第24話 プレゼント


 それからはみんなで鍋を囲っての食事。

 俺と妹菜以外は大人だから、お酒も口にして、終始ずっと明るかった。



「……ふわぁ」



 時間は21時ちょうど。

 テーブルの上に並んでいた料理は減り、お酒だけが残る。

 妹菜は大きくあくびをした。



「そろそろ、お開きにしましょうか」



 七海さんが言うと、各々が頷く。



「それじゃあ、お母さんが妹菜を寝かせてくるから。陸斗は、三人を駅まで送りに行ってきてもらえる?」

「わかったよ」

「いえ、私たちのことは気にしないでください、三人で帰れますから」

「そういうわけにはいかないわ。お願いね、陸斗」



 七海さんと綾香さんはそこまで酔っていないけど、柚葉さんは少しだけ眠たそうにしている。

 お酒を呑んだ女性三人を、見送らずにこのまま帰すわけにはいかないだろう。



「ですが……」

「まあまあ、七海さん、ここはお言葉に甘えて、りっくんに送ってもらおうよ」

「そうだな。酔っぱらいの柚葉の面倒を見るのは嫌だし」

「えっ、ちょっとひどい!」

「そうですね、それじゃあお言葉に甘えて……じゃあ、お片付けだけさせていただきますね」



 そうして三人は片付けを始め、母さんは妹菜を寝かせるため歯磨きへ。だがふと、



「おにいちゃん……」

「ん、どうした、妹菜」



 俺も片付けをしようとしていると、妹菜に服を掴まれた。



「きょうは、いっしょにねてくれるの?」

「ああ、もちろん」

「ほんと!? じゃあ、まいな、ねないでまってる!」



 そう言ってルンルン気分で歯磨きへ向かったが、きっと、俺が帰ってくるころには寝てしまっているだろう。

 


「妹菜ちゃん、お兄ちゃんが帰ってきてくれたこと、よっぽど嬉しかったんだね」



 柚葉さんと綾香さんはテーブルの上の後片付けをして、俺は皿洗いをしている七海さんの隣で手伝うことに。



「ですね。寂しい思いをさせちゃいました」

「でも、今まで頑張っていたのよ。お兄ちゃんがいなくても泣かないようにって。それにお母さんが寂しがらないようにって、ずっと側にいてあげていたの」

「えっ、妹菜がですか?」

「ふふっ、たぶん陸斗くんがこの家でやっていたことを、妹菜ちゃんはお兄ちゃんの代わりにしようと思ったのかな」



 寂しい思いをさせないように、とは少し違うけど、それでも俺がこの家でしようとしてきたことを妹菜が見てそう思ったのならそれはそれで嬉しいかな。


 そして片付けがひと段落すると、俺は買ってきた物を手に取る。



「実はこれ」



 俺は七海さんと柚葉さんに、今日、買ってきた物を手渡した。



「これ、どうしたの?」

「母さんが入院して、俺と妹菜が大変なときに二人には、たくさん手伝ってもらったので。ずっとお礼がしたいなって思っていて、それはそのお礼を兼ねたプレゼントです」

「お金は、大丈夫だったの……?」

「今回のバイト代で買いました。元からこれを買いたくて、今回のバイトをしたので」

「りっくん……」



 今まで誰かにプレゼントなんてしたことがない。というよりも、プレゼントを贈るような相手が母さんや妹菜しかいなかった。

 だから買うときはめちゃくちゃ悩んだ。

 それにこうして、バイト代を家に入れる以外に使ったことがなかったから、少し不思議な感じだ。



「ありがとう、陸斗くん……嬉しいわ」

「ありがとっ! ねえねえ、開けてもいい!?」

「はい」



 だけどこうして喜んでくれている笑顔を見ると、買って良かったなと思った。

 そして袋を開けて、二人はそれぞれ別々の物を取り出した。



「これ、エプロン……?」

「保育園で使ってほしくて。エプロン姿の七海さん、俺は好きですから……」

「……あ、ありがとう。……好き、か」



 七海さんは嬉しそうにしながら、エプロンを抱きしめていた。その姿はどこか子供っぽくて、なんだかかわいいと思ってしまった。



「ああ、これ! わたしが前に欲しいって言っていたやつ! 覚えていてくれたの?」



 柚葉さんには、一緒に本屋で働いていたときに雑誌を見ていて「このピアスいいな!」って言っていたから、それをプレゼントした。



「柚葉さん、よく仕事が暇なとき雑誌を見て、これいいなこれいいなって色々な物を見て言っていたので、今もこのピアスが欲しいと思っていてくれているか不安でしたが」

「今も思ってるよ! そっか……暇なとき、りっくんと一緒に雑誌を見て言ってたの、覚えててくれたんだ……嬉しい、ありがと!」

「……二人して暇なときを連呼しないでもらいたいな」



 喜んでくれる柚葉さんと、少しがっかりする綾香さん。

 柚葉さんは「今はお酒呑んでるから、次に会うとき絶対に付けるから!」と言ってくれた。



「あれ、まだある……」



 七海さんは紙袋の中に入っていた、もう一つの袋を手に取った。そしてそれは、柚葉さんの紙袋の中にもある。



「実はもう一つ、普段から着れる服を買ったんです。それを──」



 綾香さんに選んで買ってもらったんです!


 そう言おうとして止めた。

 女性の服なんてどれがいいのかわからなかったから、エプロンとピアスは自分で選んだけど、この服については綾香さんに代わりに買ってきてもらった。

 その時、綾香さんから「私が選んだと言わない方が、二人も喜んでくれるだろう」と言われていたのを思い出して、綾香さんに代わりに買ってもらったことを伏せた。



「見てもいい!?」

「はい、是非!」



 七海さんと柚葉さんは笑顔を浮かべながら袋を開ける。

 それを見て、ずっと黙っていた綾香さんが二人に伝える。



「なんなら、着替えて見せてあげてもいいんじゃないか? きっと、陸斗も喜ぶだろうからな」



 その言葉に、柚葉さんは「えー、どうしよっかな」と楽し気な表情を浮かべる。


 そして二人は袋の中を見て、



「え……?」

「……ふーん」



 七海さんは困惑し、柚葉さんは笑みを浮かべる。



「陸斗くん、その……これを着て、私たちにどうしてほしいの?」

「まあ、りっくんも男だからね。むふふ、仕方ないなあ、これを着てあげよっかな」

「えっ、どういう……」



 袋から取り出したプレゼントを見て、俺は唖然とした。



「なっ、それ!」



 手に持っていたそれは──女性用の下着だった。

 七海さんの手には白の下着で、柚葉さんの手には黒の下着。それも布地面積が少なく、かなり攻めた大人の下着だった。


 俺は購入した張本人である綾香さんを見る。



「陸斗は常々、大人になりたいと言っていたからな。大人になるとはそういうこと……なるほど、これを着た二人に大人にしてほしかったということか」

「ちょっと、綾香さん! これを買ったのは──」

「そろそろ第三者がきっかけを作ってあげるべきかな、と思ったんだ。ほら、陸斗、二人を見て」



 そう言われ二人に視線を向ける。



「りっくんが望むのなら、わたしはいいよ……なんなら今からでも、これを着たわたしが大人にしてあげよっか?」

「いいえ、柚葉さんではなく私が、陸斗くんを大人にしてあげます。……陸斗くん、あの日の続きをしましょうか?」



 二人はお酒が入っているからか発言が大胆だ。

 少しずつ迫ってくる二人から離れようとすると、



「ああ!」



 ふと背中から妹菜の声が聞こえた。

 そして七海さんと柚葉さんのもとへ走る。



「ママのよりおっきい! おっぱいおっきい!」

「こ、こら、妹菜……」



 二人の下着のサイズを見て目を輝かせる妹菜と、慌てて駆け寄ってくる母さん。


 七海さんと柚葉さんは酔った勢いのように俺をからかってくるけど、瞳が微かに潤んでいるように見えた。

 まだまだ伝えられていない感謝の気持ちもある。それでも、喜んでくれたのかな。綾香さんの投げた爆弾もあったけど、二人とも、俺の感謝の気持ちを受け取ってくれた。

 俺はそう思い、一瞬にして地獄絵図となったこの明るくて温かいリビングで、笑った……。









※これで二章は終わりです。

 幕間を一つ挟んで、三章に変わります。


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