第23話 我が家
次の日の朝、俺は予定よりも早く起こされた。
というのも理由があって、前原さんから話があると呼び出されたからだった。
怒られるのかな、そう思いながら向かった。
だけど前原さんの第一声は「申し訳ない」だった。
前原さんはもともと酒癖が悪く、いつもはお酒の席でも控えるよう心掛けていたそうだ。
だけど昨夜の最後のパーティーで、綾香さんとの一件や周囲の明るい雰囲気が影響して、セーブしていたお酒に飲まれてしまったのだとか。
「まあ、向こうも大人だからね。問題を大きくしたくないんだろう。それに何より、振られた腹いせに相手の女性に暴言を吐いたなんて誰にも知られたくないだろうさ」
帰りの電車の中。
相良さんは楽し気にそう言った。
他にも萌木さんや綾香さん、それに一ノ瀬さんもいるけど、座る席が離れているため俺と相良さんの二人での会話だ。
「どちらにしても、良かったじゃないか。今回のことが大事にならなくてさ」
「そうですね。ただ、これで良かったんですかね?」
「ん、何が?」
「殴ったのは自分なのに、向こうから謝られるなんて……」
「まあ、大人として、殴られたことを裁判沙汰にするよりも、ここはお互いに穏便に済ませた方がいいと考えたんだろう。陸斗くんに学校があるように、向こうにも勤めさせてもらっている会社があるからね」
「そうですよね」
「そうだよ。だからもう考えなくていいんじゃないのかな。これも成長に必要なことだった。ただ覚えていてほしいのは、暴力は駄目ってこと。暴力は自分や相手だけじゃなく、君を大切に想っている人も傷付けるから」
そして電車は、相良さんと萌木さんと一ノ瀬さんの目的地へと到着した。
「まあ、今回の件で陸斗くんの行動を褒めた僕がこんなことを言うのもなんだけどね。それじゃあ、また何かあったら連絡してよ!」
三人は電車を降りる。
その後ろ姿を眺めながら、少しだけ寂しく思う自分がいた。
なにせ初めて俺は、少し上の男性と一緒に仕事をしたから。本屋のバイトだって柚葉さんと一緒が多いし、新聞配達は一人だ。
だから長かったと思うよりも前に、少しだけ相良さんを兄みたいに感じて、楽しかったなと思う。
「どうかしたのか、陸斗?」
「いえ、ただこういうのも楽しいなって」
少し離れた席に座っていた綾香さんは隣に座る。
今回の一件で綾香さんも前原さんから謝罪を受けていたけど、綾香さんも前原さんに謝っていた。
吐かれた暴言に対して言いたいことは山ほどあるのだろうけど、それら全てを飲み込んで謝罪したのは、自分にも非があることを認めたというよりも、勘違いさせてしまったことへの謝罪だろう。
そして同時に、今後あなたと会うことはないと綾香さんは告げた。
「そうか。それで、貰った給料をどうするかは決めているのか?」
今回のバイトの給料は来月に一括で振り込まれるわけではなく、最終日に全額、それも手渡しで渡される。
なので俺は今、今回の給料をバッグの中に仕込ませている。
「えっと、母さんに渡そうかなって」
「……そうか」
「でも全額じゃなくて、どうしても買いたい物があるんです」
「ほお」
一瞬だけど、綾香さんは俺が母さんに渡すっていうと暗い表情を見せた。けれどすぐに明るい表情に変わった。
「いつも給料全てを家に入れていた陸斗が、買いたい物があるなんて言うとは珍しいな」
「まあ、あはは……。それでこれから買い物に行くの、一緒に来てもらえないですか?」
「今から……? 構わないが」
綾香さんは驚いていた。
だけど綾香さんが一緒に来てくれると有難い。
そして俺と綾香さんは、予定よりも前の駅で降りた。
♦
それから、俺が家に帰ったのは辺りが暗くなってからだった。
「──ただいま」
家でパーティーをするということもあって、俺は綾香さんも誘った。綾香さんは少し迷っていたけど、俺の母さんに話したいことがあると言って、家に来てくれることに。
そして家のドアを開けた瞬間、
「──おにいぢゃん!」
バタバタとした音が響いたと思ったら、勢いよく妹菜が俺へと向けて飛び出して来た。
「おにいぢゃん! おにいぢゃん!」
「えっ、妹菜……?」
なぜか泣きながら、抱き着いて顔をスリスリとする。
そして家の中から母さんと、それから七海さんと柚葉さんが駆け寄ってくる。
「あちゃー、今までずっと我慢できたけど、やっぱり泣いちゃったか」
と、柚葉さんはおでこに手を当て、
「仕方ないわよ。お兄ちゃんの声を聞いて、やっと会えると思っちゃったんだもの」
七海さんは優しく微笑み、
「おかえり、陸斗。それに綾香さんも、さあ、上がってください」
俺と綾香さんに視線を向けた母さんは、少しだけ複雑な表情を浮かべた。
そして七海さんと柚葉さんは、俺を笑顔で出迎えてくれた。
久しぶりの我が家。
俺から離れようとしない妹菜を抱きかかえながらリビングへと向かうと、目の前の光景を見て声が出た。
「これ……」
「ふふん、りっくん凄いでしょ、わたしも手伝ったんだよ!」
「……あなたは妹菜ちゃんと遊んでいただけのような」
「ちゃんと手伝いました! この肉団子を丸めたり……」
お鍋を囲むように、たくさんの料理が並べられている。
「さっ、りっくん、早く座って座って!」
柚葉さんに席へ案内されるが、
「だめっ!」
と、妹菜に止められる。
そして小さな手が俺の手を掴み、
「おてあらいが、さきっ!」
と、洗面所へと連れて行かれた。
後ろからは七海さんの「妹菜ちゃんの方が大人ね」という煽る声が聞こえ、柚葉さんは「忘れてただけだもん!」という子供っぽい反応を見せる。
「どしたの、おにいちゃん」
「ん?」
「たのしそうっ!」
「ああ、まあね」
なんだかふと、この温かい空間を感じて笑みが浮かんでしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます