第6話 とびウサ


 婚活パーティーのバイトからだから、相良さんと会うのは数日ぶりで一ヵ月も経っていない。



「こんなに早く来たら迷惑でしたか?」

「そんなことないよ。逆に連絡、待ってたよ」

「それなら良かったです」



 座って、と相良さんに促されて俺は椅子に座った。



「おにいちゃん、このひと、だあれ?」

「おっ、この子が噂の妹菜ちゃんだね。はじめまして、僕はお兄ちゃんの友達の相良緑っていうんだ」

「みどり!?」

「あー、うん」



 相良さんは下の名前で呼ばれるのは嫌だって言っていたか。少し複雑な表情を浮かべていた。



「妹菜、相良さんのことは相良さんって呼ぶんだ」

「やーや、みどりおにいちゃん!」

「あうっ!」



 相良さんは胸を抑えた。



「どうかしましたか、相良さん」

「いや、妹菜ちゃん……もう一回だけ僕のこと呼んでくれる?」

「うん、みどりおにいちゃん!」

「……うん、妹菜ちゃんだけ、そう呼んでいいよ」



 とても嬉しそうな笑顔を浮かべる相良さん。

 きっと妹菜に名前を呼ばれて……というか、お兄ちゃんって呼ばれて嬉しかったんだと思う。



「それで、お隣のお二人は……?」



 相良さんが両隣に立つ七海さんと柚葉さんに視線を向ける。




「妹菜ちゃんが通う保育園で保育士をしてる椎名七海です」

「陸斗くんと同じバイトで働く美鏡柚葉です」

「は、はあ……」



 目を大きくさせながら驚く相良さん。

 だけど少ししてから手を叩く。



「そういえば華凛さんが、七海さんというお友達から、陸斗くんにバイトを紹介してって頼まれたとか……」

「そうですね。相良さんのことも、華凛から色々と聞いてますよ……」



 にっこりと微笑む七海さんを見て、相良さんは「うっ」と小さく声を漏らす。



「毎年、人が足りないと必ずバイトのお手伝いをしてくれて、頼み事とかも聞いてくれて、よく一緒にお酒を呑みにいく”優しい大学生のお友達”がいるって」

「あ、あはは……お友達、ですか」



 少しがっかりとする相良さん。

 もしかしてとは思っていたけど、相良さんって一ノ瀬さんのこと……。



「ま、まあ、要するに陸斗くんの仲の良い女性ということですね……。陸斗くんも隅には置けないな」

「えっと……」



 なんて反応すればいいかわからないでいると、相良さんは「世間話はこの辺りにして、それじゃあ仕事をしようかな」と分厚いファイルを机の上に置いた。


 相良さんは大学に通いながら、メインでこの携帯ショップのバイトをしているらしい。

 それで婚活パーティーの最終日。あの部屋でみんながお酒を呑んでいたとき、俺がスマホを持っていないことを話した。

 まあ、驚かれた。

 一ノ瀬さんと綾香さんは履歴書に携帯の電話番号を記入していなかったから知っていたけど、相良さんと萌木さんからは、今の高校生で持ってないのは珍しいと言われた。


 金銭的な部分もそうだし、持っていても意味がないかなと思って持ってなかったことを話すと、相良さんは「今はそんなに月々の支払いは高くないから大丈夫。それに、これから高校を卒業したら必需品になるから今のうちに持っていた方がいいよ」と、月々のおおよその見積もりをしてくれた。

 その金額が意外と安くて、こうして携帯ショップにやってきたのだけど、まだ半信半疑でいる。



「前に話したプランだと……」



 相良さんは料金プランの説明をしてくれた。のだけど、それがよくわからない。8G《ギガ》がどうとか、WIFIがどうとか。

 もちろん普段の生活やバイトなんかの経験で、携帯を持っていなくてもそれぐらいの名称は耳にしたことはあるけど、どれがいいのかわからない。



「りっくんはこのプランがいいと思うよ」



 柚葉さんが指差したプランを見て、相良さんがうんうんと頷く。



「そうですね。今までスマホを持っていなかった陸斗くんであれば、これでいいかもしれませんね」

「あと、このオプションもなし。あっ、これはいるかな」

「じゃあ、こっちもかな」



 柚葉さんと相良さんの二人だけで話が進んでいく。

 内容を聞いても理解ができず、妹菜も眠たそうに大きなあくびをする。



「……柚葉さんに任せた方がいいかもね」



 七海さんに言われ、俺は頷く。

 スマホを持つことに対してどういった不安や悩みがあるかは柚葉さんも知っていると思うから、俺が口を挟むよりも、柚葉さんに任せた方がいい気がする。



「あっ、もしあれだったら、プランとかはりっくんに最適なのをわたしの方で選ぶから、りっくんたちは機種を見てきたらどうかな? 機種代金0円の中ならどれでも大丈夫だってさ」



 柚葉さんに言われ、俺と妹菜と七海さんは店内に置かれたスマホの機種を探すことに。



「機種と言われても、どれも一緒のような……」

「そうよね。私もあまりスマホに詳しくなくって」

「どれにしようかな……」



 母さんは病院に通ったり、急に体調が悪くなったときに救急車を呼べるようスマホを持っていたけど、ほとんど電話をするときか時間を確認するときしか使っていなかった。

 だからいざスマホを持つことになっても、どこを重要視すればいいかわからない。


 カメラ機能がいいとか、高画質とか……そんなことを書かれてもなあ。


 そんなことを悩んでいると、



「ああ!」



 ふと、妹菜が何かを見つけて走り出した。

 危ないと声をかけ、俺たちも後を付いて行くと。



「とびウサだあ!」

「「とびウサ?」」



 妹菜の指差したスマホは他のとは違い、かわいい動物のキャラクターたちが全面に描かれたスマホ。


 たしかこれは、妹菜が大好きな【とびだせ、ウサギ隊!】というアニメだ。前に柚葉さんと劇場版を見たけど、楽しかった。だけど……。



「おにいちゃん、これがいい!」



 妹菜がいいと言ったのは、明らかに男子高校生が持つようなスマホではない。だが目をキラキラと輝かせた妹菜に言われると、めちゃくちゃ断りにくい。

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