第8話 お店でばったり


「えいっ!」



 勢いよく引いたクジ。

 だが、



「5等、だね」



 妹菜が引いたのは、言わばハズレの5等だった。

 しょんぼりする妹菜。相良さんも、自分が悪いわけじゃないのに申し訳なさそうな表情をしてしまった。



「大丈夫、大丈夫。わたしたちが当ててあげるから!」

「ええ、だから落ち込まないで、妹菜ちゃん」



 元気付けようとしてくれる柚葉さんと七海さん。けれど続いて引いた二人のクジも、どちらも5等だった。



「妹菜、お兄ちゃんに任せておけ!」



 沈んだ空気を払うように、俺は勢いよくクジの箱の中に手を突っ込む。

 しょんぼりする妹菜と、申し訳なさそうにする二人。そしてクジの箱を持つ相良さんも、無言のまま「頼む、当ててくれ!」と念じているようだった。


 俺も願う。なんとか当たってくれ、頼むと。


 だが、



「4、等……」



 引いたのは4等だった。

 だけどまだ一回引ける。もし引けなかったら……。



「もう一回、お兄ちゃんが引いていいか?」

「……うん!」



 相良さんにも引いてもらうのがいいのだろうけど、最後の一回を誰かに託すのは気が引けた。

 だから俺が最後の一回を引く。

 頼む。妹菜に笑顔を届ける為にも。

 そう願いを込めて。そして、



「……5等」



 クジを引いてがっくりしてしまった。

 クジの箱を持つ相良さんも、見ていた七海さんと柚葉さんも、それに他の店員さんもしょんぼりしているのがわかった。



「ごめんな、妹菜……」



 そう伝えると、今にも泣き出しそうな表情の妹菜はぶんぶんと首を左右に振る。



「ううん、大丈夫!」



 そうは言っても落ち込んでいるのは見てわかった。

 だが、当たりがあれば外れもあるのがクジだ。こればっかりはどうしようもない。わかってはいるんだけど。



「すまないね、陸斗くん……」

「いえ、こればっかりは仕方ないことなので」



 妹菜を七海さんと柚葉さんに任せ、スマホを受け取りに行く。


 それから、俺たちは相良さんと別れ店を出た。


 夕焼け空が少しずつ暗く変わり始めた頃、俺たちはお店の前で母さんと待ち合わせをしていた。



「ごめんなさい、待った?」



 お店の仕事が終わり、着替えてから到着した母さん。

 七海さんと柚葉さんと軽く会話してから、妹菜に顔を向けるとすぐに異変に気づいた。



「妹菜、どうかしたの……?」



 俺の手をギュッと握る妹菜は「なんでもない」と首を左右に振るが、母さんには何かあったのがすぐにわかった。

 お店は満席で、少し待つことに。

 七海さんが気を使ってくれたのか、妹菜を連れて離れたところにあるガチャガチャを見に行ってくれたので、そのときに説明した。



「そう……。こればっかりは仕方ないわね」

「まあね。ただずっとあんな感じで」

「わたしの方でぬいぐるみ、どっかで売ってないかなって探してみたんですけど……」



 柚葉さんがネット上で売り買いできるお店を見せてくれたが、



「えっ、そのぬいぐるみってこんなに高いんですか?」

「これ、クジでしか引けないものらしくて、こうして高額で転売されてるの。……転売ヤーめ、許さない!」



 ふんふん唸る柚葉さん。



「まあ、仕方ないですよ。それにネットで買ってそれを渡すのは、なんか違うかなって思いますし」

「そうだけど……うーん」

「そうね、今は美味しいご飯を食べましょ。せっかく柚葉さんと七海さんが遊びに来てくれたんだもの」



 七海さんも柚葉さんも、せっかくの休みを使って俺のスマホを買うのを手伝ってくれたんだ、これ以上、変な気遣いをさせるわけにはいかない。


 そして、順番待ちが来るのを待っていると、



「──宇野さん!」



 ふと呼ばれた。

 俺も母さんも呼ばれた方を見ると、そこにいたのは母さんと同じバイト先で働いている河西楓さんだった。

 前に会ったときに着ていた制服と違って、黒のTシャツにショートパンツとラフな格好をしていた。



「えっ、楓ちゃん!? びっくりした、楓ちゃんもこのお店に来てたのね」

「はい、バイト中に宇野さんも今日、ご家族でお食事に出掛けるって言っていましたけど、まさかここだとは……そこで妹菜ちゃんと会ってびっくりしました」



 楓さんの後ろを見ると、妹菜と七海さんの姿があった。

 それに楓さんの隣には、スーツを着た男性が立っていた。その男性は一歩前に出ると、頭に手を当てながら何度もお辞儀をした。



「えっと、娘がお世話になっております……楓の父の、河西彰かさいあきらと申します」

「こちらこそ、お世話になっております。宇野佐代子と申します」



 お互いに挨拶をする光景。

 すると柚葉さんと七海さんが不思議そうな表情を浮かべていた。



「えっと、楓さんは母さんのバイト先に勤めている方です」

「へえー」

「凄い偶然ね」



 楓さんとは一回しか顔を合わせてないから、そのお父さんにどう挨拶すべきかどうか迷う。

 すると、楓さんと目が合った。



「陸斗くんも、こんばんは」

「あっ、こんばんは」



 先に挨拶させてしまった。



「妹菜ちゃんともちゃんと挨拶できてなかったかな。こんばんは、妹菜ちゃん」



 しゃがんで妹菜に挨拶する楓さん。

 けれどまだしょんぼりしたままの妹菜は俯いたまま、



「……こんばんは」



 小さな声で挨拶をする。

 その反応を不思議に思ったのか、楓さんは母さんに視線を向ける。



「妹菜ちゃん、どうかしたんですか?」

「えっと、実は……」



 母さんが軽く説明する。

 すると、楓さんと彰さんは顔を合わせ、彰さんが母さんに問いかける。



「もしかしてそれ、携帯ショップで展開しているクジで当たるぬいぐるみですか?」

「はい、そうなんです。どこにも売っていない非売品らしくて……」

「なるほど……」



 再び彰さんと楓さんは目配せして、すぐに頷く。



「もし良ければ、一つうちにあるのでお渡ししましょうか?」

「え?」



 まさかの提案に、俺も母さんも、七海さんも柚葉さんも驚いて固まる。



「実は仕事の関係で自宅にあるので、良ければお渡ししますよ」

「よ、よろしいのですか!?」

「ええ、私も娘もとびウサには疎くて。貰っていただけると助かります」

「そうです、きっとぬいぐるみも妹菜ちゃんに貰ってくれた方が喜びますから」



 彰さんと楓さんの提案を断る理由はない。なにせ、



「ありがと、かえでおねえちゃん!」

「ふふっ、どういたしまして」



 さっきまでしょんぼりしていた妹菜が明るくなったのだから、断れるわけがない。


 


 

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