第4話 時に隠された意味を持つ
そもそもの事の発端は、3か月前ガルフォードに伴われて国王に呼び出されたことから始まる。
謁見室は二段ほど高くなったところに国王が座り、階下で膝まづいて彼の言葉を待つ。
という点まではいつもと同じだったのだが、国王がそこから立ち上がって階下へ降りてきたのだ。
驚いたのはベルグリフォン達だけではなく、控えていた近衛や横に並んでいた大臣も目を剥いている。
「ちょっと私的な話をしたくてな。ここだとなんだから、部屋にでもきてくれ」
「陛下! 話ならばこちらでも構わないでしょう?!」
「大臣よ、硬いことをいうな。そもそも私室に招きたいと言っていたのをこちらにしたのはお前たちだろう?」
「傭兵風情を王の私室へ入れるなど言語道断です」
「だから、横の控室でいいだろうか」
「こちらは構いませんが…」
ガルフォードが逡巡しながら答える。
王の私的な話が気になるのだろう。もちろんベルグリフォンだって同様だ。
「ではついてまいれ。他の者はついてくるなよ」
「それでは御身が危ぶまれます!」
「自国の警備隊を呼び出して傷つけられたら、それは私の目が曇っていたからだろうよ。そもそもこの二人には誰も勝てないだろうに。警戒するだけ無駄というものだ」
ガルフォードは阿修羅鬼という異名を持つやはり名の知れた傭兵だった。以前は傭兵団を率いて戦場を回っていた男だ。
黄金色の髪が赤く染まるとき、戦場に立つ者はいないとまで言わしめた傑物だ。今では単なる強面の大男だが。
ベルグリフォンも死神などの二つ名を持つ。腕利きの傭兵として知られている。
「騒がしくして悪かったな、そこにかけてくれ」
国王についていくと、謁見室の横の控えの間へと案内された。彼は席につき、前のソファを示した。
短く礼を告げると、座り心地のいい座面に居心地の悪い思いをしながら腰かける。
「さて、今日は頼みがあって呼んだのだ」
「頼みですか?」
「うむ。さて何から話そうか。私の4番目の息子は知っているか?」
「第四王子ですか? バール殿下ですよね?」
ガールバリン王国には現在4人の王子と2人の王女がいる。第一王子は30歳で、一番末っ子の第二王女が15歳だ。ちなみに第一王子と第二王子、第一王女はすでに結婚しており跡継ぎもいるという喜ばしい話がある。
「親が言うのもなんだが、身分を問わない気さくな性格で王都の学園では人気があったんだが。その君のところの娘さんは何か話をしていたか」
向けられた視線はベルグリフォンだ。そもそもガルフォードには息子しかいないので娘と言われると自分しか該当しない。
「は? うちの娘というとフィリオですか? 同じ学年だったんですか?」
というか、同じ学校にいたことすら知らない。かろうじてその言葉は飲み込んだが。しかし国王はしょんぼりと肩を落とした。
「いや一つ違いだが。3年間は同じ学園に通っていたのでどこかで話をきいているかと思ったんだが。そうか、やはり知らないか」
学園に通うのは13歳から16歳の4年間だが、同じ学年だけでも200人はいる。違う学年になれば接点もない筈だが、相手が王子ともなると勝手が違うのかもしれない。学園に通う生徒の親とはごくごく一部でしかつきあいがないため、どんな生徒がいるなどの情報交換もした覚えがない。
「申し訳ありません、うちの娘はどうも男の子が苦手らしくて。話題は親友の女の子のことばかりなんですよ」
苦手どころかゴミ屑を見るように嫌悪しているが、まさか国王に正直に告げるわけもいかず薄い膜に包むように話してみた。実際は異性の話といえば、どうやって撃退しただの効果的な方法で退場してもらっただのと物騒な話しかしない。
もしかして王子も攻撃されたから謝罪してほしいということだろうか。ベルグリフォンは内心で悲鳴をあげた。
彼女たちは相手の顔も名前も覚えていないので、誰を追い返したのか意識がないから本人たちに尋ねても無駄なのだが。
ようやく学園を卒業できた時は、大きな被害を出さずに巣立つことができて喜んだ覚えはあるが、今更いいがかりをつけてくるとは思わなかった。
ベルグリフォンが背中にびっしょっりと冷や汗をかいていると、国王はそうか、と小さく頷いた。
「上の子供たち三人は政略結婚のように思うかもしれないが、実は全部彼らの意思を尊重したものなのだ。そもそも私自身が恋愛結婚だからね。妻とは学園で出会ってお互い一目ぼれで…」
突然始まったノロケ話に頭がついていかない。
結局何が言いたいんだ。ガルフォードは既婚だからいいとして、自分に結婚しろと言っているのだろうか。
「とまあ、そういうわけで。バールが君の娘さんと結婚したいと騒ぎだしてね。どうだろう、それとなく話を通してもらえないだろうか」
「はぇ?」
会話の行く末を見守っていたガルフォードが横で頓狂な声をだしたが、すかさず答えてしまった。
「無理です!」
「いや、そこをなんとか。うちの息子は見た目も妻に似て恰好いいんだよ。きっと君の娘も気に入るに違いない」
「いやいや無理です。もう異性ってだけで無理です!」
王妃など式典の際に遠目からちらりと見ただけで美醜など全くわからない。そんな女性に似た男などますます想像ができないが、今回は容姿は本当に関係ない。
養い子の男嫌いは筋金入りだ。一方的に蹂躙されるのは腹が立つといって4年間で剣術も体術もメキメキ上達したのだ。
学園に通っていた頃には俊烈なんていう二つ名があったと三年前に卒業したニクスが教えてくれた。
なんでも三人合わせて至高の烈女という名がついていたそうだ。他の二人は苛烈と激烈だ。
養い親としては複雑な心境ではあるが、他の二人の親と面識があるベルグリフォンは、喝采を叫ぶほど喜んでいるのだろうなと思っている。可愛い娘に悪い虫がつかにように見張ろうという謎な協定が生まれているからだ。結局は娘を溺愛している親ばかなのだが。
そもそもフィリオに異性の話をするのは我が家の最大の禁忌になっている。
昔、まだ彼女が学園に入る前に通っていた街の私塾にいた隣の席の男の子と仲がいいのか聞いただけで3か月も口をきいてくれなかったのだ。
いつものように家事はしてくれて、弁当まで作ってくれていたが一緒に風呂も入ってくれなかったし、寝るときも背中を向けて抱っこもさせてくれなかった。お父さんとも呼ばれず他人行儀にベルさんと呼ばれ続けた。
ベルグリフォンは極寒の3か月と呼んでいる。
それが見合い話だなんて。フィリオなら家を出ていくかもしれない。
彼女が出て行ってしまうなんて考えただけで泣いてしまう。一方で、それが当たり前の未来であることもわかっているのだが。
「身分差がありますが、大丈夫なんですか?」
衝撃から立ち直ったガルフォードが助け舟を出してくれたので、思い切り同意する。無言だがそうだそうだと頷けば、国王は鷹揚に頷き返すだけだ。
「それは王家的には問題はない。長男が隣国の王女を娶ってくれて、次男は大臣の侯爵家の娘と結婚している。長女は近衛騎士に嫁いで、三男は同じく大臣である伯爵家の娘と婚約中だ。むしろこれ以上家格のある家とつながるのは問題だろう。むしろ平民とのほうがありがたい」
いやいや王族に嫁がなければならなくなった平民の心境はどうなのだ。ぜひともそこをおもんぱかって欲しい。
「あー、では直接バール殿下からフィリオに話を持って行ってもらうわけにはいかないのですか?」
「できれば父親から話を通してほしいらしい」
「無理です!」
バール殿下からの頼みということは、彼はフィリオの学園生活を知っているに違いない。だからこそ、親を通じて頼んでくるのだろう。成人した息子の縁談をこうして持ってくること自体が過保護なことだが、作戦としては有効だ。
だが、それはベルグリフォンの平和な日常の崩壊の合図と言ってもいい。
「そこをなんとか! 息子は婿にいってもいいと言ってるんだ。そうなると跡取りもできるだろう?」
「アッシュ家に跡取りとかいりませんよ! 東の開拓農民の出ですよ! 家族はみんな死んでるし、継ぐものもありません」
「ならば、君の家格を上げようか。騎士爵とかどうだ」
「そんなのいりませんよ、興味もないですし」
「おいおい、王様の前であからさまな」
きっぱりと否定したベルグリフォンの言葉に、ガルフォードが慌ててたしなめるが、本心からなので訂正するわけもない。
だが国王は怒るでもなく苦笑するだけだ。
「いや、死神ベルならばそうだろう。先の戦の功績も金以外は断られたからな。だが私も子を持つ親なのだ! この通り、なんとか話を通してくれ!」
国王に頭を下げられて、ガルフォードと二人絶句する。
無理だ、そこをなんとか、の言葉の応酬の後、考えてみます、と答えてようやく解放されたのだが、その後詰め所に戻って上司のガルフォードからの怒涛の質問攻めにあった。「どういうことだ」から始まり「フィリオは本当に面識がないのか」「バール殿下とは話したことはないのか」などなど当人たちに聞いてくれと言いたくなる。
結局、ベルグリフォンに満足に答えられることもなく。
なぜフィリオなのだろうか、と頭を抱えるばかりだ。こちらが説明してほしい。
そもそもベルグリフォンは彼女が学園を卒業して成人したら、告げようと思っていることがあった。順番的にはこちらの話の方が先だが、同様に彼女がすごく怒るだろうこともわかっていたので引き延ばしている状態だ。
そんな中、縁談などもってのほかである。
もちろん彼女にも告げられず、3か月がたってしまったわけだ。
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「ごめんね、仕事中にこんなこと頼んで。リリアさんも心配性なんだから」
エプロンを外し、食堂の給仕用の制服を着ているフィリオが申し訳なさそうに横を歩く。
ワンピースタイプだが、紺色を基調としたシンプルなデザインは彼女によく似合っている。隊でも評判はいいが、着ている本人のポテンシャルもかなり影響している。
つまり、養い子はとても可愛いのだ。
王都の大通りを西へ向かって進めばやや開けた場所に所狭しと屋台が並ぶ。それに群がるように人も集まっている。
ポンと頭に手をおいて、ベルグリフォンはゆっくりとその絹のような手触りの細い髪を撫でた。
昼食を食べ終え本部の与えられた部屋に戻ってしばらくしてから、食堂の忙しさが落ち着いた午後の昼下がりにフィリオに食堂に呼び出されたのだが、そこには小柄なリリアとひたすら小さくなっている彼女がいた。なんでも夜の買い出しにつきあってほしいとのことだった。
リリアは隊の食堂を預かるボスだ。初老の女性だが、いつもぴんと張った背筋ときっちりとまとめた髪に威厳を感じさせる。
彼女の命令ならば、誰も断ることはできない。
「大丈夫だ、俺には優秀な部下がいるの知ってるだろ。別に隊長がいなくてもしいっかりやってるさ。それに、結局は今日の宴会用の買い出しだろ。荷物持ちくらいさせてくれ」
「おいしいものたくさん作るからね!」
「ああ、楽しみにしてる。で、どこから行くんだ?」
「ええと、最初は野菜かな」
「じゃあ、あっちだ」
市場の屋台を見回しながら、ベルグリフォンは端の一角を示す。色とりどりの野菜や果物が並んでいる。
足を向けたとたん、盛大な舌打ちが聞こえた。
横に顔を向けると、中肉中背の男が立っていた。あごひげを生やした猛禽類を彷彿とさせる金色の鋭い瞳をした焦げ茶色の髪の男だった。
「なんだ、帰ってきてたのかセンエ」
第12隊隊長のセンエ・メルガだ。
定例会議には間に合わなかったが、討伐から王都に戻ってきていたのだろう。
踵を返そうとして、立ち止まったセンエは下卑た笑いを乗せて口を開く。
「相変わらずイチャイチャと。毎晩よろしくやってるって見せつけてくれるねぇ。こっちは女を調達するのも難しいってのによ」
警備隊の給与は低い。内職しなければ暮らしていけないほどだ。傭兵上がりは皆、安全に見合うだけの料金だと割り切っている。高額の金が欲しければ戦場を渡り歩く傭兵に戻ればいいだけだ。現に、その暮らしを選んだものも多い。残っているくせに文句を言う筋合いはないのだが。
そもそも女を買うのも困難ではあるが、回数と質を選ばなければやりくりは可能なのだ。無駄遣いをしなければいいだけの話だが、目の前の男は質素倹約を馬鹿にしているような節がある。
ベルグリフォンはフィリオの両耳をそっと塞ぎながら、嘆息する。
「お前も毎度よく飽きないな。そんなに早漏だって自慢したいのか。一回じゃ満足できないから金が足りないんだろ?」
「テメェ、言わせておけば…ガキを拾って自分好みに調教して育てた変態のくせに。娘のでっけぇ乳、しゃぶって甘えてりゃいいんだよ!」
養い子は昔の発育不良をまったく感じさせずに随分と大きくなった。身長は平均女性よりやや高く、すらりとした肢体に出るところは出た女性らしい曲線をしている。
むしろ胸は育ちすぎたと言ってもいいほどに。
おかげで道を歩くだけで養い子の胸へと吸い寄せられるように集まる視線にはヒヤヒヤしていたが。声をかけてきそうな雰囲気がないので今のところは問題はないと見過ごしてもいる。
それでもベルグリフォンは健やかに成長した少女の姿をよかったと思うだけだ。
昔は皮と骨でできているのかと思うほどの細くて折れそうな体は見ていて痛々しく、風呂に入るときや着替えさせるときなど目に映るたびに自分のことのように苦しかった。
今の身体つきを見ると本当によく育ってくれたと感謝の気持ちしかない。できればこのまま大きな病気も怪我もなく、平和に過ごしてほしいと祈るばかりだ。
男女の仲では決してなく、家族愛なのだ。否定してもそうは思わない連中には態度で示していくしかない。
「かっこ悪いことばかり言ってないで、さっさと大隊長に討伐内容を報告しろよ。俺たちもすぐに出発するんだからな」
センエはそこではっとしたような表情になると、鼻を鳴らす。
「今のうちにせいぜいイチャついてろっ」
捨て台詞を吐くと、さっさと人の間を通り抜け市場を立ち去っていく。
「アイツ、結局何しにこんなところにいたんだ?」
首をかしげると、ぱしぱしと腕を叩かれた。
フィリオが手を外してと目で訴えてくる。
「お、すまん! どっか痛かったか?」
慌てて外すと、ふるふると首を横に振った。
「ほんと、いつも悪いな。とばっちりで巻き込んで」
傭兵の中でも抜きんでた戦闘力を誇るベルグリフォンは、警備隊に就く前には汚れ仕事も多かった。暗殺や少数精鋭による殲滅作戦などをいくつも受け持った。
そのため、仲間内でも嫌われているのは知っていた。金のために何でもやると思われている傭兵だが、禁忌はあるし汚れ仕事は嫌われる。
その筆頭がセンエだが、その矛先はいつも養い子に向けられるのだ。
「ううん、平気だよ。それより早く買って帰らなきゃリリアさんに怒られちゃう」
「ああそうだな、ええと野菜はあっちか」
足を向けると、フィリオもやや遅れてそれについてきた。
「お父さんになら、いいだけどなぁ…」
「え、何か言ったか?」
後ろを振り返ると、フィリオがにこりと笑っている。
「野菜はキャベツと人参以外だって」
「人参はグラバロスから送られたやつだろう。まだ残ってたんだな」
「人参嫌いが多いからね。誰かさんを筆頭に」
「いや、俺は出されたものはちゃんと食べてるだろう?」
「知ってるよ。だから量を減らしたり、隠し味に入れたりしてるんだから」
「え、入ってるのか?」
若干青ざめつつ彼女を見やれば、してやったりの顔で満足げに頷いている。
「ふふん、愛情たっぷりだもん。おいしく食べられたでしょ?」
だから、娘には敵わないと思うのだ。
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