第22話 後ろめたさ


 ♦



「──ということがあったのよ」

「そう……」



 一ノ瀬から、陸斗が最終日に婚活パーティーに参加していた前原という男性を殴ったということは、すぐに七海に知らされた。



「まあ、彼が怒るのも無理ないわ。というより、そこで何もしなかったら男として腑抜けよ」

「……そうね」

「浮かない反応ね」



 理由についても説明された。

 それに関しては一ノ瀬も”なるべくしてなった”と言っていたように、七海も同意見だった。優しい彼なら、そうするだろうと。ただ七海は、彼のした行動を手放しに喜べなかった。



「殴ったこと、問題にならないの……?」

「ええ、それは大丈夫だと思う。酔っていたから覚えていないだろうし、目に見える怪我もひどくないから。まあ、目を覚ましたら私たちからも伝えるけど、悪いのは前原さんだって、みんな知ってるはずだから」

「そう……」

「それでも、何か考えてる。何が心配なの?」

「……殴ったこと、それに怪我をさせたこと」

「だけど悪いのは──」

「だとしても、ダメなのよ」



 悪いのは綾香に暴言を吐いた前原だということは七海も話を聞いただけで理解できた。

 そしてそれを助けた陸斗は正しいのだと思う。

 ただし、その方法に関してだけは、七海は喜べなかった。



「そう、だったら後は七海に任せるわね」

「ごめんね、それと、陸斗くんに「帰ったら話がある」って伝えてもらっていい?」

「いいけど、お説教……?」

「それは、どうかな」

「はいはい、わかったわよ。それじゃあね!」



 電話が切れると、七海は大きくため息をついてリビングへと戻る。



「しいなせんせー、どしたの?」



 現在、七海は陸斗の家にいた。

 その理由としては、陸斗の母親である宇野佐代子の体調が完全に良くなったわけではないからだ。

 以前のように寝たきりということはなく、歩くこともできるようになったが、月に二回ほど病院へ通い、薬は飲み続けている。


 それでも佐代子は、つい先日から新しい仕事を始めた。

 彼女曰く「周りにこれ以上の迷惑をかけるわけにはいかないから」ということだった。 

 おそらくその迷惑をかけたくないというのは陸斗や妹菜だけではなく、七海や柚葉も入っているのだろう。

 けれどそれを七海は焦っていると感じた。

 そしてその焦りが原因となって、再び体を壊すことにもなりかねない。なにせ彼女が無理をしていないかどうかの判断は、他者からはわからないのだから。


 だからこそ、陸斗がいない間だけは、七海と、恋敵である柚葉は陸斗宅を訪れている。



「えっと……」



 妹菜の前で話すべきかどうか悩み、ふと柚葉に視線を向ける。すると彼女は立ち上がる。



「それじゃあ、妹菜ちゃん、お姉ちゃんとお風呂いこっか!」

「おふろ……おふろ、いくっ!」



 七海の電話が聞こえていたのか、柚葉は気を効かして妹菜と共にお風呂へと向かった。

 リビングで七海と佐代子の二人になり、母親に電話で聞いた内容を伝えた。



「そんなことが、あったのね……」



 全て伝えた七海の言葉を聞いて、佐代子は、七海が一ノ瀬から聞いたときと同じような暗い表情をしてみせた。



「大きな問題にはならないって友人は言っていましたけど、どうしましょうか」

「七海さん、あの……申し訳ないのだけどお友達の方に、陸斗が手を上げてしまった男性に私がお会いになれるよう、取り合ってもらえないかしら」

「それは構いません。それで陸斗くんには、なんて?」

「……」



 なんて、と曖昧に聞いた。

 もちろん聞きたいことは”陸斗を叱るのかどうか”だったが、七海の問いかけに対して、佐代子は顔を下げて沈黙した。

 謝りたいと申し出たのは母親として当然のことだ。息子が他人に怪我を負わせたのだから。

 けれど、そんな当然のことを最初に口にしたのに、はっきりと「息子を叱る」と言えないのは、おそらく陸斗への後ろめたさがあるのだろう。

 家族を支える為にバイトをしてくれる息子。

 本来はすべき学生としての青春をさせてやれないのに、母親として、こういう時だけ母親面して叱っていいのか、それを悩んでいるのだろう。



「ちゃんと、叱るべきだと思います」

「七海さん……」

「ただ、褒めてもあげてください。知り合いが困っているのを助けたことは褒めて、その助ける手段として暴力を使ったことは、ちゃんと叱ってあげましょう」

「……そう、よね」

「陸斗くんはちゃんと話を聞いて、反省してくれるはずです」



 飴と鞭というほどではないが、今回のことは褒めれる部分も𠮟るべき部分もある。

 それを、いくら複雑な家庭環境があったとしても口に出してちゃんとするべきだろう。本来の母親として息子に接するという当たり前のことをしなければ、今の真面目な陸斗であれば問題ないかもしれないが、いつ歯車が崩れるかわからない。

 もしも後ろめたさがあって言葉や行動にしずらいのであれば、第三者である自分が背中を押してあげるべきだと、七海は思う。



「帰ってきたら、話してみるわね……。ごめんなさい、こんな当たり前のことを七海さんに言わせて」

「いえ、気にしないでください。ただ……」



 くすっと七海は笑った。



「陸斗くんの男らしい姿を、この目で見たかったなとは思いました」

「あら……あはは、そうね。お母さんも、いつも見ている優しい姿じゃなくて男らしい姿も、見たかったなって思っちゃった」

「またの機会ですね。あっ、明日の陸斗くんが帰ってきれからのことなんですけど……」



 それから二人は明日のことを話し合った。

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