第11話 柚葉デート 2


 映画館で上映されている映画を見るのなんて、いつ以来だろうか。



「りっくんは見たい映画とかある?」

「いえ、とくにはないですね」



 映画はレンタルして家で、が俺の中での普通になっていた。

 だからこうして、今公開している最新の映画を見るのは久しぶりだ。



「何も、わからない……」



 映画館なんて、前もって「この映画が見たい!」と思わないかぎりは行こうとも思わないし、今どんな映画が公開中なのかも調べないからわからない。



「柚葉さんは何か見たいものがあったとかなんですか?」



 ここへ連れて来たということは、何か見たかったのだろう。

 そう思って聞いたけど、柚葉さんは公開中の映画の欄を見ながら唸り声を発した。



「んー、とくにないんだよね。あんまり映画とか詳しくないからさ」

「じゃあ、なんでここへ?」

「デートっていったら映画館かなって」



 えへへ、と笑う柚葉さん。

 どうやらここへ来た理由は、何か見たかったからとかではないらしい。

 俺は公開中の映画欄を見る。



「あんまりわからないな……あっ、これ映画化していたんだ」

「どれどれ……あっ【とびウサ】だあ! これ映画になってたんだね!」



 俺が指差したのは日曜の朝早くに放送している子供向けの映画。

 とびウサ、というのは【とびだせ、ウサギ隊!】の略称だ。

 動物たちが大自然を明るく生き抜いていくコメディアクション作品で、妹菜のお気に入りの作品だ。



「妹菜ちゃん、これ映画になるって言ってなかったけど。というか、上映日って今日からみたい」

「へえ、そうなんですか。そういえば、柚葉さんも妹菜と一緒に見ていましたよね」

「最初の頃は子供向けは……とか思ってたけど、笑えるし、キャラも可愛いからついね。それにたまに泣かせてくるのよ、この子たち」



 柚葉さんはウサギとかタヌキとかハムスターが仁王立ちしている【劇場版とびだせ、ウサギ隊! ~今日も一日対アリでした!~】のポスターを指差しながら言った。


 この【とびだせ、ウサギ隊!】が放送されているのは日曜の朝、それも6時前。

 最初の頃は妹菜も起きて見ていられたけど、段々と起きていられなくなってしまっていた。柚葉さんが録画しておいてくれて、日曜日に二人で一緒に見るのが日課みたいになっている。



「そういえば、りっくんはわたしたちと一緒に見ないよね、とびウサ」

「まあ、途中から見ても話がわからないかなって。母さんがこれ、もう234話ぐらい放送しているって言ってましたから」

「あー、それぐらいやってるかな。でも一話完結のお話だから途中から見ても問題ないよ。キャラさえ覚えればいいから」

「へえー、でもまあ」



 いいかな。

 そう言おうと思っていたら、柚葉さんはニヤリとした笑みを浮かべた。



「よし、決めた。これ見よっか」

「えっ?」



 柚葉さんは機械を操作して、チケットの購入画面を表示させた。



「えっ、もしかして、この【とびだせ、ウサギ隊!】を見るんですか!?」

「そうだよ。ふふん、これでりっくんも【とびウサー】だね」

「とびウサーって、なんですか?」

「とびウサを愛する者のことを呼ぶの。ちなみに、わたしが考えたの。よし、購入っと」



 誰が呼び方を決めたとかはどうでもいい。それよりも、どうしてこれを見るのかというのが疑問だった。



「ちょ、待ってください! 本当にこれでいいんですか? 他のとか見て考えなくてもいいんですか?」

「えーいいよ別に。それにりっくんも見たらハマるかもしれないしね」

「それは……」



 柚葉さんはお財布を手にしてチケットを購入しようとしていた。



「俺も払いますから!」

「別にわたしが見たいって言ったからいいよ」

「いいえ、一緒に見るなら俺も払いますから」



 俺は財布を手にする。

 映画……って高いな。

 そう思うが、ここまで来たら後には引けない。

 半分を柚葉さんが払って、俺たちはチケットを持ってその場を離れた。



「てっきり、柚葉さんは恋愛ものとかにすると思ってましたよ」



 ベンチに座りながら【とびだせ、ウサギ隊!】の上映まで待つことに。

 隣に座った柚葉さんは、苦笑いを浮かべながら答えた。



「あー、わたしって恋愛ものとかあんま好きじゃないのさ」

「そうだったんですか?」

「うん、なんかね。ヒロインの思考と合わないってこと多かったから」

「ヒロインの思考と、ですか……?」



 なかなか高度な見解をしていそうな柚葉さんの言葉に、俺は少し興味があった。



「そうそう、だって恋愛映画のヒロインって基本的に受け身が多いでしょ?」

「そう、ですかね……? まあ、確かに受け身が、というより男性から積極的に行動するパターンが多いかもしれないですね」

「たぶん、世の男共は受け身の……なんていうのかな。儚げなとか、お淑やかなとか、そういう感じが好きなんでしょ。わたしはそういうのがよくわからないのよ」



 そう言って、柚葉さんは無料のパンフレットに目を通し、



「受け身でいて恋が実るなら……誰だって苦労しないよ」



 と、少し悲しそうな表情を浮かべながら小さく漏らした。



「そういえば、この対アリってどういう意味なの?」



 柚葉さんは【とびだせ、ウサギ隊!】の紹介ページを俺に見せる。



「えっと、対アリ……ああ、対戦ありがとうございました、の略称みたいですね」

「ああ、なるほど。でもなんで、そんなサブタイトルを付けたんだろう? 何か意味あるのかな?」

「どうでしょう。というより、そもそも子供たちがわかるんでしょうかね」



 そんな談笑をしていると、



「絶対にわからないと思う。……あっ、そろそろ始まるみたい」



 上映時間が近づいているアナウンスが響いた。

 入口へと子供連れのお母さんたちがぞろぞろと集まり、すぐに長い列が生まれた。



「あちゃー、あれは時間かかりそう。ねっ、何か飲み物とか買っていこっか」

「まだ始まらないでしょうし、そうですね」



 俺たちはフードコーナーへと向かった。

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