第15話 不祥事


「このバイトでの、僕たちの役割って聞いたよね?」

「婚活パーティーの管理と、参加者の手助けですよね」



 俺が一ノ瀬さんから聞いた仕事は二つ。


 一つは、十日間と長い日程で行われる婚活パーティーの、その運営をする社員さんの手助けをすること。


 もう一つは、参加者がより良い相手と巡り合えるように、できる限りサポートすること。



「そうだね。ちなみに、陸斗くんって婚活パーティーがどんなのか知っているかい?」

「正直なところ、あまり。でも、ドラマとかで見たことはあります」

「まあ、そのぐらいの知識しかないよね、高校生なら。ここで行われることも、それと変わらないかな。……場所が普通じゃないこと以外はね」

「場所?」



 首を傾げると、相良さんは窓の外に視線を向けた。



「舞台が海水浴場ってこと。参加者が、水着で参加するイベントもあるってことさ」

「水着……」

「そうなれば、男の欲というか……まあ、問題も起きる確率が上がるってこと」



 そこまで聞いて、なんとなく言いたいことはわかった。



「えっと、そういう男女の……それは、アリなんですか?」

「そういう男女のって?」



 ニヤリとした笑みを浮かべた相良さん。

 絶対に俺の言いたいことを理解しているはずだ。

 コホンと咳払いしてから、俺は言葉を続けた。



「そういうのは、そういうのです」

「あははっ、そんなムスッとしないで。言いたいことはわかっているから」

「だったら聞き返さないでくださいよ」

「ごめんごめん。んで、答えはノーだよ。この婚活パーティーに参加している間は禁止なんだ」



 相良さんは大きくため息をついた。



「だってさ、最終日に気に入った相手へアプローチしたのに、もうその相手は他の相手と事を済ませてるって、それ、なんの拷問だよって話さ」

「まあ、そうですよね」

「参加者も大人だからね。そういうことを理解していて、下心ありありの目的で参加しているわけではない。それに、そういう気持ちがある者は参加前に運営が弾いているから。──だけど、相手を見つけに来た参加者ではない僕たちバイトの人間は違う」

「もしかして、バイトの人が……?」



 そう聞くと、相良さんは頷いた。



「去年ね。バイトの子が、参加者に手を出しちゃったわけ。それも男子高校生がね。婚活関係の仕事って横の繋がりが強いらしくて、まあ、ルールを破って不祥事を起こしたら会社の信用問題だから。その参加者の女性は今後、どこの婚活会社も利用できなくなって、バイトの男子高校生は即刻クビで終わり。問題はあまり公けにならなかったから、おとがめなしだったらしいよ」

「そうなんですか」

「それから、このイベントのバイトは求人を出さなくなって、社員の紹介した人しかバイトで来ていないらしいよ。だから僕は、てっきり高校生のバイト参加も、あの件から禁止されているのかと思ったのさ」

「そんなこと、一ノ瀬さんから言われなかったですけどね」



 七海さんから言われたのは、いいバイトがあるってことだけだ。

 もしかしたら七海さんが無理を承知で頼んでくれたのかもしれない。終わったら、ちゃんとお礼しないとな、それに一ノ瀬さんにも。



「高校生にとっては……というか、男には目の毒だからね、このバイトって」

「自分は大丈夫ですから」



 そう強く言うと、相良さんは一瞬だけポカンとした表情だったけど、すぐに大きく笑った。



「あはははっ、そっか、それならいいね。バイトの子が何か問題を起こしたら、その人を紹介した社員が色々と困るから、僕たちは迷惑かけないように頑張ろうね」

「もしかして、相良さんは一ノ瀬さんの紹介なんですか?」

「ん、そうだよ。参加してくれる人がいないって泣きつかれちゃってね」



 そう笑って答えた相良さんに、俺は気になっていることを聞いてみた。



「あの、一つ聞いていいですか?」

「なんだい? 僕は先輩だからね、なんでも聞いてよ」

「じゃあ、相良さんと一ノ瀬さんって、どういう知り合いなんですか?」



 そう聞くと、相良さんは笑みを浮かべた。



「バイトの上司と後輩、かな?」



 どこか寂しそうで、悲しそうな、ずっと浮かべていた爽やかな笑顔に影がかかったように見えた。



「おっと、そろそろ顔合わせの時間だよ。初日から遅刻したら、華凛さんに怒られちゃうよ」



 相良さんは立ち上がり、無言で着替えを始めた。

 なんでも聞いてとは言われたけど、きっと、この話題は聞いたら駄目なんだと感じた。

 俺も支給された、ドラマとかでバーのウエイターさんが着ているようなスーツに袖を通した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る