤児だという話ではなかっただろうか。


「———で、今なんて言った?」


傭兵団の中の隊の詰め所で、与えられた席に座りながら視線を向ければ、男が突っ立っている。


ひょろりとした茶髪の男は隊の副隊長だ。もともと鋭い視線をしているが、食えない表情で、青年を見下ろしている。一応、青年が隊を預かっているのだが、優男の風貌から初見で彼を隊長だと見なす者は皆無だ。むしろ副隊長の方が隊長だと認識されることが多い。

そんな曲者の副隊長だが、長年の付き合いから彼が内心では面白がっていることなどお見通しだ。


副隊長の横には見慣れないプラチナブロンドのショートカットの少女が立っている。年の頃は3歳ほどだろうか。麻のくすんだ茶色のワンピースを着て、菫色の大きな瞳で必死に青年を見上げていた。


「ですから、隊長の娘さんを連れてきたんですって」

「お父さん…」


飄々と答えた男の横で、少女の口からありえない言葉がぽつりと漏れた。


「はああああ???? 隊長、子供がいたの?!」

「え、隊長に子供?」

「まじか!!」

「女嫌いじゃなかった?!」


騒然とする部下たちに囲まれて、青年はただひたすらに天を仰いだ。

なんの呪いだろう。

前世でとんでもない悪行でも犯したのだろうか。

全く身に覚えがないのに、子供ができるわけないだろうが!


こうして、『死神』『屍食鬼』『悪鬼』と数々の異名を持つ傭兵団の小隊長は白金髪の少女の養い親になったのだった。

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