第7話 GLHF


「えっと……」



 別に、どんなスマホがいいとかはない。

 ないけど、さすがに高校生の男子が『とびウサ』のスマホって……それに、めちゃくちゃ派手な色だし。



「おにいちゃん、これがいい! かわいい!」



 妹菜がそのスマホを手に取って俺に見せる。



「妹菜、その……これは、お兄ちゃんには似合わないかな」

「いーや! これがいいの! だって、おにいちゃんもとびウサすきでしょ?」

「好きだけど……」

「じゃあ」

「あっ、妹菜ちゃんこれ見て」



 純粋な瞳に見つめられ、たじたじな俺に助け船を出すように、七海さんが近くに貼ってあったポスターを指差す。



「こっちのスマホにすれば、こういうグッズをプレゼントしてもらえるんだって」

「プレゼント……? ああ!」



 妹菜はポスターを指差す。


 俺も見てみると、それは映画のポスターだった。

 内容は数か月後に上映が開始される【劇場版とびだせ、ウサギ隊! ~森を守るためにGLHFグッドラックハブファン~】だった。

 前回の柚葉さんと見た【劇場版とびだせ、ウサギ隊! ~今日も一日対アリでした!~】からまだそんなに日が経っていない。

 でも確かに、数か月後に上映されるって妹菜と柚葉さんが家で盛り上がっていたか。



「とびウサのグッズだあ!」



 さっきまでとびウサのスマホが欲しいと言っていた妹菜だったけど、今はポスターに夢中だ。



「良かったね、気をそらせて」

「はい、七海さんのお陰です」

「気にしないで。……それにしても」



 七海さんはポスター、その映画のタイトルを見て首を傾げる。



「……GLHFって、どういう意味なのかしら?」

「柚葉さんが言ってましたけど、グッドラックハブファンの略称で、オンラインゲームなんかで使われるそうですよ。試合前に「対戦よろしくお願いします」って意味があるそうです」

「へえ、そうなの。だけど、どうしてこの言葉を使ったのかしら」

「それは──」

「──ふっふっふっ!」



 ふと、隣から柚葉さんの声がした。

 どこか意味深な笑みを浮かべていた。



「このとびウサを考えた作者さんの娘さんが、FPSのプロゲーマーさんらしくてね」

「そうなんですか?」

「そうそう。それでお父さん、娘さんが参加する大会にはいつも応援に行くらしくて。そこで、こういう用語を覚えてるんだとか。子供たちにもゲーム文化の知識を付けてほしいとかなんとかって、インタビューで言っていたけど……」



 柚葉さんは思い出してクスッと笑う。



「頑張ってる娘さんを自慢したいだけじゃないかな。インタビューがあるたびに、娘さんが大会で活躍したとか自慢していたし」

「でも、このタイトルって子供たち理解できるんですかね?」

「まあ、そこはお母さんとお父さんが教える感じでね。それにほら」



 柚葉さんが妹菜に視線を向けると、



「グッド、ラック、ハフパンッ! グッド、ラック、ハフパンッ!」



 ポスターを見ながら、妹菜は何度も言葉にする。



「語呂がいいのか、意味はわからないけど口にする子もいるって」

「なるほど。小さい子からすると、凝ったタイトルよりも、意味がわからなくても語呂がいい方が覚えやすいのかもしれないですね」

「そうそう」



 まあ、妹菜は言えてないんだけど。



「それと、りっくん終わったよ」



 どうやら、契約についての細かい部分は柚葉さんと相良さんで終わらせてくれたらしい。

 相良さんは、今度は妹菜にポスターの紹介を始めていた。



「妹菜ちゃん、お兄ちゃんがここからここの間にある携帯の中で、どれか一つ契約したら、クジを5回引けるよ」

「クジ!」

「で、このクジの中の景品がこれ」

「わあ……。おにいちゃん!」



 どうやら妹菜は、さっきのとびウサのスマホのことはすっかり忘れてしまったらしく、クジが引きたくてうずうずしているようだった。



「一等は試写会へのご招待だって」

「ししゃかい? まいな、がんばラッピーのおっきなぬいぐるみがいい!」

「一等の試写会より三等のぬいぐるみか。相良さん、このクジが引ける携帯を契約したいです」

「了解、この中のが対象だから」



 俺は妹菜を抱っこすると「どのスマホがいい?」と聞く。妹菜は背面が水色のスマホを指差した。

 細かい性能面でどうなのか、そう思い相良さんと柚葉さんに視線を向けると、二人とも頷いてくれた。



「じゃあ、これにします」

「オッケー。それじゃあ、契約を済ませるからこっち来てもらっていいかな」



 それから数十分ほど待つ。



「はい、契約完了。細かいことは時間があるときに美鏡さんから聞いてね」

「わかりました」

「それで、妹菜ちゃんお待ちかねの、はい」



 相良さんが四角い箱を持ってくる。



「妹菜が引くか?」

「ううぅ」



 さっきまで明るかった妹菜だったが、俯いてしまった。



「まいなは、ダメ……しいなせんせーと、ゆずはおねえちゃんがいい!」

「えっ、わたしたち……?」

「いいの、妹菜ちゃん」

「まいな、当たらない。ガチャガチャも、ダメだったもん……」



 ガチャガチャ?

 そういえば母さんが、前にとびウサのガチャガチャを妹菜が引いて、全く欲しいのが引けなくて、通りすがりの綾香さんに代わりに引いてもらって当てたんだったか。


 もしかして、自分が引いたら当たらないと思っているのかな。

 とはいえ、悲しそうにしてる妹菜を置いて、俺たちだけで引くのもな。



「じゃあ、全員で一回ずつ引きましょうか」

「だね。お姉ちゃんたちも引くから、妹菜ちゃんも一回ね」

「まいなも……」

「妹菜ちゃん、大丈夫だから」



 全員で引いて、もしも当たらなくても仕方ないとなるだろう。

 こういうのは当たる外れるというよりも、実際に引いた方が楽しい。



「それに妹菜が引いて外れても、お兄ちゃんが当ててみせるから」



 そう伝えると、妹菜は大きく頷く。



「うん、まいながんばる!」

「頑張れ、妹菜」



 相良さんがクジの箱を持ってきてくれると、妹菜は箱の中に手を入れた。

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