第2話 おままごと


「何をしたらいいかわからなくて、結局、こうしてバイトに来てしまったと……」

「はい……」



 新聞配達は休み、本屋のバイトも休み。

 始業式が終わって、ふと、気が付いたらバイト先の本屋に来ていた。


 そんな俺を見て、机の前に座り書類整理をしていた綾香さんは大きくため息をつく。



「休みなんだから帰りなさい。というより、休みの日にバイト先に来るのは、この世で陸斗ぐらいだぞ」

「いや、何したらいいかわからなくて、気付いたらここに」

「まるで社畜の根性だな。友達と遊んできたらどうだ?」

「遊ぶのにもお金がかかりますから。……それに今まで放課後に友達と遊んだことなかったんで、どう誘ったらいいかわからなくて」

「誘い方なんて……」



 綾香さんは途中で喋るのを止め、少し考え、かけていた眼鏡を机に置いた。



「そういったことも、これから新しく経験すればいいんじゃないか?」

「そういったことというのは?」

「学校が終わって、友達を遊びに誘う。今までしていなかったこと、したいことを、これからたくさん経験していけばいい。学生の間じゃないとできないことなんかをな」

「学生の間にしかできないこと、ですか……」

「何かやってみたいこととかないのか?」



 少し考えるが、何をするにも何処へ行くにも、まず最初に頭に浮かぶのはお金のことだった。



「お金のかからないこと、ですかね……?」

「そうか。それを考え、試してみるといい。……そういえば、陸斗はもう高二だろ? 進路は進学と就職、どっちにするんだ?」

「就職ですね」

「……それは、お母さんと話し合って決めたのか?」



 そう聞かれ、首を傾げる。



「いえ、その選択しかなかったので自分で決めました」



 大学へ進学するなんて選択肢、こうして綾香さんと話すまで考えもしなかった。

 もちろん、奨学金を貰って大学に通うということもできるけど、少しでも早く就職して、母さんに楽をさせたいという気持ちしかない。

 それに今はバイトでなんとかなっているけど、これから妹菜は小学校、中学校、高校、そして行きたいと言ったら大学に通うことになる。

 その為には、家には今よりもっとたくさんのお金が必要になる。


 だから俺には、就職という選択肢しかなかった。



「一度、お母さんと話し合ってみたらどうだ?」

「え、でも?」

「いや、就職するのが悪いとか、そういうことを言っているわけじゃないんだ。ただお母さんだって、進路のことで相談してほしいと思っているんじゃないか?」

「相談か……。母さん、働き始めたばっかだから、相談とかしたら迷惑じゃないですか?」



 そう聞くと、綾香さんは首を左右に振った。



「進路のことを息子から相談されて、陸斗のお母さんが迷惑に思うわけないだろ。きっと、喜んで聞いてくれるはずだ」



 その言葉には、はっきりとした確証を持った自信があるようだった。



「わかりました。今日はお昼に仕事が終わるって言っていたので、帰ったら話してみます」

「ああ、そうしなさい。それじゃあ、お母さんによろしく伝えてくれ」



 これ以上は綾香さんの仕事の邪魔になるだろうと思い、俺は頭を下げてから、店を出た。











 ♦













「ただいま!」

「おかえりー!」



 家に帰ると、バタバタと足音を響かせながら妹菜が走ってくる。

 俺を見て目を輝かせた妹菜。その手には、ぐちゃっとなったチラシのような物を持っていた。



「妹菜、それどうしたんだ?」

「あのね、ママと、おみせやさんごっこしてたのっ!」

「お店屋さんごっこ……?」

「あっ、おかえり、陸斗」



 妹菜に連れられてリビングへ向かうと、エプロン姿の母さんは、ファイルに入れられていたさっきのチラシを持って難しい表情をしていた。。



「ただいま。妹菜とおままごとしてたの?」

「えっと、お母さんとしてはおままごとじゃないんだけどね。仕事先のメニューの値段とか接客を覚えていたんだけど」



 二人が持っていたのは、母さんが働き始めることとなった『まんぷく屋』というお弁当屋さんのメニュー表だった。



「おにいちゃん、みててっ!」



 制服を脱ぎながら二人を見ていると、何か始まった。



「すみませーん!」

「はい、いらっしゃいませ」



 妹菜が店員を呼び出すと、母さんは持っていたファイルをテーブルに置き、メニューが見えないよう閉じた。



「えっと、えっと、からあげべんとう、さんっ、さんっ!」

「からあげ弁当を三つですね。1800円になります」

「せん、せん……にせんえんでっ!」



 おそらく、妹菜は会計をしたんだろう。

 母さんの前にゲームかなんかで使っていた、おもちゃのお札を二枚置いた。

 そして母さんはお札を受け取ると、同じくおもちゃの硬貨を数え。



「200円のお返しです」

「はいっ!」



 お釣りを妹菜に渡した。

 これでひとまず終わったのか、母さんが俺を見る。



「お弁当屋さんの仕事だから、接客も料理も完璧にこなさないと時給が下がる『見習い』扱いになっちゃって。だからメニューを見ずに料金を言えるよう暗記していたんだけど、それを見て妹菜がおままごとと勘違いしちゃったの」

「それで接客形式になったのか」



 なるほど、母さんが持っていたファイルにも全てのメニューが載ってあって、お店屋さんごっこが始まるとそれを隠したのは、見ずに値段を覚えようとしていたからだったのか。



「かっらあげ、かっらあげ!」



 妹菜はにこにことした笑顔を浮かべながら、からあげ弁当が来るのを待っていた。

 そして母さんは俺に耳打ちする。



「妹菜の読める漢字が少ないから、同じメニューばかりの注文になっちゃって……。これで三度目の、からあげ弁当なのよ」

「あー、なるほど」



 他のメニューには『特選幕の内弁当』だったり『チキン南蛮弁当』とか、漢字が多かったり、難しかったりする。

 からあげ弁当みたいにひらがなのお弁当は読めるから、どうしても注文はそういったひらがなの多いメニューに偏ってしまうのだろう。



「よし」



 俺は妹菜の後ろに座る。



「妹菜、お兄ちゃんも一緒に注文していい?」

「うんっ!」



 たぶん、妹菜としてはおままごとを楽しんでるんだろうけど、母さんとしては、少しでも早くメニューとその値段を覚えたいはずだ。

 時給が下がる見習いから早く抜けたいと思うのは、同じくバイトをしている俺には嫌ってほどよくわかる。

 だったら俺も手伝おう。

 それと妹菜にいろんな漢字を覚えさせるいい機会かもしれない。

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