第5話 デビュー!
「楓ちゃんはね、お母さんの先輩なの」
母さんと河西楓さんの交代が終わると、俺たちはすぐにお弁当屋を出た。
帰り道。歩き疲れて眠ってしまった妹菜を抱っこしながら、家へと向かって歩く。
「高校一年生のときから働いていたらしくてね、接客もお弁当作りも完璧なのよ」
「へえ、そうなんだ。でも三年生って言ってたから、もう少しで辞めちゃうんだよね?」
「そうなのよ……」
残念、と母さんはため息をつく。
まだ働き始めて日は浅いのに、随分と仲良くなったんだな。
「あれ、でも向こうは学生だから、母さんの11時から17時のシフトと時間帯が被らないんじゃ?」
「平日はね。だけど土日は一緒だから。というより、楓ちゃんは基本的に土日しか出勤しない子なの」
「えっ、そうなんだ。部活に入ってるから土日だけとか?」
「ううん、まあ……うちと似たような家庭の事情でね。楓ちゃん家、父子家庭なのよ」
母さんが言うには、楓さんのお母さんは、娘さんが生まれてすぐに亡くなってしまったらしい。
それからお父さんが男手一つで楓さんを育ててきたけど、中学に入ってすぐに家事全般を覚え、今ではお父さんの代わりに家事の全てを担っているのだとか。
土日だけバイトをする目的は、車の運転免許費用を稼ぐ為らしい。
一年生のときからずっとバイト代を貯め、18歳となった数日前から、運転免許センターに通い始めたのだとか。
「なんだか、頑張ってる姿が陸斗みたいでね……少し心配なの」
「心配?」
「平日は学校に通って、家に帰ったらご飯の支度に掃除や洗濯、家事全般して。それで今は空いてる時間に免許センターに通って、大学の試験勉強もしてるの。で、土日はお弁当屋さんでバイト」
「それ、ハードすぎだよね。でも、もう免許センターに通ってるんなら、バイトはしなくていいんじゃないの?」
「……それが、うちのお弁当屋さん人が少なくて。店長さんは楓ちゃんが大変なのを知っているから辞めていいよって話してるみたいなんだけど、楓ちゃんが辞めたら土日は営業できないぐらい人がいなくて。それを楓ちゃんも理解しているから、遠慮して辞めれないでいるみたい」
責任感の強い人なんだろう。それに店長さんが優しく気を使ってくれているから逆に辞められないのかな、とか思う。
「でも求人を出してるなら、母さんと一緒に新しく入った人がいるんじゃないの?」
「お母さんだけだって、面接に来たの。お弁当屋さんって、接客しながら料理もしないといけないでしょ? 覚えられるまで大変で。それにお店で食べるんじゃなくお持ち帰りだから、急いで作らないといけない。だから慣れる前にみんな辞めちゃうそうなの」
「そうなんだ」
それを聞くと確かに大変そうだ。
「それに時給もあまり、ね……。楓ちゃんも、学生さんならもっといいところあっただろうけど、お店での経験が、お父さんに作るお弁当作りに役立つかもって理由でここにしたみたいよ」
母さんは「心配だな」と空を見ながらぼやく。
似ている、かあ……。
確かに境遇は似ているのかもしれない。
だけどそれは、境遇とこれまで忙しかったっていう点でだけであって、楓さんの方が俺よりもずっと大人でしっかりしていると感じた。
──それと同時に、俺なんかよりも絶対に無理をしていると思った。
♦
あれから数日経った日曜日。
俺は妹菜と、そして七海さんと柚葉さんの四人で近所のショッピングモールへと来ていた。
「妹菜ちゃん、危ないから走ったら危ないわよ」
「しいなせんせー、はやくはやくっ!」
「妹菜ちゃん元気だね、りっくん」
「久しぶりのお出かけだからですかね」
人通りの多いショッピングモールは、日曜日ということもあって普段よりも多くの人で賑わっていた。
母さんが仕事を始めてから、バイトの数を減らした俺は妹菜といる時間が増えたけど、母さんと妹菜が一緒にお出掛けする時間は減った。
まあ、前までもいっぱいお出掛けしていたかと聞かれれば微妙だけど、家で母さんと一緒にいる時間は多かった。
口には出さないけど妹菜、表情とか態度で寂しく思っていたんだろうなと思って、七海さんと柚葉さんに相談したら、妹菜と一緒にお出掛けしようと提案され、こうしてお昼から出てきた。
そして夜に、仕事終わりの母さんと合流して、みんなで食べ放題のバイキングに行く予定だ。
「りっくん、あっちじゃない?」
ただ今回は、妹菜と一緒にお出掛けをする以外にも、ここへ来る目的があった。
「なんだか、緊張してきました……」
目の前にあるのは大手携帯電話の販売店。
そう、今日は俺の”スマートフォンデビュー”の日だ。
「陸斗くん、緊張する必要はないと思うんだけど……?」
「でも、初めて携帯を持つんで。それに変な契約をして膨大な請求が来たって高校の友達が言ってました」
「……うーん、たぶんそれは、アレなサイトを見たとかじゃないかな?」
「あれ? あれってなんですか?」
七海さんと柚葉さんは難しい表情をしながら、俺と同じく首を傾げる妹菜を見る。
そして、妹菜に聞かれないよう耳元で、
「……エッチなサイト」
「えっ!?」
「しかも普通じゃなく違法の。そういうサイトを見たら、とんでもない請求をされるんだよ。もちろん、詐欺だけどね」
なるほど、そういうことか。
だから俺が真剣に心配していたのに、友達は平気そうに笑っていたのか。
「おにいちゃん、なにはなしたの?」
さすがにこれは話せない。
俺は妹菜の手を握りお店の中へと入っていく。
「えっと……」
俺は店内にいるであろう、とある店員さんを探す。
「あ、いた」
そして目が合うと、笑顔を浮かべてくれた。
「やあ、陸斗くん。まさか婚活パーティーが終わってから、こんなに早く連絡が来るとは思ってなかったよ」
「お久しぶりです、相良さん」
そこにいたのは、店員の格好をした相良さんだった。
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