第16話 ミーティング


 ミーティングで使用される場所は海が一望できるリゾートホテルだった。

 数多くの部屋が完備されていて、参加者はここに泊まるのだという。

 その他にも施設がたくさんあって。小さなゲーム場や、温泉施設。大人向けのバーや、屋外にはプールなんかもある。


 俺は一度もここに泊まったことはないけど、相良さん曰く「かなり有名なホテルなんだよ」ということらしい。


 夏休み時期もあってか、一般の旅行客もいる。

 昼間は海へ行って、夜はホテル内でゆっくりするといった感じかな。



「──では、これよりミーティングを始めたいと思います」



 宴会場のような広い部屋で行われたミーティング。

 そこには一ノ瀬さんのような社員さんはもちろん、俺や相良さんのようなバイトっぽい同じ格好の人が大勢いた。


 バイトは三十人程度。

 男女比でいうと、男四割の女六割か。

 女性のほうが多くて、男女共に成人している大人ばかりで、高校生らしきは俺しかいない印象だ。


 そして、この十日間の日程の説明があった。

 ある程度のことは一ノ瀬さんに聞いていたけど、しっかりタイムテーブルがあって、そのほとんどは【自由行動】が基本だった。

 その間に参加者は、自由に参加者同士で互いに親睦を深めるのだろう。ただ自由行動が多いのは後半ばかりで、前半はちゃんと運営が計画したイベント通りに進むようなっていた。



「いきなり自由って言われても、相手に声をかけられない参加者もいるからね」



 隣に座った相良さんがそう教えてくれた。

 まあ、確かにいきなり「これから自由です! 参加者は好きな相手と交流を深めてください!」なんて言われても、俺は無理だな。

 だからこそ、こういったサポートが充実している婚活パーティーがあるのだろうし、参加しているのだろう。


 それからも説明はあったけど、何度かそのときに出てくる話があった。


 ──決して参加者よりも目立たないでください。

 裏方に徹して、サポートに徹して、参加者の気を引かないでと。


 そんな説明が終わって、少しの休憩時間が設けられた。



「去年と全く同じ説明だったねえ」



 相良さんは立ち上がると、大きく伸びをした。

 他のバイトの人たちも立ち上がると、ある人はスマホを操作したり、ある人は会場を出ていった。



「十分間の休憩だけど、陸斗くんはどうする?」

「またここに集合ですよね? じゃあ、ここにいます」

「そっか、じゃあ僕もここにいようかな」



 再び椅子に座った相良さん。



「去年も同じ感じの説明だったんですか?」

「うん、同じ。全くというぐらいね。まあ、バイトの顔触れもあんまり代わってないしね」

「へえ、そうなんですか」

「そうそう。二割ぐらいじゃないの、新しい人は」

「じゃあ、あの参加者より目立ったらいけないって説明は前回も?」

「あー、あれね。あったよ。というか、嫌になるぐらい言われた」



 はあ、と大きく相良さんはため息をつく。



「たまにあるんだよ、参加者よりも裏方が目立って気を引いちゃう……ってのがね」

「なるほど。でも、そんな場面ってあるんですか?」

「まあ、僕たちはただのサポート役だからね。会話が上手くいっていない参加者をサポートするのも仕事で、その会話に入って司会役みたいに話題を広げたりすることもあるのさ」

「自分たちが、ですか……」

「こっちは別に参加者に気に入られなくてもいいじゃない? だから何の遠慮もなく話題が広がるよう色々と話を聞いたり反応したりする、参加者同士で話題が広がるようにね。だけどさ、参加者は相手に気に入られたいのさ。だから良いことしか話さないよう、頭の中で言葉を選択している参加者もいるわけで、結局のところ、僕たちと話題が広がって片方の参加者を置いてけぼりにしちゃうとか、たまにあるのさ」



 つまり、男女の参加者が円滑に、より話が弾むようにこちらが話題を振っても、その会話の相手が参加者と参加者ではなく、参加者と運営側に変わってしまうということか。



「それ……」

「めんどくさいでしょ? だけど、上手くやらないと後で怒られる。「狙っていた相手を取られた!」って社員に苦情が入ったら、怒られるのは僕たちだからね」

「はあ……」



 想像していたよりも、この仕事ってややこしい。



「だから、参加者へのサポートは広く浅くかな。多くの参加者に話題を振って、参加者同士の話し合いが進んだのを見たら、すぐさま退散したほうがいいよ」

「なるほど。相良さんって、なんだか凄く出来る人ですね」

「まあ、僕は恋愛において百戦錬磨だからね! あははっ!」



 大笑いする相良さん。

 だけど、



「『女紹介して』ってアタシに相談したのはどこの誰よ?」

「いでっ!?」



 そんな相良さんの頭が前へ倒れる。

 後ろを振り向くと、茶色の髪を後ろで縛った女性が立っていた。



「……里香。それは去年の話だろ」

「あらそう? アタシの記憶では、今年のことだったはずだけど」



 里香と呼ばれた女性は、ふん、と腕を組んだ。

 年齢は相良さんと同じぐらいで、俺よりも少し上。服装はホテルの受付の女性が着ている黒を主体とした上着に、下はスカート。これは、バイトの女性が着用する制服だ。

 少し強気な雰囲気がある顔付きで、相良さんとも親しげな様子だ。



「ああ、陸斗くん、こいつは萌木里香もえぎりか。僕と同い年で、去年もこのバイトを受けていた──腐女子だよ」

「ちょ、初対面になんて紹介の仕方してのよ!」



 周囲を確認しながら、萌木さんは相良さんの頭を何度も叩く。



「腐女子……?」



 聞き慣れない単語に首を傾げると、相良さんは少し驚いた様子で。



「もしかして、知らない? 男と男が──」

「──言わなんでいい! 健全な子を巻き込むな!」



 どうやら、あまり聞いてはいけない感じか。



「えっと、自分は宇野陸斗といいます。十日間よろしくお願いします、萌木さん」

「あら、礼儀正しい受けね」

「受け……?」

「ううん、こっちの話だから気にしないで。こちらこそ、萌木里香よ、よろしくね。まあ、同い年ぐらいなんだから「さん」は止めてよね」

「同い年じゃないんだなーこれが」



 どこか得意げな表情で、相良さんが萌木さんに言う。



「彼は高校生だよ、正真正銘のね」

「えっ、高校生!? ……って」



 大声を出してから、周囲を見る。

 微かに注目を集めた気がして、萌木さんは小さな声で俺に問う。



「高校生……本物?」

「え、はい。本物ですけど」

「そ、そう……。ねえ、高校生ってアリなの?」



 萌木さんは相良さんに聞くと、首を傾げながら答えた。



「わかんないけど、いいっぽいよ。現にここに来てるしさ」



 きっと、ここへ来る前に相良さんが言っていたことが理由だろう。

 こればかりは俺も相良さんもわからないから、曖昧な返事しかできない。



「そういう意味じゃなくてよ」



 だが、萌木さんは更に小さな声で、



「あんた的に、いいの?」



 と聞いた。

 どこか呆れた様子の相良さんは立ち上がる。



「……さて、そろそろ時間か」

「えっ、アリなの? アリよりのアリなの?」

「ナシよりのナシ、いや、ナシだよ!」



 親しげな二人の会話を聞いていると、会場に設置されたスピーカーから声がした。


 時刻は10時。

 ついに仕事が始まる。


 この会場に設置された丸いテーブルに椅子を戻すと、俺たちは壁際に移動した。



「最初の顔合わせ。参加者が入ってくるよ」



 相良さんが小さな声で教えてくれた。



「さて、禁断の愛を乗り越えてくれる強者は現れるか」



 萌木さんはよくわからないことを言っている。


 そして会場に、参加者が入ってきた。

 しっかりとしたスーツやドレスを着ていて、はっきりと大人だとわかる雰囲気がした。

 表情は少し強張った感じの人がちらほらいる。



「あれ……?」



 そんな参加者の中に、見知った顔を発見して俺は声を漏らした。

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