第4話 資格とお迎え


 次の日も、本屋のシフトは休みだった。

 今日は綾香さんが営む本屋に向かうわけではなく、学校が終わると真っ直ぐ家に帰ってきた。


 理由としては、母さんの仕事が昼から夕方まであるからだ。


 その為、妹菜のお迎えと留守番をする必要があった。



「あっ、おにいちゃんだ!」



 家の前に停まった幼稚園バス。

 妹菜は俺を見るなり、勢いよく俺へと向かって走り出した。



「おかえり、妹菜」

「ただいま! きょうは、おにいちゃんがおむかえのひ、なの?」

「そうだよ。母さんはお仕事があるから」



 幼稚園バスの中を見ると、まだ園児たちが数人乗っているのと、七海さんの姿が見えた。

 仕事中だから普段みたいに話せないけど、俺を見ると、七海さんは小さく手を振ってくれた。



「着てくれたんだ」



 動きやすい白地のTシャツとジーパン。その上に、ピンク色のエプロンを着ている。

 俺が七海さんにプレゼントしたエプロン。それを着けているのを見ると、なんだか嬉しく思った。


 俺は頭を下げ、幼稚園バスが走り出すのを見送った。



「よし、帰るか」

「うん!」



 妹菜の手を握り、俺たちは家へと帰ってきた。



「おにいちゃん、なにみてるの?」



 手洗いうがいを済ますと、俺は学校から借りてきた本を手に取った。



「これはね、いろんな資格が載った本だよ」

「しかくって、なに……?」

「そうだな、何かの技術を持った証明なんだけど……」

「うーん?」



 資格の説明を妹菜にするのは難しい。そのまま話しても、きっと理解できないだろうな。



「例えば、俺は妹菜のお兄ちゃんだろ?」

「うん!」

「それを証明する、みたいなのを資格っていうんだ。妹菜は俺の妹だ! って言葉にしなくてもわかるようにね」

「へえ!」

「だけどこの資格を取るには、いっぱい勉強しないと駄目なんだ。例えば……そう、妹菜といっぱい遊んだり、妹菜といっぱい笑ったりね」

「じゃあ、もうおにいちゃんも、まいなも、しかくもってるね!」

「ああ、そうだな」



 うまく例えられたかわからないけど、そこまで詳しい認識はまだ妹菜には持たせなくてもいいだろう。

 妹菜は俺の膝の上に座り、たくさんの資格が載った本を見つめる。



「かんじがいっぱい!」

「ああ、そうだな。だけどお兄ちゃんが読んであげるからな」

「うん! これはこれは!?」



 昨日の漢字の勉強の続きのように、俺は資格が載った本を読んでいく。


 どうしてこの本を読みだしたかというと、昨日の夜に母さんと話して、少しだけ資格に興味を持ったからだった。

 まだどんな仕事がしたいかとかはないけど、こういうのを見て、少しずつ就職の準備をするのも悪くないかなって。

 それで担任の先生に相談したら、まずはどんな資格があるのかが載っているこの本を貸してくれた。

 内容はシンプルで、どんな資格があるのか、そして、その資格はどんな職種に役立つのか、それが載っている。



「本当に資格の種類しか載ってないんだな」



 もう少し詳しく書かれていると思ったけど、まあ、目次でめちゃくちゃ資格の名前が載っていたからそんな気はしたけど。


 それと担任の先生からは、気になった資格があれば教えてくれと言われた。

 その資格が詳しく載った本を貸してくれて、どんな勉強をしなくちゃいけないのか、最短で取るのにどれぐらいの日数が必要なのか教えてくれるらしい。



「おにいちゃん、これなんてよむの?」

「これか、これはね……」



 まあ、妹菜に漢字の読みを教えるのにもちょうどいいだろう。俺はそう思い、一つ一つ教えながら読んでいった。












 ♦












「おにいちゃん、おなかすいた……」



 18時を過ぎ、少しずつ外が暗くなり始めたころ。

 そろそろ母さんが帰ってくる時間なんだけど、遅いな。



「もう少しで母さんが帰ってくるはずだから。我慢できるか?」

「うん……」



 頷いてはくれたけど、お腹が空いて仕方ないといった様子だ。それにこれから帰って夜ご飯の支度だから、まだまだかかるな。



「ちょっと待ってて」



 俺はキッチンへと向かい冷蔵庫を開ける。

 お米もまだ炊いてないから夜ご飯の支度はできないけど、軽く何か作ることぐらいならできるか。


 七海さんと柚葉さんに料理を教えてもらったことが役に立ちそうだ。


 そう思っていると、



「おにいちゃん、でんわ!」



 電話が鳴った。



「もしもし、宇野ですけど」

『あっ、陸斗。お母さんだけど』



 母さんからの電話。たぶん職場からかけているんだと思う。

 その声はなんだか焦っているような気がして、俺は少し心配になった。



「なにかあったの? もしかして、体調が悪くなったとか?」

『ううん、それは大丈夫。ただ18時出勤のバイトの子が用事で遅れるみたいで、まだ帰れそうにないの』

「そうだったのか。ご飯の支度とかどうしよっか?」

『えっと、お店で作ったお弁当を持って帰っていいよって店長さんが言ってくれたから、今日はお弁当にしようかなって。妹菜は待てそう?」

「ちょっと待って」



 俺は妹菜に顔を向ける。



「今日、母さんがお弁当を持って帰ってきてくれるって。もう少し待てる?」

「ママの!? うん、まてる!」

「待てるって」

『そう、ただもう少しかかりそうだから……あっ、もし良かったら、妹菜と一緒にお店に取りに来る?』

「取りに?」

『妹菜がお店で働くお母さんを見たいって前に言っていたから』

「妹菜、母さんのお店に行きたい?」

「いきたいっ!」

「だって。じゃあ、これから向かっていい?」

『それじゃあ、待ってるわね』



 電話を切ると、うきうきな妹菜を連れて母さんの働くお弁当屋さんへと向かった。














 ♦












「いらっしゃ──あっ、いらっしゃい」



 お店に到着すると、レジに立つ母さんが出迎えてくれた。

 店内でお弁当を待つお客さんの姿はなく、厨房からは、男性のスタッフさんがにっこりと笑顔を浮かべながら頭を下げてくれた。



「いらっしゃい。陸斗くんと妹菜ちゃんだね。お母さんからいつも話は聞いているよ」

「いつも母がお世話になってます、宇野陸斗です」

「ははっ、噂通りのいい子だね。宇野さん、もう少しで楓ちゃんが来ると思うから、一緒に帰れると思うよ」

「ありがとうございます、店長」

「それと宇野さん、二人にメニュー見せてあげて。今日は残って仕事してくれたお礼に、僕からの奢りで好きなもの頼んでいいから」

「えっ、いいんですか?」



 どうやらこの方が店長さんらしい。

 優しそうな笑顔で話し方も雰囲気もいい人そうで良かった。少し色黒で筋肉が凄いけど。


 俺と妹菜がお礼すると、店長さんはまたにっこりと微笑んでくれた。



「妹菜は何がいい?」



 妹菜はメニューを見て指差す。



「えっと、えっと……やきにく、べんとっ! それと、おみそしる!」

「へえ、妹菜ちゃん漢字が読めるのか、凄いね!」

「えっへん! きのう、おにいちゃんにおしえてもらったの!」

「そうかそうか、凄いな!」



 ドヤッと胸を張る妹菜。

 そんな時だった。



「──お、遅れて、すみません!」



 ふと、後ろの自動ドアが開き、女の子の声が聞こえた。

 そして彼女は母さんへと駆け出し勢いよく頭を下げた。



「楓ちゃん、学校の用事は大丈夫だった?」

「は、はい、なんとか。宇野さん、すみませんでした」

「ううん、私は大丈夫よ」



 茶色のポニーテールに、快活な雰囲気の女の子。

 着ている紺色のブレザーの制服は確か、秀麗しゅうれい女子高校の制服だった気がする。

 大きな瞳を持つ彼女と目が合い、お互いに固まってしまった。お客さんだと思われているのかな。



「すみません、お客さんの前で騒がしくして……」

「その子たちは宇野さんのお子さんだよ」

「あっ、噂の……」



 噂の?

 不思議に思っていると、

 


「はじめまして、秀麗女子高等学校三年の河西楓かさいかえでです。よろしくね」

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