第3話 相談
それからしばらく、妹菜と一緒にお弁当の注文ごっこを続けた。
「えっと、えっと……やきにく、べんとっ!」
「そう、これは焼肉って書いてやきにく。よく読めたな、偉いぞ」
「ふふん!」
ただ少ししてから、母さんは夜ご飯の支度をするから離れ、気付くと注文ではなくメニューを見ながらの漢字勉強に変わった。
「おにいちゃん、これはなんてよむの?」
「これはお味噌汁だよ。いっつも、茶色の器に入ってるだろ?」
「ちゃいろ……」
妹菜がキッチンに顔を向けると、母さんはお味噌汁を入れている器を手に取る。
「あっ、あった!」
嬉しそうにする妹菜は「これはこれは?」と他のメニューを指差す。
こうしてゆっくり、時間も気にせず妹菜と遊んだのはいつ以来だろうか。
普段は学校帰りに本屋のバイトがあったり、明日の新聞配達の時間を気にして、のんびりした時間を妹菜と過ごせていなかった。
それに母さんがキッチンに立ち、料理が出来上がるのを妹菜と待つこの時間も久しぶりに感じる。
♦
明日は新聞配達があるから、早く寝ようかな。
そんなことを考えていると、母さんはまたお弁当屋さんのメニューが入ったファイルを見ていた。
「妹菜は、もう寝たの?」
「うん、さっきね。陸斗ももう寝るところよね」
「まあ、そうなんだけど。まだ勉強してるんだ」
「今度は調理の仕方をね。どの食材が入るのかとか、どういう調理工程なのかとかも覚えないとね」
歯を磨き終えたからあとは寝るだけ。
俺は静まったリビングで、ソファーに座った。
「仕事、大変そう?」
「覚えることが多いから少しだけね。だけど早く覚えないと」
「あんま無理しないでよ。また体調を崩したら、俺も妹菜も悲しむから」
「ええ……。ごめんね、それにありがとう。だけど二人と、それに七海さんや柚葉さんに、いつまでも助けられているわけにはいかないもの。お母さん、頑張るから」
その言葉を聞いて、普通は嬉しく思うはずなのに、なぜか少し寂しく感じた。
それはきっと、母さんにもっと頼ってほしかったからだと思う。それと、自分がこの家を支えていたかったんだと思う。
だけどそんなこと言えない。
「そっか。頑張って、だけど無理しないで」
母さんが頑張っているんだから、俺は応援しないと。
「ありがとう。陸斗は、今日一日どうだった?」
「えっ、どうって……?」
「久しぶりの何も無い日だったでしょ? 朝は気の抜けた感じだったけど、妹菜と遊んでいるときは、いつもの感じに戻っていてくれて、お母さん安心したわ」
気付かれていたか。
「やっぱり、何かに忙しくしていないと駄目だなって。だから妹菜に漢字を教えているときは良かったのかな」
「陸斗は真面目だから。だけどこれからは、自分自身のために楽しんでね」
「あー、うん。……それで相談なんだけどさ」
話すタイミングとしては今だと思った。
だから話を切り出したのだが、母さんは少し驚いた表情をし、それからすぐにファイルを閉じて俺の方に体を向けた。
「どうかしたの? 何か学校で悩みとかあった?」
「いやいや、そこまでじゃないよ」
イジメられていると勘違いさせてしまったのかもしれないと思い、俺は慌てて否定する。
「そっか。いつもは相談してくれない陸斗が相談なんて言うから、ビックリしちゃった」
「そうかな、まあ、相談したら迷惑かなって」
「そんなことないわ。相談してくれて、お母さん嬉しいわ。それで相談って?」
「ああ、進路のことで相談したいなって」
「進路か。陸斗も、もう高校二年生だもんね。陸斗は……どうする予定なの?」
「もちろん就職だよ」
そう答えると、母さんは少し悲しそうに顔を下げた。
「本当に? 本当は進学がいいのに、お母さんに気を使ってるとかじゃない?」
「そんなんじゃないって! 俺は仕事するのが好きなんだって。大学とか、興味ないからさ」
「そう、なのね……。でも、進学したくなったら遠慮せずに言ってね?」
「わかったよ」
「ところで、陸斗はどんな仕事がいいとかあるの?」
「どんなか……。何も考えてないんだよね。もうこの次期にはどんな職種に就きたいかとか決めておいた方がいいのかな?」
「まだ大丈夫かな。たしか、三年生になったら担任の先生から求人票を見せられるの。それを見てから決めるのもいいかな。そうしたらもう、それからはずっと忙しくて大変よ」
「そんなに?」
「履歴書作りとか、面接練習とか……。あっ、資格とか取るのもいいかもね」
「資格か、なんも持ってないな」
「お母さんはね──」
それからも、母さんと就職について話した。
母さんは簡単に就職先が決まったけど、父さんは何社も落ちて意気消沈していたとか。そんな話をする母さんは楽しそうだった。
きっと俺から相談したこと自体が少なかったから、進路について相談されて、母さんは嬉しかったんだと思う。
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