第14話 同居人


 左右にずっと遠くまで伸びる海岸を前に建てられた宿舎。

 宿舎とはいっても、一般的なアパートに造りは近い。

 二階建てで、部屋の前に階段が付いているタイプ。

 そして201号とか202号とかって、部屋番号が扉の隣に付けられている。

 本来はクリーム色であろう塗装は、ところどころ海風の影響なのか剥がれていて、なんだか頼りなく映る。


 それに入口には【柳沢学生寮】というボロい看板が建てられていた。



「……集合場所、ここで合ってるよな?」



 場所を間違えたのかと思い、手紙に目を通す。

 やっぱり目的地はここで合ってる。

 そんなときだった。



「あっ、陸人くん」



 不意に声をかけられた。

 夏日にも関わらずレディーススーツをしっかり着た女性──一ノ瀬さんだ。



「おはようございます」

「おはよう。もしかして、目的地がここで合ってるのかなって不安になってた?」

「ま、まあ」

「だよね」



 笑いながら一ノ瀬さんは柳沢学生寮である宿舎へと足を踏み入れた。



「えっ、ここが目的地なんですか?」



 てっきり、学生寮っぽかったから、ここに集合してどこかへ案内されると思っていた。

 だけど一ノ瀬さんは階段を上りながら振り返り、



「ホテルとかに泊まりたい気持ちもあるだろうけど、まあ、そこまで支援できなくてね。おんぼろだけど我慢して」

「いえ、そういう意味じゃ……」



 寝泊まりするのがこんな部屋とか、ふざけんじゃねえ!

 なんて気持ちはなかったけど、俺の言い方だと、そう捉えられても仕方ない。

 だから咄嗟に否定したのだが、一ノ瀬さんは205号室の部屋の前で足を止めながら苦笑した。



「陸斗くんはそう思ってなくても、バイトに来てもらった方々には苦い顔されたのさ。だからまあ、我慢してくれると嬉しいかな」

「もちろんです」

「ありがとっ、んじゃ、ここが陸斗くんが泊まる部屋ね」



 一ノ瀬さんはなぜか扉を開けず、ノックをした。

 コンコンと二回。すると中から人が走る足音が聞こえ、扉が開かれた。



「あれ、華凛さん、ミーティングの時間ってまだでしたよね!?」



 中から出てきた金色の髪の男性は不思議そうな表情を一ノ瀬さんへ向けた。



相良さがらくん、同居人を連れて来たわよ」



 一ノ瀬さんは親しそうにそう伝えた。

 すると、相良くんという男性は俺を見て、目を丸くさせた。



「なるほど。って、めちゃくちゃ若いですねー」

「高校生だから」

「へえー、高校生……てか、高校生ってこのバイト、オーケーでしたっけ?」

「まあ、彼は特例なのよ」



 ここまで話を聞いて俺は色々と察して、驚いた様子で何度も頷く相良さんに頭を下げた。



「宇野陸斗です、数日間ですがよろしくお願いします」



 おそらくこの人はバイト期間中、寝泊まりするこの部屋の同居人になる人なのだろう。



「礼儀正しいねえ、はじめまして。ボクは相良緑さがらみどり、よろしくね」



 相良さんも軽く頭を下げてくれた。

 その笑顔は優しそうな感じで、なんとなく好印象を抱ける好青年といった感じがした。


 一ノ瀬さんは俺に相良さんのことを説明してくれた。



「彼は柳沢大学の三年で、毎年このバイトに応募してくれてるの」



 柳沢大学といえば、この学生寮の前にあった看板にもあった名前で、たしか近くの駅から三つぐらい離れたところにあったはず。



「そう、ボクはベテランだね」

「自分で言わないの。まあ、だから君を彼に同部屋にしたんだけど」



 そこで、一ノ瀬さんは腕時計に目を向けた。



「やばっ、悪いんだけどミーティング会場の準備があるから、相良くん、陸斗くんのこと任せてもいい?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「ありがとう、それじゃあまた後で!」



 そう言って一ノ瀬さんは走り去った。

 初対面の相手に極度な緊張するわけではないけど、俺は相良さんと二人になって少し緊張してしまった。



「もしかして、緊張してる?」



 俺の顔を見てそう思ったのか、相良さんは笑顔を浮かべながら首を傾げた。



「すみません、少しだけ……」

「まあ、高校生ならそうだよね。それより中に入って、荷物も重いでしょ」



 そう言って相良さんは俺の荷物を持って中へと案内してくれた。

 細見な体型なのに、着替えとかが入った重めのボストンバッグを軽々と持った相良さんは、意外と筋肉があるんだなと思ってしまった。


 そんなことを考えてる場合じゃない。



「あっ、自分で持ちますから!」

「いいって、いいって」



 少し間を空けて俺は部屋の中へと入っていく。


 部屋の間取りは1Kで、一人暮らしならちょうどいいかもしれないけど二人だと少し狭く感じる。

 風呂とトイレは別で、畳の床に、新品であろうスポンジや洗剤が備え付けられたキッチンと広い部屋がセットになっている。


 布団を敷いてピッタリほどの広さの部屋の隅には相良さんの荷物が置かれ、首を左右に振った扇風機の音が部屋に響いた。



「ミーティングまで少し時間があるから、簡単に部屋の使い方の説明をしておくね」



 相良さんは俺の荷物を反対側の壁に置くと、適当な場所に座った。



「華凛さんから、この宿舎でのこと聞いてたりする?」

「実は、ここで寝泊まりすることも、同居人がいることも、ここへ来てから初めて知りまして……」

「あー、やっぱり」



 どこか納得した様子の相良さんは苦笑いを浮かべた。



「最初からボクに説明させる気だったな、あの人……」

「なんだか、すみません」

「いやいや、陸斗くんが謝ることじゃないよ。あっ、陸斗くんって呼んでいい?」

「はい」

「ボクのことは……緑って、女の子の名前っぽいから、まあ名前以外で好きに呼んで」



 少し思っていたけど、確かに女の子っぽい名前かもしれない。

 俺は相良さんって呼ぶことを伝えると、相良さんは話を戻した。



「それで、陸斗くんはたぶん特別枠でしょ?」

「特別枠……?」

「そう、このバイトって求人が出てるわけじゃなくて、バイトのほとんどが社員さんが選んできた人なのさ」

「だから、高校生は大丈夫かどうか聞いていたんですか?」

「そういうこと。まあ、ボクは今回で2回目なんだけど、前のときは高校生いなかったからね。だから華凛さんの特別枠かなって」



 俺は一ノ瀬さんの紹介の前に七海さんの紹介が挟んだから、俺がバイトすることは許されたのかな? とか思う。



「何か、高校生が働いたらいけない理由とかってあるんですか?」



 疑問に思って聞くと、相良さんは頭をかきながら難しい顔をする。



「まあ、あるかな……。でも、陸斗くんはあんまり気にしないほうがいいかも」



 そう言われると、逆に気になるんですけど。

 そんなことを考えていると、顔に出てしまったのか。



「ボクから聞かなくても、いずれ聞かされるかもしれないから話すけど……」



 そう言って、相良さんは説明をしてくれた。

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