第3話 見定める


『妻の出産予定日が、海の家のオープン時期と被ってしまってね。どうしても今は妻の側にいたいんだ』

「奥さんが……」



 俺が働かせてもらってる海の家のオーナーは、田中さん夫婦が経営してるお店だ。

 田中さん夫婦は二十代前半で、たしか、去年のバイト前に結婚したって言ってたか。



「おめでとうございます、田中さん」

『ありがとう。それで、陸斗くんには申し訳ないんだけど……』

「いえ、そういうことなら大丈夫です。田中さんは奥さんの側にいてあげてください!」

『ありがとう、陸斗くん。また何かあったら連絡するから』

「はい! それじゃあ……」



 受話器を置くなり、俺の笑顔が崩れた。



「はあ……それじゃあ仕方ないよな」



 奥さんの出産時期と被ってしまったのなら仕方ない。

 ちゃんと明るい声で、おめでとうございます、って言えて良かった。働ける予定だったところで働けないのは、少し残念な気持ちがあったから。



「りっくん、どしたの?」



 アイスを食べ終えた柚葉さんに聞かれ、俺はリビングへと戻る。



「去年お世話になっていた海の家のオーナーからでした。今年は出店しないから、働けなくなっちゃいました」

「えっ、さっき言ってたとこ!? じゃあ、今年の夏休みは働くとこないってこと?」

「ですね。はあ、働けると思って綾香さんのとこのバイト減らしてもらったんですけど」

「綾香さんも、急に増やしてとか言っても無理だしね」



 いまさらシフト増やしてください、なんて言っても無理だろう。



「どうするの?」

「どうしましょう」



 俺は深々とため息をついた。










 ♦










「──ということがあったのさ」



 宇野家で夕飯をご馳走になった柚葉は、自宅であるマンションへと帰ってきた。


 彼女の実家から少し離れたところにあるマンションで一人暮らしをしている柚葉。

 リビングのソファーに座り、とある相手へ電話をかけていた。



『ということは陸斗くん、夏休み中はバイトできないということですか?』



 電話相手は椎名七海だった。

 柚葉と七海は、あの日から少しだけ仲良くなった。とはいえ少しだけであって、二人の関係は恋敵ライバルなので、そこまで仲良しというわけではない。


 だが、こうして陸斗に何かあったら相談し合うことはよくあるのだった。



「本屋のバイトも、あんまりシフト入ってなかったしね。たぶん、その海の家で働く予定で、休み希望出してたんだと思う」

『なるほど。それで陸斗くんは?』

「んー、がっかりしてる。というか、バイトできそうなとこを必死に探してたかな」

『お母さんの体調が良くなっても、まだ陸斗くんは働くんですね……』

「お母さんがまだ、ちゃんと働けないからじゃない?」



 陸斗の母親は求職中だ。

 けれど、ずっと働いていなかったことやまだ本調子でないことが原因で、まだ働き先は見つかっていなかった。



『それで、陸斗くんのバイトは見つかりそうなんですか?』

「んー、ちょっと難しいみたい。夏休みまでもうすぐで、ほとんどのシーズン中のバイト募集は締め切っちゃってるから」

『ですよね……。今からでも本屋のバイトを増やしてもらうのは?』

「もうシフト決まってるから無理だよ。他のバイトの子たちも学生が多いから、この時期はいつも以上に入ってるの」

『それだと、今から新しく探すしかないですね。だけど、もうほとんど……あっ!』



 そこでふと、七海は何かを思い出した。



「どしたの?」

『実は友人の勤める会社で、夏休みの期間だけバイトを募集していたんです』

「えっ、なにその完璧なタイミング!」

『私の知り合いにバイトを探してる人がいなかったので断ったんですが……もしかしたら、まだ募集してるかもしれません』

「じゃあ、りっくんに──」

『──だけど、高校生が働けるかどうかわかりませんので、陸斗くんに話す前に、私の方から友人に聞いてみますね』

「そうだね。話してからダメって言われたら、りっくんに迷惑だしね」



 柚葉は七海に頼むと、満足そうに通話を止めるのだった。










 ♦










「もしも──」

『あっ、華凛! いま大丈夫!?』



 一ノ瀬華凛は親友からの電話を受け、すぐにため息が漏れ出た。



「……ええ、大丈夫よ。残念ながら」

『残念ながら?』



 興奮気味の七海からの電話に嫌な予感がする。

 それもこれも、最近の彼女に驚かされっぱなしだからだろう。



「それで、用件はなに?」

『えっとね、前に話してた短期のバイトの件なんだけど』

「あー、うちの会社が出してた臨時求人のことね。なに、前は知り合いでいい人いないって言ってたけど、誰かいるわけ?」

『実はね──』



 華凛は七海から説明を受けた。


 結婚相談所に勤務する華凛。

 彼女の会社では、婚活パーティーの主催なども行っており、世間一般的に会社などが長期で休みになるこの時期になると、その婚活パーティーの回数が増える。

 本来はホテル側と連携するのだが、ウエイトレスなどは確保できても、パーティーの運営などができる者は結婚相談所側が出さなくてはならなかった。

 なので開催させる回数が多くなるこの時期は、よく短期のバイトを雇っているのだった。


 以前、華凛は七海に、


『知り合いで誰かいない?』


 と聞いたが、彼女はいないと答えたので他を当たっていた。

 だがまだ探せておらず、定員にも空きがあった。



『それで、どうかな? 高校生ってやっぱダメ?』



 七海から人材を紹介され、華凛は少し考える。


 別に今回の募集、高校生を”絶対に禁止”しているわけではない。

 なので問題ない。むしろ、華凛としては上から『誰かいないのか?』と煽られなくて済むから助かるほどだ。


 ──だが、相手が問題だ。



「……ついに、ね」



 宇野陸斗。

 七海が好意を寄せてる男子高校生。

 そして、他にも大学生を虜にしてる男の子だ。


 会ってみたい。

 気になっていた。

 華凛は少なからず彼に興味を持っていた。


 七海に相応しいかどうか。

 彼女の話を聞いてるだけでは真面目そうな男の子だという印象だが、それは恋愛を知らない七海が話す印象だ。

 今回の件は、華凛自身の目で宇野陸斗という男を見定める良い機会にもなるだろう。



「ええ、いいわよ。あたしからも紹介しておくわね」

『ほんと? ありがとう、華凛!』

「どういたしまして……」



 ──もしも親友に相応しくない男なら、七海には悪いけど、絶対に阻止してやるわ!


 華凛は笑顔のまま、そう考えるのだった。

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