第12話 柚葉デート 3


「えっと、席は……」

「柚葉さん、こっちじゃないですか?」



 飲み物を手に、チケットを見て席を探す俺と柚葉さん。

 チケットを購入したときに席は、真ん中の列の後ろ側を選択していたので、自分の席を見つけるのにはそんなに時間はかからなかった。


 薄暗くなった席に座って、手置きに飲み物を置く。



「あんまり見に来る人っていないんだね」

「ですね。そもそも子供向けの映画だから、夜の上映にはあまり人がいないのかもしれませんね」

「あー、それもそっか。ここにいるのも、なんか家族で夜ご飯を食べてそのまま来たって感じのお客さんばっかだし」



 休日に家族でショッピングを楽しみ、夜ご飯を食べ、後は映画を見て帰るといった感じの家族連れが大半を占める。

 左側にお父さんが座り、右側にお母さんが座る。

 その間に男の子や女の子が座っている。楽しそうな、普通の家族の休日の光景だ。



「……りっくん?」



 ふと、小さな声で呼ばれた。

 右を向くと、少しだけこっちに体を寄せた柚葉さんと目が合う。



「どうかした?」

「えっと、何がですか?」

「なんとなく。また、沈んだ表情していたから」

「そう、ですかね」



 そこまで気にしてなかったけど。

 だけど実際、楽し気な家族の姿を見て「ああ、羨ましいな」という感想を少しでも抱いたのは事実かもしれない。



「家族で映画を見に行くとか……そもそも、家族みんなで出掛けるっていうのは最近、あんまりないなって思っちゃって」

「でも、お母さんの体調も良くなったから、これからは出掛けられるんじゃない?」

「はい、これからは三人で。というより、本当は映画を見に行こうって話もあったんですよ」

「えっ、そうなの? わたし誘われてないよ?」



 真剣な表情で首を傾げる柚葉さん。

 素直な疑問なのだろう、それが笑えてしまう。



「柚葉さんはお留守番です」

「ちょっと、ヒドい! わたしをイヌみたいに扱って!」

「いや、イヌではないんですけど」

「そういうことにしておこっかな」



 そう言って俺の肩に頭を乗せる柚葉さん。

 ゴロゴロと、まるで猫が喉を鳴らすかのような声を発しながら、柚葉さんは笑顔を俺に向けた。



「そろそろ始まる」



 ブーという音と共に周囲を照らしていたライトが消え、柚葉さんの表情が見えないほど周りが暗くなる。

 さっきまで騒いでいた子供たちも静かになり、スクリーンには他の映画の予告が流れ、左右からは壮大なサウンドが響く。



「楽しもうね、映画」



 柚葉さんは囁くような小さな声を発すると、肩に乗せていた頭を避け、俺の手を握った。



「えっ、柚葉さん……」



 驚いた俺に、柚葉さんは顔を近づけ「静かに、周りのお客さんに迷惑だから」と、手を離すことも、その理由も話してくれなかった。

 指を絡めて繋いだ手からは、柚葉さんの温もりが感じられる。 

 慌てている自分がいる。けれどそれ以上に、手を繋ぐことによって落ち着いている自分もいた。


 だからそのまま、視線を前へ向けた。


 














 ♢
















 エンディングが終わり、周囲が明るくなる。

 そして【とびだせ、ウサギ隊!】を見ていたお客さんが一人、また一人と席を立つ。


 子供向けと思って笑えるお話かと思っていた。

 だけどそれは最初だけで、後半になるとシリアスな展開や泣ける展開、それに熱い展開なんかも出てきた。


 俺はなんの映画を見ているのだろうか……?


 という疑問を持っていても、いつの間にか映画の世界にどっぷりはまっていた。

 だけど、絶対に泣くだろうな、という場面で俺は泣けなかった。

 その理由は、



「うっ、ううっ……りっぐん、感想、感想は……?」

「……楽しかったです」



 隣で柚葉さんが嗚咽混じりに号泣しているからだった。


 外へと出て行く家族連れが俺と柚葉さんを見ている。

 中には子供が俺たちを指差して「お姉ちゃん、泣いてる!」と笑っていた。



「良かったね……ほんと、みんな良かった。生きていて良かったよ!」



 うわーん、と顔を上げてまた泣いた。

 大人の子供。子供みたいな大人。

 よくわからないけど、普段とは違った一面を見れて嬉しく思う自分もいる。



「大丈夫ですか、柚葉さん。タオルで拭きますからね」



 顔を拭おうとすると、柚葉さんはコクコクと頷く。



「……大丈夫ですか?」

「うん、もう大丈夫」



 落ち着いたのか、柚葉さんは涙を拭って立ち上がり、俺たちは映画館を出るのだった。







 ♢








「ごめんね……まさか、あんなに泣くとは思わなかった」



 駅へ向かって歩いていく途中。

 隣を歩く柚葉さんは大きくため息をついた。



「確かに感動するお話でしたからね」

「でも、りっくんは平気そうだよね」

「まあ、泣けるポイントになったら、隣で先に大泣きされていましたから」

「もしかして、邪魔しちゃってた……?」

「邪魔ではないですよ。ただ、少し笑っちゃって」

「ヒドい! もしかして、泣き顔とか見てた?」

「……少し」



 そう答えると、柚葉さんはがっくりとしていた。



「だけど楽しかったです。なんか、久しぶりにゆっくりできた気がしました」



 ずっと忙しかったから、こうして、椅子に座って何かをジッと見ているのは気持ちが良かった。

 それに終始、握られていた手が温かくて、どこか落ち着いた気持ちになれた。


 駅に到着すると、柚葉さんはホームの前で足を止めた。



「そっか、まあ、りっくんがいつも通り元気になってくれて良かったよ」

「もしかして、気を使ってくれていたんですか?」



 そう問いかけると、柚葉さんはニヤリと笑みを浮かべた。



「だって今日のりっくん、絶対に何かあったんだろうなーって顔してたもん」

「あはは……」

「でも話せないっていうなら、わたしは何も聞かない。だけど」



 そう言って、柚葉さんは俺の前に立つと、優しい笑顔を浮かべながら俺の顔を覗き込む。



「だから、わたしと一緒にいて少しでも笑顔になってくれたらいいなって、そう思ったの」



 気を利かせてくれていた。そして、深く理由を聞かないでいてくれた。

 柚葉さんの心遣いが嬉しい。それに、今目の前で、俺に笑顔を向けてくれるその表情が可愛かった。

 俺は視線を背けて、頭を掻く。

 だけどすぐ、視線を柚葉さんに戻した。



「今日は楽しかったです。ありがとうございます」



 素直にそう伝えた。

 そして柚葉さんは手を振る。



「うん、わたしも楽しかった。またね、りっくん。バイト頑張って」

「はい、また」



 この近くに家がある柚葉さんに見送られながら、俺は駅のホームへと向かった。

 俺が見えなくなるまで、柚葉さんはその場に止まり、振り返ると手を振ってくれた。


 優しい人だ。

 そう思い、俺はまた手を振り返した。














 ♢












「ただいまー」



 柚葉さんと別れてから真っ直ぐ家に帰ると、



「おかえりー!」



 と、玄関を開けるとすぐに妹菜が勢いよく走ってきた。



「ただいま。まだ起きていたの?」



 時間は21時。

 そろそろ妹菜が寝る時間だけど、パジャマ姿の妹菜はまだ起きていた。



「うん! おにいちゃん、まってたの!」

「そうだったの?」

「みせたいものがあるの!」

「見せたい?」



 首を傾げると、妹菜に手を引かれてリビングへ向かう。



「あっ、そうそう。これ、妹菜におみやげ」



 俺は先に、妹菜へおみやげが入った袋を渡した。



「ん、なにこれ……?」

「中、見てみて」



 それは柚葉さんと一緒に考えて買ったものだった。

 妹菜は何度も首を傾げながら、袋から小さな人形を手に取った。



「あっ、ラッピーのおにんぎょうだ!」



 袋から取り出したのは、【とびだせ、ウサギ隊!】の主人公でもあるラッピーというウサギの人形だ。

 綿が詰められたお腹は柔らかく、布地の側は肌触りがいい。



「かわいい! どしたの、これ!?」



 ラッピーのお腹辺りをぎゅっぎゅっと押しながら、妹菜が首を傾げる。



「柚葉お姉ちゃんと映画を見てきたんだよ。それで、これはおみやげ」

「えいが……?」



 妹菜の表情から一瞬にして笑顔が消えた。

 わかりやすいほどの、悲しそうな表情だ。



「おにいちゃん、もう、みちゃったの?」

「え、どういう……」



 そう思って視線をテーブルへと向ける。

 そこに置かれていたのは、妹菜が欲しいと言っていたガチャガチャの【ガンバラッピー】のストラップ。

 その隣には、映画の宣伝チラシがあった。



「……もしかして」



 ソファーに座っていた母さんに視線を向けると、困り顔を浮かべていた。



「お兄ちゃんと、柚葉さんと、お母さんと一緒に見に行くって」

「妹菜、これは、その……」



 コクッ、コクッ、と妹菜の顔が縦に揺れる。

 そして目蓋から涙が垂れると、



「まいなもみだがっだあああああああっ!」



 うわーんと泣き出してしまった。

 それはまるで、さっきの柚葉さんみたいな大泣きだった。



「ご、ごめん、妹菜! お兄ちゃん、その」

「おにいぢゃん、きらいっ! きだいっ、きだいきだいっ!」



 俺は妹菜を抱きしめながら「今度、一緒に見に行こう!? ねっ、ねっ!?」と、大慌てで妹菜を慰めるのだった。

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